Brilliance Shiner ν 挿絵付
瞳を閉じた少女は「死」を覚悟していた。「痛いのはイヤだなぁ」と思いつつ。
だが、待てど暮らせど「死」は少女に襲い掛かってこなかったのだった。その為に少女は恐る恐る瞳を開いていった。
「ッ!?」
「ちょッ。これ、なんなの?」
少女は言葉を失ってしまっていた。何故なら、風龍の口は開かれていなかったからである。いや、それだと語弊がある。
適切な表現に言い換えるとしよう。
風龍イルヴェントゲートの口は、得体の知れない1匹の龍に押さえ付けられて塞がれていたのである。
要は、開けない状態だったのだ。
その龍は目も眩むばかりの光をその身に宿していた——。
その龍が放つ威圧感は炎龍ディオルギアの比ではなかった——。
更に今までに見た事のある、どの「龍種」や「古龍種」よりも鋭利な気迫を持ち、見られただけで身体が引き裂かれそうな程だった。
一方で風龍イルヴェントゲートは藻掻いていた。苦しそうに藻掻きながら、その長い身体をくねらせる事しか出来ない様子だった。
風龍は突如現れた「輝く龍」に爪を突き立てられ、上顎と下顎を鷲掴みにされているのだから無理も無いだろう。
少女はその光景にただただ驚くばかりだった。「死」を覚悟せざるを得なかった状況から一変して、自分が見ず知らずの龍に助けられたのだから、当然と言えば当然と言えるだろう。
「よもや、余の顔を見忘れているとはな。上位者ともあろう者が踊らされ、人間界で暴れているとは恥を知れッ!」
「上位者?一体何の話しをしているの?ってか、その前に龍種が人語を話してる。これは、デバイスが翻訳しているワケじゃない。普通に聞き取れる言語だわ……。龍種ってそもそも魔獣じゃないの?知性と理性があるなら話し合える相手ってコト?」
少女は助けられた事に驚いたが、更に別の意味でも驚かされていた。それは聞き取れる人語を話したからだ。
言語として確立したモノを持っている魔獣の存在は見付かっていない。仲間内で意思疎通をする為に声を発したり雄叫びを上げる魔獣はいても、それはデバイスで翻訳出来る「言語」としては認識されない。
それなのにだ、目の前の会話はデバイスで翻訳以前にちゃんと理解出来るヒト種の言葉だった。
だから当然の事ながら少女は、驚かされた。それは驚愕と言ってもいいだろう。
グルル
「イルヴェントゲートよ、掟に反した罪の贖い方は分かっておろうな?」
グルルルォ
「余の言葉に返答も無しか。言葉も忘れ、踊らされている者に意味は無い。誇りある上位者としてそのまま朽ちよ!」
輝く龍は、風龍イルヴェントゲートの口をそのまま握り潰していく。口を握り潰された風龍は、鮮やかな紅い体液を滴らせながら、輝く龍に向かって唸る事しか出来ない様子だった。
言葉を紡ぎ終えた輝く龍はその身体の光を凝縮させ口を開いていく。それは目も眩むばかりの光の奔流が滾っている様子だった。
「息吹?あのままじゃ!お願い待って!」
ばくんッ
「息吹を飲み込んだ?!」
「キサマ、余の邪魔をするつもりか?」
「アタシはアナタの邪魔をしたいんじゃなくて、風龍に刺さってる大事なモノを取らせて欲しいだけなの。アナタの息吹を浴びれば大事なモノも一緒に消されてしまうと思ったから……」
少女は身体を投げ出して風龍を庇うように、輝く龍の眼前に飛び出していった。
そして対話を求めた。相手は龍種であり対話が通じるかどうかは分からないが、それでも何もしないで後悔するよりは……と、身体が勝手に動いた結果だった。
「お願い、消し去らないで……。それだけは絶対にイヤなの。結果的にアナタの邪魔をしてしまう事になるわ。だからそれは、ごめんなさい。でも、アタシの大事なモノをこれ以上、奪わないで」
「生命よりも大事なモノなど、あるハズもなかろう!」
輝く龍は威圧感全開で少女に言葉を紡いでいた。少女の疲労困憊の身体は、輝く龍の威圧を受けて四肢が震え出しているが、少女としては1ミリも引く気は無かった。
そんな少女だからこそ、震える身体に鞭を打って輝く龍に対して負けじと言の葉を紡いでいったのである。
もしもここが空中ではなく地面の上であったとしたなら、その威圧感に負けて、とっくのとうに膝を折っていた事だろう。
「掛け替えのない人の、掛け替えのない大切な物なの。だからそれをアタシに取らせて欲しいの」
「ほう?それ程までに大切なモノとわな。だが、それの為に余の制裁を遮ったというのか?小さきヒト種の娘よ?」
「えぇ、アタシにとっては凄く大事なモノなの。失う訳にはいかないの。これ以上、ホントにこれ以上、何も失いたくなんてないの……だから、お願い……します」
輝く龍は口角を上げ嘲笑っているような表情で、少女に対して言の葉を紡いでいた。一方の少女は泣き出しそうな表情になりながらも虚勢を張り、必死に輝く龍に気持ちを紡いだ。
