Mob Ruiner Ⅰ ν 挿絵付
少女はどうしようもなく眠かった。
昨夜、クリスの汎用魔力銃の特訓が終わったのは、深夜2:00を過ぎた頃だったからだ。口では「どんな形であれ的に当たれば良い」と言っていたが、少女はそれで認めるつもりはなかった。
よって「下手な鉄砲数撃ちゃ当たる」でカウントが増えた場合は、様々な難癖を付けた。その様相は悪役令嬢のようであり、クリスはいびられる可哀想な主人公と言う感じだったとも言い換えられる。
そして少女が内々に決めていた目標である、「命中精度9割」が達成出来た時には深夜2:00を過ぎていた。
たかだか数時間でここまでの精度に到達するのは、基本的には不可能だろう。いびられながらも負けなかったクリスの根性が、才能を導いた勝利だったのかもしれない。
途中で爺が2人分の夜食を作って持って来てくれたのは、何時頃の事だっただろう……それはよく覚えていない。
2人は時間を確認する事無く、黙々と粛々とただひたすらに訓練に励み、クリスは汎用魔力銃を撃ち続けていた。少女は隣でその様子を窺い、鬼教官のように指導をしていた。
2人が夜食を食べたのは、条件を達成してからなので2:00はとっくに回っていた事になる。
それから2人はそれぞれ部屋に戻り、少女は部屋に備え付けられているシャワーで汗を流し微睡みの中に堕ちていった。
そして数時間が経過すれば当然のように朝が来た。予めセットしておいた、けたたましく鳴る目覚ましの音に容赦なく起こされ、「なんでこんな時間に起きなくちゃいけないのッ!」と恨んだ少女だった。
その結果として、どうしようもなく眠かったのである。段取りを見誤った自分のせいなのは言うに難くない。
気を抜けば意識が飛ぶ。眠気に負けそうになりながらも、熱めのシャワーを浴びて眠気を飛ばそうと必死だった。それでも眠たいものは眠たい。
人間である以上、3大欲求には勝てないモノなのだ。
シャワーを浴び終えた少女は、眠い目を擦りながら広間に降りていった。
仄かなシャンプーの香りを漂わせながら。
「おはようございます、お嬢様。本日は熱めのブラックコーヒーにしておきました。苦味が強いようでしたら、砂糖とミルクを足してお召し上がり下さい」
「おはよ、爺。コーヒーありがと。さっすが爺は分かってるわね。あと、昨夜は夜食もありがとね。美味しかったわ」
「恐れ入ります」
「あぁ、良い香りね。紅茶もいいけど、眠い時はあっちぃブラックもいいわね。うわっちち。あちかった」
「これはなんの匂いだ?香ばしい香りがするが?」
「あ、おはよ、クリス。起きれたようね?ちゃんと寝れたかしら?ところで香りってこれの事?これはコーヒーだけど、クリス知らないの?」
「これがコーヒーと言うものなのか。遠くからでも実にいい香りだ……。ところでアルレ殿、執事殿はどちらに?」
「おはようございます、クリス様。当方に何かご用事で御座いますか?」
「ひゃうっ。ししし執事殿。お、驚かされるな」
「それは失礼致しました。クリス様の分もコーヒーを淹れて参りましたが、紅茶の方が宜しいでしょうか?」
「い、いや、そのコーヒーを頂きたい」
「それではこちらを、どうぞお召し上がり下さい」
ごくっ
「苦ッ。コーヒーとは香りは良いがこんなにも苦いモノなのか?」
「苦いんだったら、砂糖とミルクを入れて味を調節するのよ」
「ふむ。これだな?」
ちゃぽんッちゃぽんッちゃぽんッ
たら~
「えっ?!クリス?」
「どれどれ?おぉ、凄く甘い!そして旨い!いいな、コーヒー。気に入った!!」
「どんだけバカ舌なのかしら?」
「ところでクリス様、当方に何か用事があったのでは御座いませんか?」
