Nostalgic Facer ν 挿絵付
これは狂獣化小鬼種討伐後の話し。
少女はクリスの見極めに、あれから2回程依頼を受けていった。それは戦闘能力以外にクレーム対応やケンカの仲裁といった、コミュニケーションの適性やその他一切合切を見極める為だ。
実際のところ、公安の依頼はそう言った案件が多く、討伐依頼は意外にも少ないのである。
逆にギルドでは討伐系の依頼が大半を占めている。
龍人族の村とは異なる「生活スタイル」を送っている街の人々。単一種族ではなく、他種族の人々が住まう街という場所。
拠って少女は「街に住まう人々との価値観や倫理観の違い」と言う、それらの差異から来る「何か」を危惧していた。
要は、クリスが天然過ぎて空気が読めないんじゃないかと考えたのである。
だが、多少は危なっかしい所が実際にあったが、取り上げるような特に大きな問題点は無かった。そして、そんな中でクリスがどうしようも無い事が1つだけあった。
それが「報告書」だ。
クリスは「報告書」だけはどうにもならなかった。そもそも、筆記文字は一朝一夕でなんとかなるような代物では無い。
それは時間を見付けて爺が教えてくれているが、何ともならないモノはどうしようもない。
「その点はマムに交渉だなぁ」
「アンタ、龍人族をバカにしてんのかい?龍人族だってちゃんと筆記文字を持ってる。それで報告書を書かせればいいだろうにッ!」
「えっ?でも、マム!そうしたら、報告書の意味が無くない?読めない報告書なんて……アレ?——デバイス使えば読めるじゃん。あはははは」
「全く、あたしゃ忙しいんだ!そんな下らない内容でイチイチ通話するんでないよッ!」
「そ、それじゃ、アタシの今までの苦労はなんだったのよッ!?クリスの代わりにアタシが苦労して書いた報告書は?眠い目を擦って書き上げたあの苦労は?」
「逆ギレかい?まぁ、アレはアレで読むに耐えない内容だったよ。一応そのままスルーしといたけどね」
「アタシが睡眠時間を削って書いた報告書は?寝る間も惜しんで書いたのに?褒めてすらくれないの?」
「まぁ、これに懲りたら、日頃からちゃんと真面目に書くんだねッ!日頃からちゃんと書いてればイザって時に困らないモンだッ!」
「じゃあ、切るよッ!」
がちゃっ
つーつーつー
少女はクリスがこのままでは報告書が書けないばかりに、ハンターになれなくなる事を危惧していた。そこでマムに交渉しようとしたのだが、完全に敗北したと言える。
斯くして、クリスの「見極め」は無事に終了した。晴れて正式にハンターライセンスの授与が行われ、クリスは少女の屋敷を出ていく事になった。
それを1番惜しがっていたのは、サラとレミの2人だ。サラとレミは積極的にクリスに対して話し掛けていた。そして、クリスもまた2人とよく会話をして、面倒をみていたのだ。
傍目には歳の離れた仲の良い姉妹のようだった。
爺はクリスの出立の日、クリスに装備品を進呈した。屋敷の地下に眠る装備品の数々の中で、クリスが着用出来る物を集め、新たにドク監修の元に適度に魔改造されて新調された装備品達だ。
更には、少女が昔使っていたSMGのマイクロウージーもドク監修の元に魔改造され、一緒に進呈された。
その契機となったのが、小鬼種殲滅戦の報酬だった。
あの殲滅戦で討伐した500匹を超える小鬼種の内、素材として取れたのは400匹を超えていた。
その中でサリエルの魔石を核にしていた固有個体の素材こそ取れなかったが、将軍化中鬼種が計5匹。SC化中鬼種が1匹。
アンシーリーコート種が計3匹。
後は大量の中鬼種と小鬼種の素材をゲット出来たのだ。
ちなみに小鬼種系の素材は値が安いのだが、量が集まればそこそこの金額になる。
更には上位亜種、中でもアンシーリーコート達のは売ったら意外と良いお値段になるし、素材としても中々に使い勝手が良い。
拠ってそれらの上位亜種の素材は装備品への加護と効果を付与するのに使われた。
