Terrible Instructor ν 挿絵付
実技試験が終わったクリスを連れて、少女は公安の最上階を目指していた。少女の瞳は腫れぼったくなっているが、そこは誰も気にしてはいけない。
それこそ紛う事なく禁句だ。
クリスもそこは気になっていたが、触れると痛い目を見そうだと野生の勘が告げていた。だから見て見ぬフリを決め込んでいた。
どうやら天然だから空気は読めなくても、野生の勘には逆らわないらしい。言うなれば「天然の野生児」と言えるだろう。
天然の意味が違うのは気にしてはいけない。
こんこん
「入っておいで」
がちゃっ
『クリス、おめでとうさん。それと、アンタは残念だったね』
『ありがとうございます』 / 「くっ」
マムは顔を綻ばせながら、クリスに対して言の葉を紡ぐ。更に少女に対してはニヤニヤしながら声を投げていた。
クリスは「何が残念だったのか?」と気になっていたが、天然の野生児の勘が危険を告げていた。
拠ってあえて何も触れなかった。
少女はクリスがトレーニングルームから出た時にはもう既に、膨れっ面だった。
それがマムの一言で余計に空気が送り込まれた様子で、破裂寸前くらいまで膨らんでいた。
その表情はマムの琴線に触れ、嗜虐心をくすぐった様子だった。
「これが才能の違いってヤツかねぇ?」
「もうッ、うっさいわねッ!アタシの事はどうだっていいでしょ?その前にクリスは合格したの!とっとと、デバイスを渡しなさいよ!」
「ほら、早くしてッ!ふんすっ」
「全く、これだから情緒不安定のおこちゃまは手に負えないから困る。はぁ」
「きーーッ」
マムは終始口角を上げてニヤニヤしながら言葉を紡いでいる。困ると言いながらも口元だけはニヤニヤ笑っていた。
一方で少女はもはや半泣きの状態だ。拠って抗議の目をマムに叩き付けながら強気で八つ当たり的な態度を取り、乱雑で傍若無人な言葉を投げて虚勢を張っていた。
然しながらクリスは2人が何を言ってるか分からない。分からないながらも2人の表情や語勢から、なんとなく想像する事は出来た。
『仲がいいんだな』
『ちょ、クリス!どうしてこれを見て、そんな感想になるワケ?普通に仲がいいようには見える場面じゃないわよね?』
『そうなのか?2人の会話は此の身には理解出来ないから何を言ってるかは分からない。だから見た感じで判断したのだが、母娘のようで良い雰囲気に思ったのだが……。違ったのか?』
「はーっはっはっはっ。まぁ、見ように拠ってはそうなるみたいだね。あたしゃアンタの母親になったつもりは無いがね」
キッ
『さて、バカ娘とのバカ話は終わりだ。クリス、こっちに来な』
『う、うむ』
『ほいよ。これをクリスに授ける。受け取るがいいさ』
『これは?』
『何が「これは?」だい!かまととぶったらダメさ!アンタも知っているだろうに。それは「デバイス」ってモンだ。そしてこれは、アンタにとっての武器にもなるし、クエストを行う上での助けにもなるし、それ以前にアンタの持つ「言葉の壁」を取り去ってくれるモンだ』
『これで普通に会話が理解出来るようになるハズさね』
マムはクリスにデバイスを渡した。クリスのイメージとしてはデバイスはバイザーだけだと思っていた事から、語弊があった様子だった。
「デバイス」は1人の天才が魔導工学によって作った、発明品である。そしてデバイスの発明に拠って世界は、「仮初めの平和」を成就する事が出来た。
この功績からデバイスは、「ヒト種が生み出した人類最大にして最後の叡智の結晶」とも呼ばれている。
その内部構造は複雑だが簡単に説明する。
1つ目に科学技術の根幹である、「真理」に基づく量子力学に於ける演算装置がある。
2つ目に魔術理論の根幹である、「虚理」に基づく神秘力学に於ける演算装置がある。
それら2つの演算装置が複雑に組み合わさった形で、融合形成されている。
——以上だ。
よ、要するに物理専門のパソコンと、魔術専門のパソコンがデバイスの中で共存共栄してると考えれば良い。