「おぉ!そうだったそうだった!昨夜、部屋に戻って袋の中を見たら見知らぬ服が入ってたのだ。執事殿、何か知るまいか?」
「へぇ、爺もやるわね」
「それはお嬢様が着なくなった服を縫い合わせて、クリス様に似合いそうなデザインで当方が仕立てさせて頂きました。お気に召しませんでしたか?」
「やっぱり執事殿だったのか!いや、しかしだな、このような物を此の身が受け取って良いのだろうか?」
「いいじゃん、受け取っておきなさいよ。それに、結構似合うんじゃない?」
「お洋服は幾らあっても困る物では御座いませんので、ハンター実技試験の合格祝いに縫わせて頂きました。お気に召すようでしたらお嬢様も仰ってますので、お納め下さい」
「に、似合うかな?このような服は着た事がないので何かと恥ずかしいモノだな」
昨日、服を買ってもらったクリスだが、その際に買った服はどちらかと言えばメンズファッションで動きやすさを重視したラフスタイルだった。だが、今クリスが手に持って広げているのはそれとは違う。
例えるならば「あざとらしく可愛いくて、且つエレガントな女性らしさをアピールした」とも言い換えられるフレアスカートワンピースだ。
少女からすれば、昨日見た「半裸」とも言える一張羅よりは、段違いに良いのは当たり前だった。更に言えば「半裸」は良くて、スカートは恥ずかしいと言ってるその気持ちは理解出来なかった。
「さてとクリス、準備はいいかしら?」
「あぁ、此の身は問題無い。準備は万端。いつでも出れるぞ」
「それじゃあ狩りに行きましょッ!」
「行ってらっしゃいませ。お嬢様」 / 「行ってらっしゃいませ、マスター」 / 「あるじさま、お仕事がんばって」
「オハヨウゴザイマス、マイ・マスター。目的地ハ、オナダー市ニ設定サレテイマス。自動デ走行致シマスカ?」
「おはよッ、セブンティーン。うん、自動で宜しく」
「カシコマリマシタ。概ネ、40分程デ到着致シマス」
2人は3人に見送られるとセブンティーンに乗り込んでいった。2人が乗り込むと抑揚の無い声が、いつも通りに紡がれていく。
少女は目的地に到着するまでの時間で、クリスと依頼内容の最終打ち合わせを考えていた。
本来であれば昨日の内にやっておきたかったのだが、あの一張羅のせいで計算が狂ったのだ。くれぐれも訓練に掛かる時間を見誤ったワケではないと補足しておく。
今回の依頼は「殲滅戦」である。「討伐戦」は対象を討伐し被害状況が終結すれば依頼が完結になるのに対し、「殲滅戦」は違う。
文字通りの地域内に棲み付いた魔獣の「殲滅」が要求される。
拠って1匹たりとも逃がしてはならず、殲滅する事以外に完結する条件は無い。
そして、その際に使われるのが統合演算装置・ミュステリオンからダウンロードするメインパッケージの、結界様式なのである。
結界様式は行動範囲制限機能と呼ばれているが早い話が結界だ。これはエリアを指定する事でそのエリア外に対象の流出を防ぐ効果がある。
ただし結界を展開していられる時間は60分が上限であり、攻撃などを受ければ耐久が減り耐久が失くなれば結界は破壊される。
制限時間の60分を超えた場合は消滅するが、一定のクールタイムを過ぎれば再度結界を構築出来る。然しながら破壊された場合には、再度ミュステリオンからのダウンロードを要求される。
殲滅戦の依頼完結条件は文字通り「殲滅」のみだが、失敗条件には「結界」の破壊が盛り込まれる。
拠って難易度は「討伐戦」と比べ格段に上がる事から、ソロではなくパーティーでの参加が推奨されている。複数人からのパーティーならば、結界の消滅にも破壊にも対応出来るからである。
そんな殲滅戦を少女はクリス1人で狩らせようと算段していた……。