残りの400匹を超える小鬼種及び中鬼種の素材達は全て銃の弾薬に加工された。そして少女はそれらを、クリスに全て進呈する事にしたのだった。
だが、弾薬だけあっても意味が無いので、銃撃の練習用にマイクロウージーも一緒に渡す事にした。クリスは当然の事ながら受け取ろうとしなかったが、少女は強引に受け取らせたのである。
それら一式全てを持って、クリスは公安の報酬の一環である、「宿舎」へと引っ越していった。ある程度はデバイスの略式虚理空間に収納し、入らないモノは背中に背負っていた。
サラとレミの2人はクリスの姿が見えなくなるまで手を振っており、別れを惜しみ大声で叫んでいた。
これは余談だが、少女はクリスの装備品をドクに監修してもらった際に、炎龍ディオルギアの素材で爺がオーダーしていた大剣ディオルギアと炎龍の素材から造られたハーフメイルを受け取っている。
更には、炎龍ディオルギアの素材で、より高性能になったブーツも受け取る事が出来ていた。
受け取った品々に対して更に欲をかいた少女は、前々から言おうとして忘れてしまっていた自分のウージーとデバイスの更なるチューンナップをドクに要求していったのだ。その結果、ウージーはデバイスへの直結仕様となってマガジンが不要になった。
要はデバイス内に残弾がある以上、連射が可能になった事を示している。
デバイスはその調整の他に新たなASPをインストールし、その設定もドクに行って貰った。それら装備品の新調やチューンナップがあった為に、小鬼種の素材で作った物が少女は「要らなかった」からクリスに「全てあげた」というワケでは決して無い。
そんなワケは決して無いのです。そんなコトは決してありえません。
これは少女の名誉に関わる大事なコトなので、3回言いました。
クリスが屋敷からいなくなった後、少女はギルドと公安両方のクエストを熟しつつ、月日は流れ季節は冬になった。そして少女は1つ歳を重ねた。
こうして瞬く間に新たな年を迎えていく。
ここで忘れない内に1つ明記しておく事にする。
本来であれば公安に所属しているハンターはギルドのクエストを受ける事は出来無い。
逆もまた、然りである。
然しながら世界中にいる若干名のハンターは特別にそれが認められている。それが所謂、「星持ち」と呼ばれるハンターである。
「星」はそのハンターの功績によって授けられる物であり、実力と名誉の象徴とも言える。
少女は数少ない1つ星のハンターであり、その為にある程度の自由裁量が認められていた。
そして、その「自由裁量」の中には「旅券無しでの越境の自由」というのがある。ただし、これは他国に於けるハンターとしての「活動の自由」ではない。飽くまでも「旅行」としての越境であるとされる。
だが、その「旅行先」が気に入り、その地に根を下ろすハンターがいるのもまた事実である。
新年を迎えたところで、ハンターの仕事に変化などは見られない。人々の日常も生活も、新年を迎えようと何1つ変わらないからである。
変わるのは心持ちくらいだろう。
新年を迎えても生きていかなければならないのだから当然の事だ。そして、それは魔獣も同じである。
更に言えば、人間達よりも魔獣の方こそ新年も何も、まったくへったくれも無い。
そんな新年の始まりだが、節目には変わらない。拠って少女は依頼を受けず、新年の挨拶がてら公安に行ってみる事にしたのだった。
「それじゃあ、行ってくるわね」
「いってらっしゃいませ、お嬢様」 / 「お気を付けて、マスター」 / 「あるじさま、いってらっしゃ〜い」
少女は3人に見送られて玄関を出た。セブンティーンは少女のコトを玄関先でスタンバっており、低い唸り声にも思えるエグゾーストは等間隔でビートを刻んでいる。
セブンティーンが軽快に奏でるエグゾーストは、耳を澄ませば敷地内を出て行った後でもまだ響いていた。
こんこんッ
「入っておいで」