そして少女は輝く龍が溜め息をついたような気がした。
「ならば、コヤツの処分はキサマに委ねる。その力で見事打倒し、その「大事なモノ」とやらを奪還するがいい。だが、出来なければキサマごとアヤツを、余の息吹の餌食としてくれる」
「ありがとうございます。えっと、龍種の王さま?」
ちゃきッ
「それじゃあ、気を取り直して……。時間もあんまり無いから、ちゃっちゃとやられて貰える?」
「ふんッ、見させてもらおう」
グルルゥ
輝く龍は少女に風龍を任せる事にした。それは興が乗ったからなのか、それとも気まぐれなのかは分からない。
然しながら少女は、その言葉を取り敢えず信じる事にして、輝く龍に背を向けると風龍イルヴェントゲートと再び対峙していった。
少女は大剣ディオルギアを構え、風龍に斬り掛かっていくのだった。
「でぇぇぇぇやぁぁぁぁッ!」
ざしゅッ
「えっ?!さっきよりも遅い?——ッ!?そうか、そーゆーコトね?ならばッ!」
「雷鎖剛縛ッ!」
バリバリバリッ
グルルルルルォォォ
「もし、アタシの予想が合っているなら。これでイケるハズ!デバイスオープン、精霊石スカディ、我が剣に宿れ!」
風龍イルヴェントゲートの動きは段違いに遅くなっていた。それは少女の攻撃や輝く龍の攻撃でダメージが蓄積しているからかもしれないが、少女はそれだけとは思えなかった。
何故ならば身体を覆う羽衣の様な体毛が所々削れている様子が見えたからだ。
少女は風龍イルヴェントゲートが揚力を得ているヒントが、そこにあると考えたのだ。
「大剣ディオルギアよ、精霊石の力をその身に受け取り糧とせよ!その糧をもって最大の一撃を為さんッ!」
「凍焔乱舞ッ!!」
ざざざざざざざざざざざしゅぱぱぱぱぱッ
火属性に水属性は親和するが、氷属性は火属性に親和しない。拠ってスカディの精霊石を宿した大剣ディオルギアは、相反する2つの属性を同時に風龍イルヴェントゲートへ「斬撃の乱舞」という形で、縦横無尽に叩き付けていった。
風龍は先に身体を拘束して来た雷撃に拠って熱傷を負い、反作用で強化された氷撃で斬られて凍傷を負った上に、炎撃でも刻まれて火傷を負った。
異なる3種類に因ってやかれた風龍イルヴェントゲートの毛並みは悉く失われて揚力を失い、瀕死となり風を纏うコトも出来なくなったその身体は、眼下に広がる海へと墜ちていく。
然しながら少女としては、風龍にトドメを刺すことは疎か、風龍の生死についてはもうどうでも良かった。ただ、抵抗されてさっきみたいなコトになるのはイヤだったので、大人しくしてもらっただけだ。
少女はキリクの仇討ちと息巻いていながらも、既に優先目標はそこにはない。それはキリクは生きていると信じているからであり、生きているならば返さなければならないと考えていたからだ。だからこそ、そこに優先されるモノがあった。
水龍の素材を使って造られたあの剣は、神奈川国の英雄の証でもあるし、同じ物を造る事は二度と出来ないのだから……。
それ故に海に向かって墜ちていった風龍が、そのまま海に沈まれては困るのだ。
少女は背中に大剣を格納すると、急いでブーツを最大まで加速させた。そしてそのまま墜ちていく風龍の頭の付け根に取り付き、そこに刺さってる一振りの刀を力いっぱい引き抜いていった。
こうして、刀を抜き終わると風龍イルヴェントゲートごと海に叩き付けられる前に、再びブーツで空を駆け上がっていくのだった。
風龍の身体は豪快に海に叩き付けられていったが、元々「風」を操る古龍種の特性なのか、沈む事なく海を揺蕩っているだけだ。これならば、焦って刀を抜きに行かなくても良かったかもしれないが、飽くまでもそれは結果論である。
少女は水龍の剣を無事に回収し終えると、輝く龍の元に向かって行く事にした。成り行き上、このまま「それじゃッ」と言うワケにはいかないから、当然だった。
「キサマの力、見させて貰った。そして、その刀がキサマの大切な「モノ」なのか?」
「えぇ、そうよ。アタシの大事な人の刀なの!」
「ならば、今回は余に対してキサマが行った「不敬」に恩赦をくれてやろう」
「ありがとうございます、龍種の王さま。あ、あの、ところで……1つ聞いても良いかしら?」
「何だ?余に対する「不敬」であれば、次は容赦せぬぞ?」
「それならば、遠慮なく……。アナタは一体何者なの?本当に龍種の王なの?アタシはアナタという存在を知らないの。アナタの事を聞かせて貰えると嬉しいんだけど?——これって不敬だったかしら?」
「あーっはっはっはっ。良い、良いぞ!ヒト種の娘にしては、剛胆であるな。良かろう、その胆力に免じて応えてやろう」
「余は全ての龍の王にして至高なる者。人間の言葉で表現するならば「龍種の王」や「光龍」と呼ばれるのだろうな」