そして、今回の殲滅対象は500匹からの小鬼種の群れであって、ソロなら上級ハンターでも苦戦する量だ。
更に付け加えると依頼書には、「固有個体」の存在が確認されていると記載があった。これらの事を踏まえ、討伐脅威度は古龍種以上のランクになっている。
固有個体とは、その種族に於ける「最上位種」と呼ばれる魔獣の事だ。小鬼種であれば、上位種が中鬼種と呼ばれる。
更に中鬼種が進化すると、幾つかの上位亜種へと派生していく。然しながら本来はそこまでしか進化する事はない。
だが現実はそこで終わらない。
魔獣の進化の過程は実証されていない事が多いが、特異な力を保有しているモノが特殊な進化で、ごく稀に生まれる事がある。それが「最上位種」とされる。
一方で更に付け加えると「最上位種」は、上位亜種や上位種から誕生するとは限らない点に注意が必要だ。
「最上位種」は魔獣の種類に因っては複数種確認されているが、1つの「群れ」に於いて複数の「最上位種」が確認されると言った事案は無いとされている。
然しながら記録の中に拠れば、小鬼種の「最上位種」として確認されたモノは今までに複数ある。
「小鬼の王種」「小鬼種の王」「小鬼種の帝王」「災厄級小鬼種」等が今までに確認されているが、今回はどの「固有個体」がいるかまでは分っていない。
更には「固有個体」の存在が確認されていて尚且つ、大規模な群れがある場合には上位種並びに上位亜種が複数種いるという事に繋がる。(中規模以下の群れの場合には上位種並びに上位亜種はいない場合が多い)
「固有個体」を国の頂点とするならば「将軍」や「指揮官」と言った「軍隊」同様の組織が成立させられるからだ。
拠って「固有個体」の存在が確認されている依頼は、最大限の装備と信頼出来るパーティーで臨んでも完結が難しい事がある。
それ故に、ごく一部の上位ハンターにしか出回らない高難易度依頼とも言える。
ちなみに固有個体の討伐難易度は、Sランク以上である事が多い。
更に討伐脅威度は固有個体の他に中規模以上の群れがおまけで付いてくる為に、SSランク以上になる事もザラである。
拠って今回の依頼は、仮のハンターにやらせるような依頼ではないと断言出来る。
「クリスはこの依頼の討伐難易度分かっているのかしら?まぁ、でもちゃんとサポートして、万が一の時は自分も参戦すればいいや。アタシが受けた依頼だから、失敗するワケにはいかないものね」
今回の依頼内容についての一切合切をクリスに説明した少女だったが、クリスの反応はイマイチだった。
それが天然故の反応なのか本当に何も考えていないのかは分からないが、少女は心配になって来ていた。だが試験官として見極める以上は口も手も出すつもりは毛頭ないが、それはそれこれはこれである。
実践試験とは言え自分が受けた依頼である以上、失敗は許されないのだ。
だから心の中でひっそりと独り言を呟いていた。
それから少し時間が経った頃、まだ昼には早い時分にセブンティーンのエグゾーストは奏でるのを止めた。
そう、目的地到着の瞬間である。
場所は少女の屋敷のあるアラヘシ市から、西に向かった位置にあるオナダー市だ。
その建物は大通りから途中で北に進路を移し、舗装された山路を登って行く途中に見る事が出来る。ほぼ正方形に近い敷地の中にある建物の、周囲を敷地ごとぐるっと取り囲む壁は高い。
元々は工場だったと聞いているが今は稼働しておらず、建物の造りは罪人の収容所のようにも見える。
建物の形は北から東に掛けてのᒪ字型で、その建物を取り囲むように小規模の建物が5つある。
正門は山路に接道している為に東側にあり、裏門とかの存在は無さそうだ。