ただし「デバイス」自体は「端末」と呼ばれる事もある。それは全てのデバイスを統括している演算装置があり、それがネットワークを経由して個体識別を行っている為である。
ちなみにウェアラブル端末であるデバイスは、腕に付けるガントレットと頭に着けるバイザーの1セットでデバイスと称されている。
デバイスは統合演算装置・ミュステリオン内からネットワーク経由で、OSSをダウンロードする事で初めて使用可能となる。
その際にデバイスの基本装備であるメインパッケージの、「略式虚理空間」と「結界様式」及び「兵装様式」も追加でダウンロードされる事になる。
然しながら、デバイスにこれらのメインパッケージをダウンロードする際には、使用者情報のアップロードが必要になる。
何故ならばデバイスは「ワンユーザー・ワンデバイスの概念」を元に作られているからだ。
ただ、デバイスのメインパッケージは戦闘兵装として心許ないのも事実だった。
そこで開発されたのが、ASPである。
ASPは使用者に拠るデバイスの汎用性の拡大を、謳い文句に掲げている。
それに拠りアプリケーションと呼ばれるソフトウェアを、デバイスにインストールする事でカスタマイズが出来るようになった。
デバイスのメインパッケージの結界様式は、魔獣討伐系の依頼で重宝される行動範囲制限機能である。
また兵装様式には、ガントレットのソードモードとガンモード、バイザーの翻訳、アラーム、索敵、暗視、通信が含まれている。
そこにASPを有料での使用許可契約してインストールする事で、お好みの仕様へと変更出来るようになる。
例えばガントレットの兵装を槍や弓といった自分が扱いやすい武器や、守りに適した盾、更にはマナ放射器とする事も出来る。
バイザーの仕様に特定の獲物のマーキング機能や、体感温度調節機能といったモノを付け加える事も出来る。
要はハンターの依頼に沿った内容のASPをインストールする事で、依頼完結を手助けしていると言える。
かくしてそういったASPの開発は、各国の武器開発と並び国益を得る為の手段となっている。
武器開発が魔獣素材の影響を受けるのに対して、ASPの開発は魔獣素材の影響を受けない事から開発競争が激化しているのが現状だった。
更にはハンター達に人気のあるASPを開発した国に於いては、武器販売の利益以上の利益を叩き出した事実もあって、一層の拍車をかけている。
ちなみに繰り返すがデバイス自体は「ワンユーザー・ワンデバイスの概念」に拠り、複製が出来無い仕様となっている。
その結果、複製したとしても模倣品はOSSのみダウンロードもインストールも出来るが、メインパッケージのダウンロードは出来ない。然しながらASPのインストールは出来る。
拠ってメインパッケージではない翻訳のASPをインストールした複製デバイスは、言葉の壁に拠って日常生活に差し支える人達には重宝されている。
さらに、デバイスにはバックアップ機能も搭載されている。これは使用者情報をアップロードする事でのみ使える機能だ。
デバイスは略式虚理空間を備えているので紛失や故障、破損時には高価なアイテム類が失われる事にも繋がる可能性がある。
もしもそれが依頼時に発生すれば、それが原因で完結出来ない恐れが出て来る。
拠ってバックアップ機能が実装された。バックアップ機能がどうやって故障や破損を検知しているかは、企業秘密の為に詳細は不明だ。
しかしバックアップ機能はそれが例え依頼中であったとしても、故障や破損の場合は直ぐさま使用者の元へと中身をそっくりそのまま移し替えた状態で、新たなデバイスを転送してくれるので依頼には影響しない親切設計となっている。
ただし紛失の場合には手続きが必要になる。
だが問題点もある。様々な機能を兼ね備えたデバイスは「非常に高価である」という事だ。
拠って言葉の壁を取り除く為には、全ての国民に行き渡らせる必要がある。しかしそんな事が出来る程に各国の財政は豊かではない。
