Whining Cheeper ν 挿絵付
「待って!待って、置いて行かないで」 / ——誰だろう?誰だか知らない子供が走っている。
「待ってよ……待ってよぅ、アタシを置いて行かないでぇ」 / ——あぁ、アタシだ。アタシが走っているんだ。
「ねぇ、お父さん!ねぇ、お兄ちゃん……何で?何で、アタシを置いて行っちゃうの?」 / ——何だろう、この感じ?アタシ、何で追い掛けているんだっけ?
「置いて……かれちゃった。アタシ、1人になっちゃった。みんな、みんなぁ、どこに行ったの?」 / ——そうだった、アタシは1人ぼっちになっちゃったんだ。みんな、アタシの前からいなくなっちゃったんだ。
「お父さん、お兄ちゃん。1人にしないって約束したのに」 / ——アタシはこれからどうしたんだっけな?よく思い出せないや。
「お母さん……」
少女は目が覚めた。いつになく寝覚めが良いとは言えなかった。夢見が悪かったからだろうか?
でも見ていた夢の内容すら、もう少女は覚えていなかった。
覚醒と共に微睡みの世界の記憶は、頭の中からスッパリと失くなっていってしまうものなのかもしれない。
「涙?!アタシ、泣いてたの?最近、情緒不安定なのかしら?ダメね、もっと気を強く保たないと」
「でも……アタシだって本当は弱い女の子だもん……」
少女は自分の頬を伝う涙に驚いていた。そして自分自身の事について「全て分かっている」という自信が、揺らいで行くのをベッドの上でただ1人、弱音を漏らしながらしみじみと感じていた。
キリクが神奈川国から発ち、既に1週間が経った。キリクが屋敷を出て行った後で、少女は直ぐにマムの元に行きキリクから聞いた事を話す事にした。
少女はマムに、キリクが請け負った依頼の内容について調べて貰いたかったからだ。
だが、マムからの解答は「その依頼はこっちには要請が来ていないから、調べる手段が何も無い」という内容に留まっていた。
だからこそ少女は1人、キリクの無事を祈る事しか出来無かった。
「季節外れの台風が進路を西南西に向けてこちらに来ています」
そんなニュースが真しやかに流れ出したのは、それから更に1週間が経った頃だった。
今は1月、季節は冬。海水温は冷たく北半球で台風が発生する要因はどこにも無い。更にはその北半球に位置するこの国に、惑星の持つ自転と気流の流れすら無視して、台風が中部太平洋から列島に近付いて来ているという事は、真実味が無い以上に現実味が全く無い事象でしかなかった。
有史以来、観測された事がないハズのそんな事象であり、台風という現象に於いては、あり得ないとしか言いようがなかった。
だが、更に1週間が経ち2月になろうとしているこの寒い時期に、そのニュースは現実となって列島に激震を齎していったのである。
「警告!!太平洋上から、列島に向かって、威力と速度を上げながら超巨大な台風が接近しています」
「今後、超大型の台風は進路を北西に変え列島に上陸が予想されています」
「瞬間最大風速は……」
ニュースはそれ以降、その話題で持ちきりになっていった。
国が幾つも成立し割拠している現代に於いて、ニュースは魔導工学に拠るミュステリオンを主体に持つ、ネットワーク上で有事の際に配信される事になっている。
第2次世界大戦以降に普及しつつあったTVネットワークと、既存のラジオ放送は惑星融合の際にインフラとして成立しなくなっていたからだ。
月に設置されている統合演算装置・ミュステリオンは、デバイスの管理・統括を行っているだけではなく、惑星に於ける様々な事象を観測し、蓄積するデータベースとしての機能も有している。
ただし、通常時はその観測データにアクセス出来る権限は限られている為、許可されなければ覗く事も出来ないブラックボックスだ。
ただしさざめく災禍級の破壊を齎す魔獣の出現や、大規模災害(大規模森林火災や津波、地震など)の発生に対しては、国家規模での対策が必要になる場合も多い。
拠ってそれらの場合は、対象となる国家に対して警鐘を鳴らした上で、その情報をデータベースに載せてニュースとして配信するという「ニュースネットワーク」を構成していったのだった。
そして、戦争などの有事が起きた際には、そのニュースは全世界に向けて一斉に配信される。
人々はそういったニュースが配信されるとデバイス以外の「端末」を用いても情報の確認が出来るようになる。デバイス以外の端末とは主に廉価版デバイスや、PCと呼ばれるツールを指している。