目的地に着いた少女はバイザーの索敵モードで魔獣の存在を確認していく。バイザーに映る光点は流石に500匹を超えている為か、個体を判別出来ない程にまで密集している様子が映し出されており、光の塊のようにしか見えなかった。
少女は仕方無く索敵の縮尺を変更し、密集の度合いを確認していく事にした。
その結果、判明した事は「群れを構成している魔獣は全て建物の中に存在している」という事だった。外に出歩いている魔獣の姿は無い事から、ちゃんと統制が取れている事になる。
周囲にある5つの建物にも光点があるので、そこは見張りの拠点かもしれない。
だがここで少女は、奇妙な感じに捉らわれていた。何故ならばこの小鬼種の布陣が、「賢過ぎる」と感じられたからだ。
小鬼種はそこまで知能の高い魔獣ではない。だから「固有個体」がいたとしても、群れ全体の知能が高くなる謂れがない。
それなのにだ。500匹からなる大規模な魔獣の巣窟なのに、建物の外には1匹たりとも小鬼種の姿が無い。知能の低さを鑑みれば統制が取れるハズがないのに……だ。しかしバイザーは全て建物の中に光点を映し出している。
更に付け加えるならば、「見張り役」と思われる小集団を周囲に配置している。
そしてその「見張り役」も5つの建物全てに置かれている。これは前方の建物で襲撃があった際に、直ぐに本営まで連絡出来る手段を持っているとさえ考えられる布陣だ。
全ての建物に配置しているという事は、周囲の壁を乗り越えて入って来る者や、空からの襲撃を想定してる可能性が高い事をも示唆していると言えるだろう。
要は小鬼種なりのハンター対策をしたと言う事実がそこにある。
故に「賢過ぎる」という結論に少女は至った。
少女は嫌な予感がした。心臓の鼓動がいつもより早く感じられていた。
だが、ここで引き返すワケにはいかないのもまた事実だ。
一方で、そんな少女の嫌な予感とは裏腹に、クリスはあっけらかんと準備を完了させた様子だった。
「はぁ、のんきね。まぁ、そんな天然さがクリスのウリなのかもしれないわね……。さぁ準備はいいのね?始めるわよ?」
こくりッ
「オーケー!じゃアタシが結界を展開したら後は自由行動よッ!見事に試験をクリアしてみせてねッ!」
こくりッ
「デバイスオン、結界様式、結界モード始動ッ」
少女の言葉にデバイスが反応し、敷地の境界や多少の周辺森林地帯までをも包み込む巨大なスクエア型の結界が展開されていく。
結界が全て展開し終わると少女のバイザーには「519」という数字と、タイムリミットを示すカウントダウンが始まっていた。
「結構居るわね。クリス、総数は519匹よ。万が一の時はアタシも加わるけど、可能な限り1人で殲滅してねッ!」
「了解だッ。難無く1人で片付けてみせる!」
クリスは翼を広げると空へと舞い上がり戦場へと侵入していった。
「デバイスオン、使い魔・ガルム」
「アナタ達はそれぞれ単体で散らばって、壁の外側の警戒にあたって。壁の内側には決して立ち入らない事」
ぐるる
「壁を超えるか、正面から外に出て来ようとしてる小鬼種がいれば、連携を取ってその牙と爪の餌食にしなさい。ただし、勝てない相手と思った場合は必ずアタシを呼ぶ事。いいかしら?」
ぐるッ がうッ
「いいコ達ね。さぁ、行きなさいッ!」
がうッ がるッ
「さっ、後はクリスの腕次第ね。先ずは高みの見物と洒落込んで、様子を見させてもらうわよ」
少女は自分の段取りを終えると空を見上げていった。つい先日まで快晴だった空は、今日は雲がどこからともなく湧いて滲み出て来ていた。
それは快晴と呼ぶには程遠い天気だ。そのせいか少し肌寒く感じられた。
「せめて天気くらいは保って欲しいわ。だって、「女心と秋の空」なんて言うけど、アタシの心は移り気しないピュアハートなんだから、せめて天気も空気くらい読んでよね……。なぁんてねッ。てへへ」