拠って「廉価版」と呼ばれる翻訳機能のみの複製品は安値で市場に出回っている。本来であれば複製品は海賊版なので、ライセンス保持者は認めないだろう。
だが「仮初めの平和」を維持する為には言葉の壁がどうしても邪魔になる。
従ってこれは本来の「ワンユーザー・ワンデバイスの概念」を妨げる事にならない事から、ライセンス保持者も翻訳機能のみの複製品に関しては黙認にしているフシがある。
何故ならばデバイスは、言葉の壁を取り除く目的の為に生み出されたのだから。
『それの使い方は、そこで不貞腐れてるヤツに聞きな』
『了解した。確認しておこう』
『あと、デバイスを渡しはしたが、今のアンタは「仮」のハンターだ。まだ、試験は終わっちゃいないよ』
『えっ?』
『えっ?!来る時に伝えたハズよ?忘れたの?実技試験とあともう1つ……』
『そう言えばなんか言ってた気がするなぁ。だが此の身は「鬼ごっこ」の事で頭がいっぱいだったからよく覚えていないのだが』
『鬼ごっこ?なんだいそりゃ?』
『あ、いやいやいや、それは此の身の勘違いだ。気になされますな』
『とは言え、その様子だとちゃんと教えて無かったようだねッ!』
『えっ?アタシのせいなの?!』
『ク~リ~スぅぅぅ』
『い、いや、マム殿全ては此の身のせいだ。救世主様を叱って下さらぬようお願い致す』
『ふぅ。まぁいい。いいかい、耳の穴をかっぽじってよくお聞き?』
『う、うむ。かっぽ汁というのは食べ物か何かなのか、ちょっと分からないがよく聞こう!』
「おい、ちょっとアンタ!」
「マム、お願いだから聞かないで……。このくだり、さっきもウィルと何回かやってるから飽きてるの」
「じゃあ、いいや」
『かっぽ汁ってのはそれはそれは美味いから、後でご馳走になんな』
『分かった!楽しみにしておこう!』
じゅるっ
「えっ?!なんでそうなるの?」
『いいかい、ハンター採用特別国家資格試験の実技試験に合格した者は「仮」のハンターとなる。その段階でデバイスは授与されるが、「仮」の者は「正」になるまで、ハンターライセンスは発行されない』
ごくりっ
『よって「仮」ハンターは研修生みたいなモンだ。ちゃんとハンターとして独り立ち出来るのかを見極めないといけないのさね。そして、その為には、その「見極め」をする者が必要になる』
『此の身を見極めてくれる誰かがいるのだな?』
『そうだ、その通りだ!で、それがアンタだよ。そこで「我関せず」みたいな顔をしてる、アンタだよ。アンタがクリスの見極めをしな!』
『えっ?アタシなの?なんでアタシなの?実技試験見届けたじゃん!それにアタシじゃなくても試験官は他にもいるでしょ?』
『アンタが連れて来たんだ、アンタが面倒を見な!』
「それに「アタシが試験官をする以上はまだまだ終わってくれるなよ?」とか「並のハンター程度じゃこのアタシが面倒を見る価値がない」だっけか?さっき宣ってただろぅ?それにそれに、クリスはアンタの記録を破る程だから「並のハンター」とは言えないだろぅ?」
「えっ、ちょ、ちょちょちょ、それってさっきの……?」
「あぁ、ちゃあんと。あたしゃ全部聞かせてもらったよ?それに記録も見させて貰った」
「くっ……こ……」
少女は計算高く傍若無人とも言えるマムに対して、轟沈させられた。少女は既に白旗を振っている様子であって、気分的には床に土下座しているような感じとも言える。
そしてそれを無条件降伏をしているとマムは理解した。だから更にマムは「ニヤリ」と笑うと、追い打ちを掛けていく。
「それにクリスはまだ「仮」の段階だ。「仮」のハンターには公安の宿舎は貸与出来無い。宿舎は報酬の一貫だからね。更に……だ!クリスは密入国をしてこの国に入ったんだ。そこはアンタが前もって動いたお陰で罪には問わないが、住む家は無いし、この国で使える金銭も持ってなんかいないだろう?」
「だ、だから何が言いたいワケ?」