それらに対してもミュステリオンの持つ、データベースに対するアクセス権限が一時的に解放されるのである。
そして、そのニュースは見るだけの一方通行型では無く、自身から情報をネットワーク上に発信する事も可能な相互通行型のニュースネットワークになっている。
魔導工学に拠って発展した世界は、そうやって進化を遂げていたのである。
少女はキリクが依頼に向けて発ったと、風の噂で聞いていた。それから暫くは心配の余りに、「何も手を付けられない状態」になるくらいまで落ち込んでいった。
そして「何も手を付けたくない」と自室で塞ぎ込んでいたのだが、ある日を境にまるで憑き物が落ちたように、積極的に依頼を受注していったのである。
周りの者から見たら少女の姿は、リビングデッドと見間違える程に見るに耐えられない光景だった。然しながら「忙しさで辛さを忘れる」という少女の行動は、少女に取っては理に適った行動だったのかもしれない。
少女はそんな忙しさの中で、本当にふとしたきっかけで、そのニュースの内容を人から聞いたのだ。
誰から聞いたかは忘れてしまったが、「季節外れの台風」という言葉が、妙に少女の心に引っ掛かったのだった。
「季節外れの台風?そういえば、キリクが超大型のハリケーンがどうとか言ってたわね……」
「屋敷に戻ったら少しだけ調べてみようかしら」
少女は心に引っ掛かった「季節外れの台風」から、キリクの話しを思い出していた。
そして自室に戻ると、ミュステリオンのニュースネットワークから「季節外れの台風」についての情報を集める事にしたのだった。
「こ、これは!……う、嘘……でしょ?」
「そ、そんなッ……あぁ、ダメ!こうしちゃいられない」
情報を集めていく少女の瞳に、1枚の画像が目に止まっていた。
少女は折れそうになる心を必死に奮わせると立ち上がり、装備を整え急いで公安に向かって行くのだった。
少女がいなくなった部屋の端末には、1枚の画像が映し出されていた。
それは古龍種と思われる生物に、1本の剣が刺さっているかどうか、微かに見えるくらいの画像だった。
外はもうだいぶ薄暗い。冬至が過ぎてから1ヶ月そこそこじゃ、日が延びた感覚はまったくと言っていい程無い。
拠って外が段々と暗くなっていく反面、主がいなくなった部屋の中で端末のモニターだけが明るく輝いていた。
ぴーんぼーんぱーんぽーん
「あと30分で各種防壁の展開を行って参ります。館内にいるお客様は速やかに退館して帰途について下さい」
「繰り返します——」
少女がセブンティーンをかっ飛ばして、公安に着いた時には既に退館を促す館内放送が流れ始めていた。
そして少女は2Fまでダッシュで駆け上がると、受付のミトラに声を掛けていった。
ぽーんぱーんぽーんぴーん
ばんッ
「にゃにゃなんにゃッ?!」
「ねぇミトラッ!マムはいる?」
「い、いるハズだにゃ?どしたのにゃ?」
「そう、ありがとッ」
「——って、アレ?どこにいったにゃ?」
きょろきょろ
「あっ!もうあんにゃ所に!はぁ……。相変わらず、忙しにゃいにゃあ」
こんこん
「入っておいで」
がちゃ
「そろそろ来る頃だと思ってたよ」
「もう、分かっているの?」
「コレの事だろう?」
マムは少女に対して1枚の画像を投影していった。それは少女が見ていた画像より、より鮮明で細部まではっきりと分かる画像だった。
そしてその画像を見た少女の脚からは力が抜け、その場に座り込むようにして身体が崩れていった。
「やっぱり、これは、水龍の剣なのね」
かつて、1匹の古龍種が神奈川国の1つの街を襲った。それに因ってその街は壊滅的な被害が齎され、そこに住まう人々は自らの「死」を覚悟しなければならない程にまで、切羽詰まらされていた。
神奈川国に所属するハンター達は公安、ギルドを問わず、その全てが緊急要請を受け取らされた。
その結果、神奈川国内の全てのハンターがその古龍種に挑まなければならなくなったのである。
もっと早く接近に気が付いていれば、他国に要請が出来たのだが……、過ぎたコトを言っても何も状況は変わらないし、悔いた所で破壊された街並みが戻って来る事もない。
その古龍種に挑んだハンター達は、巨大で強大な力の前に為す術も無く打ち倒されていった。
然しながらそんな緊急要請に駆り出された、1人の新米ハンターに拠って事態は急速に終息していく事になる。