太陽が出ていない曇天の空の下で、少女は嫌な予感を払拭するように冗談を呟いていた。
いや、冗談ではなく「本気で呟いていた」という事にしておいてあげたい。
クリスは空へと舞い上がると結界上面のギリギリの所にいた。その場所からバイザーで地上の様子を窺っていたのだった。
「ふむ、これが「索敵モード」か、この光っている所に魔獣がいるのだな?なるほどなるほど。なかなかデバイスというのは便利なモノだな。どうやって判別しているかは分からないが、村にいる時にこれがあれば獲物を探すのはラクだったかもしれないな」
ピピピピピピピピッ
ひゅッ
「うぉッ!なんだなんだ?!ん?殺気?今のは殺気を教えてくれているのか?」
ひゅッ
ひゅッ
侵入者に気付いた小鬼種達は、上空にいる侵入者に向けて矢を放っていた。
そしてそれはデバイスの機能性を堪能していたクリスの鼻先を掠めていったのだ。
「早速お出迎えのようだな?わざわざ発見し辛いように空へと舞ったのに、早々に気付かれているとは思わなかった……。だがッ!それならば、こちらも開始しよう!デバイスオン、ガンモード」
ぱしゅッ ぱしゅッ
どぉん どぉん
クリスは奇襲をかけるハズがかけられた為に驚いていたが、ガントレットをガンモードにすると牽制の為の魔力弾を放っていく。
こうしてこれが開戦の狼煙となったのである。
クリスは空を滑空していく。魔力弾を放ったものの見事に当たらなかったからだ。
クリスの視界の中にいるゴブリンは1匹。先ずその1匹を仕留める為に、クリスは速攻を仕掛けた。
拠って自身の翼を折り畳むと自由落下の速度で滑空していく。
更にクリスは滑空しながら自身の腰に差してある龍鱗剣を抜くと、脇構えのまま矢を番える小鬼種に向けて突っ込んでいった。
屋上の射手から放たれる矢を回転運動で躱し、翼を広げてブレーキを掛け方向を転換させる。
そのまま屋上の床スレスレを飛び、射手のその懐に飛び込むと長剣を横に薙いだのである。
ざしゅッ
「よしッ、殺った!」
ピピピピピピピッ
「ぬぉッまたか?!」
ひゅひゅッ
「この程度ッ!」
しゅんッ
最初の1匹はなんなく倒せたが、それを見越した動きで新たに二方向から、今度は同時にクリス目掛けて矢が飛来していた。
しかしクリスはその矢を意図も簡単に払い落とすと、2匹の場所に向けて視線を送って確認していく。
「流石に片方に向かえば敵に背中を射られる。ならッ!」
ぱしゅッ ぱしゅッ ぱしゅッ
ひゅんッ
どごどごどぉん
ぱしゅッ ぱしゅッ ぱしゅッ
クリスは牽制の意味合いを込めて、魔力弾を左方向の小鬼種目掛けて放っていった。然しながら正面の射手が放った矢は向かって来ている。
クリスは既のところで矢を躱すと、身を翻して再び同じ相手に向かって魔力弾を撃っていった。
「昨夜の訓練の成果を見たかっ!残りは1匹。いざ参る!」
ひゅんッ
クリスが2回目に放った魔力弾は見事に命中していたのだった。因って直撃した小鬼種の半身は、跡形もなく吹き飛んでいた。小鬼種程度の魔術抵抗力では、汎用魔力銃からの一撃が有効打になり得るのは至極当然の事であり、クリスはそれにも増して特訓の甲斐があった事を喜んでいた様子だ。
クリスは屋上に残る最後の1匹に向けて、にじり寄って行くが狙われた射手は後ずさる事なく矢を番えては放っていた。やはりこの行動は通常では予想だに出来ない行動なのだが、クリスは違和感と感じなかった様子だった。
「でぇぇぇぇやぁぁぁぁッ」
どぉぉん どぉぉん
「クリスは始めたようね。じゃ、アタシもボチボチやりますかッ。人工精霊、アタシのARを出して」
しゅんッ