「アナタが光龍……。本当にいたんだ?」
「だが、本来であれば「龍種の王」も「光龍」も人間が勝手に付けた名だ。拠って、正式には「輝龍」である。余の名は輝龍アールジュナーガ・ウィステリアルである」
「覚えておくが良いぞ、ヒト種の娘よ」
「輝龍アールジュナーガ・ウィステリアル……。アナタの事、忘れないわ。それと、ありがとう。風龍イルヴェントゲートからアタシの事を助けてくれて。お礼をいうのか遅くなって申し訳無いんだけど」
「ふんっ。良きに計らえ。では、さらばだ」
しゅんッ
「あれが最上位の古龍種・輝龍。もし、闘う事になったら……今のアタシの力じゃ到底敵う相手じゃなさそうね」
輝龍アールジュナーガ・ウィステリアルは去っていった。その姿は掻き消えるように光の余韻だけを残していた。
輝龍が消えた後で少女は、輝龍の名前を心にしっかりと刻み付け空を見上げていた。そして上には上がいるという事を改めて知り、改めて自分の弱さを噛み締めていたのだった。
「でも、この刀をちゃんと回収出来てよかった……。——ッ!?」
「そう言えば、ところでアレ……どうやって持って帰ろうかしら?それに持って帰るなら、ちゃんとトドメは刺しておいた方がいいわよね?」
少女はキリクの愛刀を愛おしそうに見詰め、少しばかり緊張の糸が解けたが、その際に眼下に揺蕩う風龍が視界の隅に入っていた。
現状で風龍イルヴェントゲートとの激しい戦闘で少女が背負った、その小さな身体を覆っていたデバフは解けつつある。
しかし勝手に出て来てしまった上に、これは依頼でもなんでもないただの私闘。と言うか密猟に近いのだ。(話しは通してあるので厳密には密猟にならない)
拠って協力を得る為にマムに連絡するのも、爺に連絡するのも憚られた。どっちみち、このまま神奈川国に自力で運ぶか捨てて行くしか、選択肢は無かったと言えるだろう。
少しばかり悩んだ結果、しょうがないので少女は詠唱を開始していく。少女は編んだマナを「闇の鎖」に変換すると、風龍イルヴェントゲートをスマキにするように、がんじからめにしていった。
デバイスには既に光点はない事から、まだ息はあるかもしれないがそのうち息を引き取るだろう。これからの事を考えて少しばかり億劫になっていた少女は、トドメを自分の手で刺さず自然に力尽きてくれるのを選んだのである。
ここから神奈川国に帰るまで、風龍をこのまま引っ張る事を考えれば数日は余裕で掛かる。だからこそ億劫になっていたのは、どうしようもないとしか言えなかった。
少女は疲れているしお腹も空いた。そして極度の緊張から解放された今、非常に眠い。
その為に、そのまま海上を引きずるようにして、先ずは適当な陸地まで持って帰る事にした。食料や水は手持ちがあるから空中でもなんとかなるが、睡眠だけはどうしても陸地が必要だ。
だからこそ、なんとしても寝る場所の確保がしたかった。睡眠不足はお肌の大敵だから仕方がない。
少女の目視では、ここから見える水平線の先に陸地らしきモノは一切見えない。デバイスの縮尺率を最大に変えて、やっとデバイスの端っこに映る程度だった。
陸地に着いたら「先ずは携帯糧食を食べて一眠り」とか悠長なコトを考えながら少女は、デバイスが映し出した西南西に向かって舵をとっていった。
ちなみに今回の輝龍アールジュナーガ・ウィステリアルとの邂逅が、これから起きる2度目の虚無の禍殃の序章になろうとはこの時の少女は微塵にも思っていない……。
既に海の荒れ模様は無くなり、静かで平穏な様相をしている。照り付ける太陽は相変わらずで、冷たい風が吹き抜けていく。
鎖に繋がれた風龍が引っ張られるコトで海面には波紋が起きているが、ここで生まれた波紋は余韻を残しながら次第に薄くなり、細くなり大きなうねりにならずに消えて行くだろう。
然しながら運命とは海面に生まれた波紋のようにジワジワと浸透していくモノで、限りなく無尽蔵に広がっていく枝葉のようなモノと言えるかもしれない。
波間にただようそれは消えてしまうかもしれないが、運命に巻き起こったそれは、いつの間にか大きな「うねり」となって、少女の事を飲み込む時を窺っている歯車にもなり得るのだ。
運命の歯車に挟まれて落命するのか、それとも運命の歯車に逆らって破壊するのか、それはヒト種である少女には分からないコトだろう。
だがもしも仮にそうなったとしても、生きるコトを諦めてはいけない。
それは人間の運命で切り捨てられる価値観ではなく、ハンターとしての宿命なのだから諦めてはいけないのだ。
さて、ここまでの話しで気付いているだろうか?話しの途中までいたハズの2人がいなくなっている事に。
それではクリスと爺があれからどうなったのか、次はその話しを語る事にしよう。