「あけましておめでとうございます」
「おぉ、アンタかい。おめでとうさん。今年も宜しく頼むよっ!」
「はいッ!」
さっ
「何だい、その手は?」
「お年玉ちょーだい」
「じゃあ、これをアンタにくれてやろう」
「いやいやいや、待って、それ違うわよね?新年なんだから可愛らしくおねだりしてみたのにッ。うふっ」
「ちっ。なんだいなんだい?「お年玉」が欲しいんじゃないのかい?せっかく、依頼っていう「お年玉」をあげようとしたのにねぇ」
「新年早々から依頼は受けたくないかなーッ、あはははは」
「じゃ、じゃあッ、今日は挨拶をしに来ただけだからーッ。またねッ!」
「そうだ!どうせ公安に来たなら、B2Fに行ってみるといいさね。面白いモノが見れるハズだよ」
ばたんッ
こうして少女の「可愛らしくお年玉おねだり作戦」は、敢え無く失敗に終わった。
そして少女が急いで部屋から逃げ出す直前に響いたマムの声は、少女の耳にちゃんと届いていた。
「ウィルの所に面白いモノ?まっ、時間があったらでいいや。どうせウィルのコトだから、新しいデータやら設定やらでしょ?それにアタシは今日のカッコじゃ戦闘なんて出来ないもの。えへへっ」
少女は新年早々の挨拶なので、デバイス以外の装備の一切を身に着けていない。いざという時の為にセブンティーンの中に入れて来てはいるが、こんな日くらいは身に着ける気が一切なかった。
それに今はおしとやかで可愛らしい女性をアピールする為に着物を着ている事から、荒事には完全に向いていない。
拠ってB2Fのコトは心の奥底にほんの少しだけ留めて置く事にして、先にB1Fへと歩を進める事にした。
B1Fのヌシであるドクにも挨拶を済ませ、最上階でのやり取りと同じような事をした。結局はマム同様にドクからも何も貰えなかったが、マムと違う点は着物を褒められたコトくらいだった。
「着ているモノにも着られている中身にも興味がない」ハズのドクが、着物を褒めたコトにちょっと意外だったが悪い気はしなかった。
だがドクも少女の去り際に「下で面白いモノが見られるぜ」と言っていたのである。
「ドクまで、ウィルの所に行けって、一体何なのかしら?マムが面白いって言ってたらなんかイヤな予感しかしないけど、ドクが面白いって言うとちょっと興味が湧くのよねぇ……」
「これって、マムの日頃の行いが悪いからよね?絶対そうよね?」
少女は心の奥底に少しだけ留める事にした案件を掘り起こされた事で、B2Fに足を踏み入れる決意をしたのだった。
多少は訝しみながらであって、更にはマムに対する日頃のグチを言いながらも渋々B2Fに降りて行ったのである。
「あれ?誰かがトレーニングルームを使ってる?新年早々にトレーニングなんて、奇特な人がいるのね?」
こんこん
「入ってまーす」
「あけおめ、ウィル」
「あっ!いいトコに来た!こっちこっち!!」
「ん?どうしたの?そんなに興奮して。それよりも、トレーニングルームを誰が使っているの?」
「いいからいいから、これ見てよッ!凄くない?」
「——えっ?!ちょ、何これ?アタシの記録が軒並み抜かれてるじゃないッ!」
少女はマムとドクに言われた結果やって来たB2Fで、驚きの光景を目の当たりにした。
モニタールームのコンソールには軒並み「New Record」の文字が並んでいる。それは少女が苦労して獲得してきた戦闘メニューの、攻略タイムが更新されたという事実だった。
トレーニングルーム内での戦闘メニューのその殆どは、ウィルが組んだものだ。そしてそれは、大体のハンターランクの目安になっていると言っても過言では無い。
ハンターランクは全部で7段階あり、D-C-B-A-S-SS-SSSとなる。Sランクからは「星持ち」と呼ばれ、星は最大で3個となる。
ランクは主に依頼完結実績と、修めているジョブから判断されているが、トレーニングルームはランクに応じた難易度調整がされているので、ランクアップの指標にもなっているのだ。