その新米ハンターは右手に一振りの刀を持ち、左肩に口径89mmの連装式ハイパーバズーカを担いで、猛り狂う古龍種に対して特攻していったのだ。
その連装式ハイパーバズーカは実弾を撃つ事は一切出来無い。その代わりに、魔術を使う為の回路が2つの砲身内にそれぞれ刻まれている。
これは実弾兵器では無く、魔術兵器の類に当て嵌まる——そういった代物だった。
何故にそんな高価なモノを新米ハンターが持っていたのか問題視される事はなかったが、それらの武装で古龍種相手に新米ハンターが立ち向かったのは事実だった。
魔術回路を搭載しているハイパーバズーカは、詠唱に掛かる時間を短く済ませる事が出来る上に、更にはその魔術回路が威力を増幅させる効果も持っている。
そしてその砲門が2つ。
拠ってハイパーバズーカに拠る魔術砲撃を要として、相手の隙を付いて刀から「型」を放つという攻撃スタイル。
その荒々しい闘い方に、付近にいたハンター達は声を失っていった。
一方で壮絶な闘いに因って、街は破壊し尽くされる事になるが、そのハンターが古龍種を1ヶ所に押し留めた事で、多くの人達が避難に成功し結果として多くの人命が助かる事になった。
そして、そのハンターが参戦してから数時間が経過した頃に、その古龍種は完全に屈し、躯を大地に晒す事になるのである。
その時の古龍種は「中位」であり、五大龍の一角「水龍アクアリンクル」と呼称される個体だった。
そして、その「水龍アクアリンクル」を討伐したのが弱冠15歳のルーキー「キリク」だったのである。
討伐し終えたキリクは水龍アクアリンクルの素材を使い、一振りの刀を造って貰った。水龍アクアリンクルの身体は淡いコーラルピンクの体色をしており、その素材から造られた刀の刀身はその水龍の体色と同じ輝きを放っていた。
キリクはその刀を受け取ると、「水龍の剣」と名付けたのだった。
後に「何故、「刀」なのに「剣」なのか?」と聞かれる事があったそうだが、その時は「師匠から受け継いだ流儀だから」とだけ話していたのは余談である。
キリクは水龍の素材から一振りの刀だけを造って貰うと、余った残りの素材は全て神奈川国に寄付した。
ちなみに緊急要請の場合は通常の依頼とは異なる事から、素材は全て討伐成功者のモノとなる。
水龍の素材は破壊し尽くされた街の復興に掛かる費用や、怪我人の治療費、家族を失った者達への見舞金などになったのである。
その結果、それらの功績を讃えられ、キリクはルーキーでありながら「星」を与えられた。
その翌年に忽然と姿を消すまで、キリクは「神奈川国の英雄」だったのである。
マムが投影してくれた画像には、しっかりと淡いコーラルピンクの刀身が映し出されていた。
「水龍の剣が、刺さったままで、コイツが生きているって事は、持ち主のキリクは死んだ……の?」
「……」
「イヤよッ!そんなの認めない。絶対に生き残るってキリクは言ったもの。嫌よ……そんな……。アタシそんなの絶対にイヤよッ!」
「…………」
「だから……なんで、本当に……そんな、キリクぅ。うっうっ……うっ」
少女の瞳は生気を失ったかのように昏く、その顔に悲しみに暮れる悲痛な表情を浮かべて、掠れるまで声を張り上げて、キリクが死んだかも知れないという可能性を一心不乱に取り乱して否定していた。
それは仮に運命という物がモノあるのなら、それを全て呪うかのような悲痛な叫びだった。
そしてその後に待っていたのは、声にならない声と止まる事を知らず、ただひたすらに流れるだけしか能がない涙だけだ。
マムは遣る瀬無い気持ちで、その光景を見ている事しか出来無かった。更にマムは、頼って来た少女に対して、何もしてやれなかった事の罪滅ぼしが、思い付かずにいた。
少女のキリクに対する恋心にマムは昔から気付いていた。だからこそ、それを失った悲しみに対して、何か出来る事を必死に模索していた。しかし、何も見付からない。
見付けられたのは安直な言葉だけだった。
「そろそろ落ち着いたかい?」
「マム、決めたわ!アタシ、キリクの仇を取りにいくッ!今、アイツがいる場所はどこの国にも属さない、太平洋上よ。今なら、誰が挑んでも問題は無いわよね?」
「——ッ」
「この列島のどこにアイツが来ても被害は免れないし、そうなってからじゃ他の国が名乗りを上げるハズだから、上陸させたらもう遅いでしょ?だから、お願い、アタシを行かせてッ!」