「ありがとッ。じゃあ、セブンティーンはどこか安全な所に隠れて待っててね。何か必要な武器があったら指示するからその時は持って来てもらえるかしら?」
「カシコマリマシタ、マイ・マスター」
「じゃ、どこかいいかしら?」
きょろきょろ
「あっ!あそこなんて良さそうね♪デバイスオン、認識阻害の羽織り」
「さてと、行きますかッ!ブーツオン」
少女はクリスの開戦の狼煙を聞き届けると、自分も準備に取り掛かるべく空を駆けていったのである。
少女が降り立った場所は、結界内にある大きな木の太い枝の上。少女は敷地内の西側から様子が手に取るように分かる場所を探していた。そして見付けたのがここだったワケだ。
だが、見渡すのであれば上空からが1番見渡せるハズだが、ここに来た理由は他にあった。
少女は手に持ったARに取り付けるアイテムを、デバイスから取り出していく。
そして出来上がったモノは、スコープとサプレッサーを取り付けたアサルトライフルだった。
少女が使うアサルトライフルは5.56mm弾を使う銃器で、通称「ブラックライフル」と呼ばれるモノだ。
これは第2次世界大戦後に、当時の地球にあった大国に因って開発された小銃の1種である。そしてそれは魔導工学の誕生後に、その恩恵を受けて更に改良され発展していったアサルトライフルと言い換えられる。
少女はその小銃をドクの手でウージー同様に魔改造してもらっているが、それは言うまでもないだろう。
射程はスナイパーライフル程に長くは無いが、連射が利くので使い勝手が良い。付け加えると、この規模の戦場であれば端から端まで狙える射程距離は優に保有している。
そしてこのブラックライフルであれば、通常弾頭であっても威力は高い。小鬼種相手に数発当てなければ倒せないウージーとは違い、ブラックライフルならば1発で致死となるのだ。
少女はバイザーで大雑把に小鬼種の位置を把握し、ストックを肩口に当てスコープを覗き込む。
そして息を整えると、小鬼種を照準の中に入れて引き金を引く。サプレッサーを着装しているから音はそれ程響かない。
本来であればサプレッサーを付けていても、マズルフラッシュが多少は見えてしまい、それで敵に居場所を悟られる事もある。
だが、認識阻害の羽織りの恩恵で、それすらも見えてはいないだろう。
サプレッサーから微かに漏れる音だけで、正確な位置を把握するのは非常に困難としか言えない。賢ければ弾道の角度から位置を見抜けるかもしれないが、小鬼種単体にはそこまでの知能はないとタカを括っていた。
群れの配置が賢過ぎるからと言って全ての個体が賢い道理は一切ないからだ。
拠ってゴブリン達に「狙撃ポイントは見抜けないだろう」と少女は考えていた。
要するに慢心していたと言えるだろう。
少女は次々と照準を当てトリガーを引いていく。狙うは頭一択。それが1番確実だからだ。
こうして少女がトリガーを引く度に、小鬼種の躯は増えていく。
少女はこの戦場に30発入りのマガジンを6個、計180発の通常弾頭のホローポイント弾を持って来ている。
その全てを使う気はサラサラないが、小鬼種の多さと、今にも泣き出しそうな曇天の影響で、少しでも早く終わらせたい気持ちが、次々と残弾数を減らしていた。
クリスは建物の屋上制圧後に左手に汎用魔力銃、右手に長剣を握ったまま階下へと歩を進めていた。
階段を降りていくと見えてきた文字は「4F」だった。更にこの建物の中にある光点はおよそ30。
クリスのいる階にある光点は9つ。そしてクリスが降りている、この階段は建物の中央部分にある。
それらの光点はその階段を挟んで東西に半分ずつ分かれていた。
「屋上の騒ぎに対して新たに上がって来たのはいなかった……。要するに狙ってるな。出れば即狙い撃ちにされる感じか?流石に挟撃されると此の身とて無傷ではいられない」