ちなみに、少女は現段階で上から3番目のSランクに位置している。そしてこのランクは神奈川国だけで採用されているワケではなく、他の国でも通用する共通認識となっていた。
更に付け加えると、神奈川国のトレーニングメニューに於いて、その殆どのメニューのレコードタイムは少女が保有している。——いや、していた。
それは即ち「レコードホルダーである事」が、少女の「誇り」だと言い換えられる。「誰にも抜かされたくない!」「オンリーワンでありたい!」と少女が頑張って攻略してきた「証」だったからだ。
「ちょ、一体誰が中にいるの?ウィル知ってるんでしょ?」
「へへへっ。さっぁねぇ~」
ばこんっ
「この国に、アタシを超えるハンターがいるって事?」
「痛ててて……。でもま、上には上がいるってコトさっ」
ぽんぽん
「きーーーーッ!ウィルのクセに生意気ッ!」
ばこんっ
びーッ
「あっ!どうやら今やってたメニューが終わったみたいだよ?次のが最後だねッ!どれどれ?」
少女は動揺を隠し切れておらず、額には汗が滲んでいた。そればかりか感情が昂ぶり、今にも涙腺が崩壊しそうになっている。
ウィルが組んだ指標としての8つのメニューの内、8つ目の終了を告げるブザーが鳴っていたからだ。
指標はそれぞれ、戦士向けで4つ、魔術士向けで4つ用意されている。そして、それの適用ランクはDランクからAランクまでである。
現状でSランク以上の指標は公式には存在していないが、以前のクリスの実技試験の時に使われたデータは9つ目の指標であり、それはSランク相当になっている。
そしてそのプログラムをウィルは、挑戦者に実行していった。
ちなみについさっき終了した8つ目のメニューも「New Record」と表示されていた。
「それって、この前のワイバーンと炎龍のやつ?」
「そだよ。それそれ」
「あれは、アタシの記録を抜く事なんて早々出来ないハズよ?ってか、その前に中にいるのは、誰なのよ?お・し・え・な・さ・い・よ・ッ!」
ばんばんッ
「ぎ、ぎぶぎぶ、死ぬぅ」
「どうしても吐かないのね?それならモニターで見てやるんだからッ!」
「げほっ、げふぉっ。い、今やってるのが最後なんだから、終われば出てくるさ。待ってればいいんじゃない?げほげほ」
「それがどうしても「今」、気になるって言ってんのッ!」
「もう、せっかちさんだなぁ」
ぎろッ
「えぇっと、ここをこーして、あーもぅッ!なんでこんな時に着物なんか着てきたのよッ!袖が邪魔で動かし辛いッ!」
少女は必死にモニターで中で闘っている者を確認しようとしたが、普段から着慣れていない着物の袖が色々と仕事をしてくれたお陰で、切り替えが上手くいかず額には青筋が浮き上がっていた。
「ぷぷぷっ、馬子にも衣装。ぷぷぷっ」
ばこんッ
びーッ
「えっ?嘘……でしょ?さっき始まったばかりで、もう終わり?初めて闘る人間が、こんなに早く倒せる相手じゃないハズよ?」
そして少女は色んなモノと格闘している内に、残酷な終わりを告げるブザーが鳴り響いていったのである。
その音を聞き付け少女は、顔面が蒼白になっていた。
少女はモニターの操作どころでは無くなった様子で、急ぎコンソールに目を移していく。
「New Record」
その文字がそこには映し出されていた。それを見た少女は、その場に崩れ落ち泣き出したのだった。
「あれ?泣いてる?泣いてるの?」
「な、泣いてなんか……泣いてるワケないでしょッ!ウィルのクセにッ!」
「へぇ、泣く事も出来るんだね?鬼種の目にも涙かな?」
きッ
「ひぇッ、怖い怖い。鬼種は怖いなぁ。けらけら」
「このアタシの記録を全部抜くなんて、アタシにケンカを売ってるとしか思えないわね。絶対文句を言ってやるんだからッ!なんなら、拳で証明してやるわッ。ふんすッ」
「えっ?そのカッコでやるつもりなんだ?怒りに目が眩むと周りが見えなくなるんだなぁ。逆に別の意味で凄い」