ぎりッ
「アタシにキリクの仇を討たせてッ!」
「おいおい、キリクはまだ死んだって決まったワケではないだろうに?それに、依頼じゃないなら、サポーターは使えないし、国としても手助けは何一つ出来やしないよ?」
「いい……それで……いい……わ」
「それにアンタにあそこまで行く移動手段もなければ、仮に討伐出来たとしても、あんな図体なんだ、持って帰ってこれやしないだろう?」
「いいの!それでもいいのッ!マムッ!お願い……アタシを行かせて……本当に、本当に……一生のお願いだから……」
「はあぁぁぁぁぁぁ。分かったよ、アンタがこうなったらテコでも曲がらないからね。止めはしない。だが1つ条件がある!」
「条件?」
泣きやんだ少女の目には憎悪という決意が宿っていた。眼球は赤く血走り、目は腫れぼったい。
正月早々にキリクと再開した時と比べると、まるで別人のようだった。
マムは正直なところ、あの画像を見付けた時からこの展開が来る事が容易に想像出来ていた。だからこそ少女が乗り込んで来るまでに、少女の事を止める手段を見付けようと考えていた。
然しながら現実はマムの想定外の方向に進んでいたのだった。何故ならば少女がこんなにも早く乗り込んできてしまったからだ。
これは完全に誤算でしかなかった。
少女の瞳には憎悪に燃える決意の他に、断固たる意志が宿っている。だからこそ時間が欲しかった。
そして今となってはマムに、その両方を否定するだけの理論武装は……無い。
拠って下策と知りながらもマムは、苦し紛れとも言える「条件を付けて諦めてもらう作戦」しか思い付かなかったのである。
「相手は上位の古龍種で、あのキリクでも止められなかったんなら、アンタだって無事に討伐出来る可能性は無いかもしれないだろう?だから、パーティーを組みな!」
「パーティー?アタシが?アタシと釣り合うハンターが他にいるの?」
「言ってくれるね!アンタがこの国で1番のハンターだって言いたいのかい?」
「えぇ、そうよ。アタシが1番だもの。何か問題でも?」
「……」
「それにパーティーを募集して、相手の実力も計れないようなヤツが来たら困るのよ。そんなヤツは相手の実力も弁えないただの死にたがりでしょ?そんなのホイホイ連れてっても神奈川国のハンター減らすだけじゃない?意味ないじゃん!」
少女は自信たっぷりにマムの作戦を打ち破った。マムは正直なところ、まともな理論武装を整えていなかった事を後悔し、頭が痛くぐうの音も出なかった。だが、マムとてこの国に於ける最高戦力を簡単に手放すつもりはない。
「それだったら、アンタと同じくらいの実力を持つハンターはいるだろう?」
「そんなハンターいたかしら?この国にいる星持ちはアタシだけだし、Aランクはそこまで実力高くないし……。あっ!?」
「ふふん、気付いたようだね」
「もしかして、クリスの事?」
「そうだよ。クリスをアンタのサポートとして連れて行きな!それが条件だよッ!」
マムは少女に条件を飲ませる事には成功した。だが、条件をエサに諦めさせる事は大失敗だった。拠って、今後どうやってサポートしていくかが悩みのタネであり、今すぐにでも頭をかかえたかった。
今回の古龍種は、「風龍イルヴェントゲート」と呼ばれる個体だ。
五大属性の古龍種である五大龍が「中位」であるのに対し、「風属性」を持つ風龍イルヴェントゲートは上位である。
それは「風属性」が本来存在しないハズの属性だからである。五大属性の内、木と火という相反する2つの属性を持つ事で成立する属性が「風属性」となる。
その為、「風属性」を使う風龍イルヴェントゲートは「上位」とされている。
おさらいだが、属性は、木、火、土、金、水の5つを以って五大属性と呼ばれている。そして、その内の2つ以上の組み合わせによって、更に上位の属性を成す事が出来る。
ただし、それぞれの属性が相反するか親和するかでその上位属性の難易度は変わる。
ちなみに上位にあたる属性が、風、雷、樹、嵐、氷などである。
・風は木と火の相反する属性同士
・雷は土と金の相反する属性同士
・樹が木と水の相反する属性同士に土を親和させたもの
・嵐は木と火の相反する属性同士に金を親和させたもの
・氷は土と金の相反する属性同士に水を相反させたもの
ちなみにこの場合、樹、氷、嵐は三属性になるので上位ではなく、最上位の扱いになる場合もある。