ぱしゅッ ぱしゅッ ぱしゅッ ぱしゅッ ぱしゅッ
どどどどどぉぉぉん
クリスは独り言の後で深呼吸を2回行い、精神を集中させていった。
そして壁に身を隠したまま汎用魔力銃の銃口だけを壁の外に出すとあてずっぽうに魔力弾を連射していく。
魔力弾が小鬼種達に当たるかどうかは関係が無く、ただの弾幕張りの牽制射撃だ。だが、狙いは一応ある。小鬼種達は狭い廊下に群れている。要するに魔力弾を避ける場所はないと言えるだろう。
だから牽制射撃だが当たらないハズはないと考えていた。
クリスは着弾音が鳴り響く直前に、魔力弾を放った側とは反対側の方向に打って出ていった。そして打って出たクリスの視界には矢が4本映っていた。
ひゅッ ひゅひゅひゅッ
「やっぱりかッ!だがこの程度で此の身を仕留められると思うなぁぁぁッ!でぇええやあぁぁッ」
ざんッ
しゅばッ
クリスは自分に向かって襲来して来ている矢を斬り払うと、射手の元に向かって速攻を仕掛けていく。
そして次矢を放つべく番えている間に、4匹の小鬼種達は、クリスの一振りに因って斬り伏せられていた。
バイザーが示すこの階の残存敵影は3匹になっている。反対側にいた2匹はあてずっぽうの魔力弾の直撃を受けた様子だ。
廊下の片側を制圧したクリスは、振り返りながら魔力弾を放ち残りの3匹目掛けて約50m程の廊下を特攻していった。
少女の狙いは、クリスが乗り込んだ建物とは真逆の位置にある建物。
正門のある東側から乗り込んだクリスに対して、少女はつまるところ、敷地の西側の排除を進めていた事になる。
この工場跡の西側は一面全てが壁であり、その壁の向こうは鬱蒼として矢鱈茂っている森林地帯である。だからこそ、少女はその場から狙撃して小鬼種達を屠っていた。
先ずは屋上。次に窓際。物陰に隠れたり見える所にいないのは取り敢えず除外。弾薬を無駄にしない為に、無理には狙わない。無駄弾を減らす事がハンターとして依頼を完結させる為に重要な考え方だからだ。
そうやってその階の見える所に敵影がいなくなれば階を1つ下げていく。
ばしゅんッ
「これで、32匹目っと。殺傷力でホローポイント弾にしたけど、流石に対物ライフルくらい貫通力がないと壁ごと抜くのは難しいなぁ」
「狙撃の依頼が増えれば熱源感知スコープとセットで買ってもいいかもだけど、アタシ向けじゃないしなぁ。流石に爺にプレゼントするワケにもいかないし……」
「ま、アタシとしては、先頭切ってドンパチしてた方が発散にもなるしねッ。今日はクリスの見極めだから……って、ヤバッ。さっきから狙撃に夢中になってて、クリスの事をスッカリ忘れてる気がする。あはは、まぁいっか。てへっ」
少女が持って来たマガジンは既に1つ終わっていた。現在は2つ目のマガジンを装着し、小鬼種を狙っている。
だが、ここから狙撃出来る位置の小鬼種達は、狩り尽くした様子だ。拠って小鬼種達の躯が増えるペースは下がって来ている。
それでも尚、少女は場所を変えずにデバイスとスコープを駆使してゴブリン達を1匹でも多く屠っていく事にしたのだった。
空は更に灰色を濃くしている。いつ雨が降ってきても可怪しくはないだろう。あまり時間に猶予が無いかも知れない。
少女は、焦る心を落ち着かせつつも引き金を引き小鬼種達を散らしていく。
「お願いだから、雨は降らないで。これ以上、依頼の難易度を上げないで……。それにアタシ、焦れったいのイヤだから今すぐに気持ちよく晴れてほしい」
「濡れるのも濡らされるのも正直イヤなの」
無駄な祈りと知りながらも、天気の回復を切に願う少女がそこにいた。
目の前にあるスコープを覗き込みながら。