ばっこんッ
ばったんッッッッ
少女が泣き崩れていたのも束の間のコトだった。少女は目を吊り上げ何かを思い立ったように立ち上がると、ウィルの頭に思いっきり拳を見舞ったのである。
そしてその足でモニタールームを出て、トレーニングルームの前で仁王立ちの状態で、中にいる者が出て来るのを今か今かと待っていたのだった。
なお、モニタールーム内でウィルは1人頭を抱えて悶えていた。
「ふんすッ。ふんすッ。早く出てこい。ぎったんぎったんのけちょんけちょんにしてやるんだからッ!ふんすッ」
ぷしゅー
「アナタねぇ!アタシにケンカ売ってるの?一体どーいうつも……えっ?!」
トレーニングルームのドアがゆっくりと開いていく。そして少女は鬼の形相をしたまま、中から出て来た者と目が合ったのである。
セブンティーンは低いエグゾーストを奏でながら、屋敷の敷地内へと入っていく。そして、盛大にブレーキ音を立て玄関先にセブンティーンが停まると同時に屋敷の玄関扉が開き、いつものように3人が出迎えに来てくれていた。
しかし爺は、セブンティーンから降りた人を見た途端に、驚きの表情のまま固まってしまったのだった。
サラは固まっている爺を見て首を傾げて、「いらっしゃいませ」とだけ紡いでいた。
レミは爺の姿を見て、ただけらけらと笑っていた。
「本当にお久し振りでございますなぁ、キリク御坊っちゃま」
-・-・-・-・-・-・-
少女は鬼の形相のまま、半ば八つ当たりの意味も含めてケンカを吹っ掛けていった。だが、ケンカを吹っ掛けていく途中で、少女は気付いたのだった。
「キリク……なの?」
「やぁ、久し振りだな!話しには聞いていたけど、お前、結構強くなったんだな?ってまぁ、お前以上に俺も負けず嫌いなんでな、レコードは塗り替えさせて貰ったぜッ!」
「キリ……ク?本当にキ……リク?」
「お、おう?俺だぜ?なんだ、忘れちまったのか?」
「ば、バカ!ばかばかばかばかばかばかーッ!」
「おっ?どうしたどうした?はははッ。ところで、お前のカッコはなんだ?どうしたんだ?」
「ど、どうせ、馬子にも衣装とか言いたいんでしょ?」
「いや、スゲー似合ってると思うぜ?」
「ちょ、急に何をッ///」
「あぁ、そうか!今日は元旦だったな。どうりで人の通りとかも少ないワケだ。やっぱり日付変更線を越えると日付感覚おかしくなるな」
「ねぇ、キリク?」
「ん?どうした?」
「おかえり……なさい」
「おう、ただいま」
「もう……もう離さないんだからねッ!」
トレーニングルームから出て来た男は「キリク」である。本名は不明で、戸籍上も「キリク」としか書かれていない。そんな1人の男だ。
キリクは少女の兄弟子にあたる。幼い頃は少女の屋敷で共に暮らしていたが、少女と血の繋がりは全く無い。
何故ならば、少女の父親が依頼からの帰り道にどこかから拾ってきた子供だったからだ。
拾われて来た少年キリクは、屋敷で少女達と共に暮らし、少女の父親から修行をつけてもらっていた。
だが、少女の父親が帰らぬ人となった後で屋敷を出ていった過去がある。
キリクのその後の話しについて、少女は風の噂で聞いていただけであり、キリクが屋敷を出て行ってからは今日が初の再開となるのだった。だから、かれこれ数年振り再開と言えよう。
数年振りの再開を果たした少女は、再開早々にキリクの腕を掴み、嵐のような行動に動揺するキリクを公安から強制的に連れ出すと、そのまま屋敷まで連行していった。そこにキリクが口を挟み込む余地はなかった。
その様子は、マム、ドク、ウィルの3人にしっかりちゃっかりと目撃されていたのだった。
「これであのコにも漸く春が来たのかねぇ」
「こちらこそ、お久し振りです。あれから5年になりますが、相変わらず、壮健そうで何よりです」
ぽりぽり
「あと、「御坊っちゃま」は止めて下さい。もう、そんな歳じゃないですし、何より恥ずかしいです」