魔術の属性も大体はこれと似たような法則である。然しながら、全体的に複数属性を使える者はレアなのだ。拠って魔術的に自分が適性を持っている属性以外の属性を使いたい場合は、魔道具と呼ばれるモノを使うか、精霊石や魔術兵器を使わなければならない。
それらを掛け合わせて上位属性は再現出来るが、その場合、魔道具や魔術兵器は壊れる可能性がある。
ただし、精霊石の「上位」とはこの法則による上位ではなく、純粋に五大属性の力を強めたモノだ。
然しながら水の上位精霊石は「氷」だったりするので、そこら辺から精霊石の強さがハンパない事は理解出来るだろう。
ここでいい機会なので古龍種の事を更に深く説明していこう。
古龍種は大きく3種類の系統に分かれている。
・五大属性に基づく炎龍や水龍、風龍といった「属性龍」が1つ目の系統
・五大属性を持たない剛龍や泡龍、斬龍といった「無属性龍」が2つ目の系統
・最後に五大属性の「金」から派生していった金龍や銀龍、黒龍といった「金属龍」が3つ目の系統
古龍種はこれら3つの大きな系統樹が存在しており、古龍種に属する龍種は下位から最上位に至るまで、そのどれかの系統樹に入っているとされている。
「そうですか、お嬢様が、風龍イルヴェントゲートに挑む事に……。わざわざご連絡有難う御座います」
つーつーつー
「さて、今回はどう致しましょうかねぇ」
クリスが少女の屋敷を訪れたのは、それから2日後の事だった。クリスは空を舞い屋敷の玄関先に降り立つと、今回は間違う事無くインターホンを押した。
がちゃ
「ぬっ?!ど、どうしたのだ、サラ殿!?その顔は一体?」
「く、クリス様、ま、マスターが、マスターがあぁぁぁぁ。うわぁぁぁぁぁん」
「サラ殿、落ち着くのだ。アルレ殿に一体何が?」
「うっ、うっ、うっ。マスターが、1人で、風龍討伐に行ってしまいましたぁ。うわぁぁぁぁん」
「執事殿は、中にいるのか?話しが聞きたい!」
「執事長もどこかに行かれてしまわれて……。ぐずっ」
「執事殿はどこへ?一体それはいつの話しだ?!」
「マスターは昨夜いなくなられてしまって書き置きが……。執事長は今朝戻ってきたシソーラスに乗ってどこかへ。ぐすっぐすっ」
サラは明らかに取り乱していた。普段から冷静なサラが、ここまで取り乱すのは珍しいと言えるだろう。
クリスは混乱していた。何故こうなったのかサッパリ分からなかった。クリスがマムから連絡を受けたのは一昨日のコト。
本来であれば昨日の内に来たかったのだが、受注していた依頼と重なっていた事から来るのが今日になってしまったのだった。
これでも急いで来たのだが、まさかこんな事になっているとは想像もしていなかった。
サラの顔は不安に押し潰されそうな表情だ。その顔は既に大粒の涙でぐしゃぐしゃになっている。
そしてクリスは決断した。
「ならば、此の身が2人を追い掛ける。アルレ殿が行ったところに執事殿も向かったのかもしれない。ところでレミは中にいるのか?」
「はい、中にいます。ぐすんっ」
「それならば、屋敷の戸締まりをちゃんとして、この屋敷で待っているんだ。知らない人が来ても中に入れては絶対にダメだぞ」
「分かりました。ぐすっ」
ぽんぽん
「いいコだ。それでは此の身も行ってくる!ちゃんと2人を連れて帰るから待っていてくれ!」
ばさっばさっばさっ
クリスはサラに優しく言の葉を紡ぎ約束した。サラは不安な表情を湛えつつも、今はクリスに縋る事しか出来なかったのである。
クリスは早々に翼をはためかせると空へと舞い上がり、東に向かって飛んでいった。
サラはその姿を見えなくなるまで見詰めていた。
「アルレ殿、何で、1人で行く事にしたのだ!くそッ」
ぎりッ
「此の身は役立たずとでも言いたいのかッ!」
クリスは空を舞いながら苦虫を噛み潰したような表情で、下唇を噛み締めていた。
だがボヤきながらもバイザーを索敵モードにすると索敵半径を最大にして、2人の事を追い掛ける事にしたのだ。
そんなクリスの下唇からは、薄っすらと血が滲んで来ていた。
直上の空は雲1つない晴天で、太陽が照り付けている。風は冷たいが、怒りで火照ったクリスの身体を冷やしてくれていた。
そしてクリスが睨む東の空には暗雲が立ち込めている。
クリスのバイザーに2人の光点は影も形も無い。こうしてクリスは2人を探して東に向かって空を飛んで行ったのである。