「これはこれは、キリク御坊っちゃま。いえ、失礼いたしました、キリク様。これで宜しいですかな?」
「えぇ、ありがとうございます」
「お、お茶でございますです」 / 「お菓子も用意したのー」
「メイド?へぇ、猫人族に兎人族か。うん、ありがとう、2人共。小さいのに頑張ってるな」
「ッ。///」 / 「えへへ、頭撫でて撫でて」
なでなで
「その2人は、猫人族のサラと、兎人族のレミよ。密猟の被害者でアタシが保護したの。今はこの屋敷で働いてもらってるわ。2人ともちゃんと頑張ってるからアタシも助かってるのよ」
「マスター……」 / 「あるじさま。頭撫でて~。いいこいいこして」
「2人とも、こっちにいらっしゃい」
なでなで
「そうか、こんな小さい子を狙うなんて……。密猟者は相変わらず許せないな」
「ところで、キリク、今日は泊まっていくのよね?」
「いや、本来なら今日は、ここに来る予定は無かったから、既に部屋を取ってあるんだ。あと2、3日は神奈川国にいるつもりだから、せっかくだし明日からは世話になろうかな」
「そう……。そしたら、今日は取ってある部屋まで送るわッ。場所はどこ?」
こうして少女はキリクをセブンティーンでホテルまで送ると、寄り道する事なく屋敷へと戻っていった。今日の少女は、いつもより運転する事が凄く楽しいと感じていた。
それこそ天にも昇る気持ちで、心がウキウキしてルンルンでハッピーで、世界は光に包まれており色鮮やかで鮮明だった。
さらに、セブンティーンのエグゾーストもいつもより弾けていて、少女の心持ちを現しているかのように軽快であり、その軽快さは今にも空を飛びそうな勢いと言えるかもしれなかった。
「アタシ、今、凄っごく幸せッ!いつまでも……キリクがいつまででもいてくれたら、もっともっとハッピーになれるわよねッ!」
翌朝、キリクは少女の屋敷のインターホンを鳴らした。その音にレミがいち早く反応し、玄関からキリクを招き入れると広間に案内していった。
「おはよう、キリク。ホテルまでせっかく迎えに行こうと思ってたのに」
「あぁ、ありがとう。でも、気にしなくていいぞ?ここまで自力で来れないワケじゃないからな」
「キリクのばか。ぼくねんじん。あんぽんたん。すっとこどっこい」
「ん?何か言ったか?」
「うぅん、何でもないー」
少女は迎えにいけなかった事で顔をむくれさせていた。そんな少女の表情にキリクは優しい笑顔を返していた。
キリクが屋敷にいる日常。それは、5年前のあの日に少女が失った日常だった。少女が求めて欲するに欲した日常だ。
だからこそ少女は、この日常を2度と手放したくなんてなかった。
でも、求めれば求める程に、欲すれば欲する程に「それ」は逃げて、どこかへと行ってしまうモノなのかもしれない。
それは例え掴んでもサラサラと溢れ落ちていく砂のようでもあり、掴んでもスルッと指の先から抜けてしまう、絹の糸のようなモノなのかもしれない。
だからこそ手に入れようと手を伸ばしても、それは遠く高い空の上にある雲のように掴ませてはくれなかったのだった。
「今度、上位の古龍種の討伐に行く事になった」
「えっ……それって、どういう事?今、上位って言ったの?そんな古龍種が出たなんて、聞いた事が無いわ。それに、上位の古龍種が人間達に直接的な被害を齎しているの?」
「その古龍種が出たのは海を渡った向こう側の国さ。だから、神奈川国に情報がまだ来ていないのは当然さ。融合する前の地球だった頃の国名で、アメリカって言ったっけか?現在の国名は「カリフォルニア国」で、その国の沖合いで発見された個体だ」
「それなら、まだ被害は齎していないのね?それなのに討伐しに行くの?それはキリクじゃなきゃダメなの?」
「そうだな、国や地域には被害はまだ出ていないな。だが、被害が出てからじゃ手遅れになる……だから、そうなる前に早々に討伐を決めたらしい」
「そう……なんだ」
「最初は、超大型のハリケーンだと思ったらしい。だが、こんな季節にハリケーンなんておかしな話しだろ?だから、ミュステリオンを使って調査したらしい……。そしたら調査結果でそれが古龍種だと発覚したそうなんだ。まぁ、そんなワケだから国は大騒ぎで調査部隊を向かわせた。だけど調査に向かったハンター達は誰一人として帰って来なかったって聞いてる」
「えっ?!そんなッ」
「だからそこで、俺にお鉢が廻って来たってワケさ」
キリクからその言葉を聞いたのは、キリクが神奈川国から発つ予定日の朝だった。少女はその話しを聞いた直後から心の中にドス黒い不安が渦巻いて行き、それに心が支配されていく感じがしていた。
しかしそれを払拭する為に、キリクに対して色々と質問を投げていったのだが、不安は解消されるどころか募るばかりだった。
キリクは現在、そのカリフォルニア国の隣国にあたる、ネバダ国のギルドに所属しているらしい。
上位の古龍種の調査に赴いたハンター達の調査部隊が、誰一人として帰って来なかった事から、当事国であるカリフォルニア国公安は匙を投げたのだそうだ。
拠って周辺国の公安及び、ギルドに対して要請を出したらしいと言う事だった。
「今回の討伐依頼は上位の古龍種が相手になるから、パーティーの規模が大きいんだ。周辺各国の公安やギルドのハンター総勢20名余りでパーティー組んで臨むって言ってたからな、なんとかなるんじゃないか?」
「相手が上位の古龍種で、ハンターが総勢20名って、その中に「星持ち」は何人いるの?」
「…………」
「キリクなら分かってるでしょ?上位の古龍種なら難易度はSSランク以上よッ!それなら推奨人数はSランクハンターなら30名。Aランクハンターなら最低でも90名は必要な相手よッ!2つ星が20名ってワケじゃないんでしょ?」
「確かにそうだな。お前の言う通りだ」
「キリク、まさか……。死ににいくつもり……なの?」
「…………」
「ねぇ、なんとか言ってよッ!ハンターとして、既に依頼を受けてしまっているのであれば、止めるのは無理ッ。でもッ!死ににいくつもりなら、話しは別よッ!アタシはキリクを見殺しには出来ないわ!アタシからこれ以上、心の拠り所を、心の支えを失くさないでよッ!」
少女の感情の昂ぶりは止まらなかった。その激昂は少女の口から想いを吐き出させ、溢れた感情は頬を伝い、静かに床を濡らしていった。
キリクはそんな少女の姿に5年前の記憶がフラッシュバックしていた。だからキリクは目の前で泣きじゃくる少女に近付くと、その頭を自分の胸に抱き寄せ、優しく撫でて言の葉を紡いでいく事にしたのだった。
「俺は死にに行くんじゃない。言っただろ?俺は「負けず嫌い」なんだ。だから、相手が何であろうと負けないし、必ず生き残ってみせる」
「キリ……クぅ」
「だから、お前もそんなに心配するな。そんな顔をしないでくれ……。俺の為に涙を流してくれて、ありがとうな」
「ひっく、えっく、ひっく」
「でもな、俺はお前の涙を見たくない。だから、またここに帰って来た時には必ず笑顔で出迎えてくれよなッ!」
「ズルいよ、キリクぅ……。そんな事言われたら、えっく……これ以上、「行かないで」って言えなくなるじゃない……ひっく」
「よしよし、いい子だから泣くなって」
「絶対に……絶対に生きて帰って来てね?ひっく……、約束ひっく……出来る?えっく……」
「あぁ、モチロンだ。俺が嘘ついた事あるか?」
「うんッ」
少女はキリクの笑顔に対して笑顔で応じた。だが、その瞳から溢れる涙が止まる気配は微塵もなかった。
キリクは少女の涙を拭うが、それでも溢れる涙は一向に止まる気配すらなかったのだった。キリクは少女の頭を再び抱き寄せると、少女が泣き止むまで優しく撫で続ける事しか出来なかったが、その胸中は複雑だった。
「俺、コイツにどんな嘘をついたっけ?そんなコトあったっけかなぁ?」