「ただでさえでっかい屋敷で、部屋を余らせているんだ。だったら住人が1人や2人増えた所で問題は無いだろう?」
「アタシの屋敷はホテルかーーーーッ!ふーっ、ふーっ、ふーっ」
『どうどうどう。2人が何を話しているか分からんが落ち着くのだ、救世主様』
「まぁまぁまぁ、そんなに怒ると血圧が上がるよ?」
「マムにだけは言われたくないわッ!」
「まぁまぁ、そんなに邪険にする事は無いだろうさね。それに、アンタにとってとっても良い事だってあるだろうに?」
「良い事?」
「そうそう、アンタは報告書を書くのが苦手だろぅ?だから、そこら辺のアンタが苦手なコトを、そのクリスに教えてやらせればいいのさね。そうすればそういった、諸々のアンタが苦手な事は解消出来る事もあるんじゃないのかい?」
「ッ!?——わ、分かったわ。分かったわよッ!やるわよ!やってやろぅじゃないのッ!!」
「その言葉に二言はないね?やっぱり無理ですは許されないよ?」
「女に二言はないわッ!アタシはハンターよ!ハンターにも二言は無いッ!」
『よぉっし、決まった!クリス!』
『は、はい!』
『クリスの救世主様が快ぉ~く試験官を受けて下さるらしいから、ちゃんと責任をもって見極めてもらいなっ!』
「くっ……ころ……んでもただじゃ起きないんだからねッ!いいわッ!やったげる!アタシが面倒見るんだから、一流のハンターにしてみせるわッ!その時にマムにも吠え面をかかせてあげるッ!」
少女は盛大な負け惜しみを言うとクリスを連れて、最上階を後にしていった。
その瞳は燦然と輝き闘志に燃えていた。
「まったく、じゃじゃ馬相手も骨が折れるねぇ」
「面倒事ばっか押し付けやがって、アンタって奴わ」
その後、クリスは3Fにて戸籍を無事に作り終えた。クリスは屋敷にて少女に渡されて読めなかった書類の意味を、ここで漸く知る事が出来た。
作られた戸籍の住所欄には少女の屋敷の住所が記載され、少女が後見人として指定された事になった。
しかし一方で戸籍を作る際に少女は1つ大変にショックな事があった。
「ってか、クリスってそんな年齢だったなんて知らなかったわ」
「年齢?あぁ、我々龍人族は龍の血を引いていて、長命種だからな。だが、その中でも、此の身は若い方だぞ?」
「長命種ってあんまり周りにいないからよく分からないんだけど、そんなにお婆ちゃんだったの?」
「おばっ?!いやいやいや、救世主様よ、短命種の感覚で言われては困る。此の身はまだピチピチの176歳なのだぞ!」
「その年齢を聞いてもピチピチ感が沸かないのよねぇ。アタシよりもだいぶ歳上だったなんて、ある意味でショック過ぎるわ……」
年齢176歳。それが戸籍に記載されたクリスの年齢だった。尚、クリスは戸籍を作っている間の待ち時間で、デバイスのOSSのダウンロードを無事に終えていた。
更には戸籍が出来るまでにメインパッケージのダウンロードも完了する事が出来たので、今はバイザーに慣れる事も兼ねて翻訳機能を使って会話している。
尚、資金力がないクリスはASPのダウンロードが出来るハズもない。
話しは戻るが、クリスの年齢を鑑みるにその年齢を信じるのであれば、クリスは「虚無の禍殃」を経験している事になる。
少女はその事について俄然興味が湧いていた。
「龍人族の村のあの結界は、融合前のテルース時代からあそこにあって、それに守られている。だからテルース時代から住んでいる土地は変わっていないのだ。だから融合した時に融合した事に気付いた同朋はいなかったかもしれない」
「それに何よりも龍人族は周りに対して閉鎖的だから、これまでは特に何も起きなかった。でも、結界の外では戦争をしていたのだろう?だからな、結界の外の世界で何が起きているのか此の身らは何も知らなかったのだ」
「そ、そうなんだ。へぇ」
「ちぇっ」
「救世主様?どうかされたか?」
「ううん、なんでもないわ。でも、それじゃあ、剛龍エルディナンドの時はどうだったの?」
「此の身は剛龍に挑み瀕死だった。剛龍は強かった。此の身なんて一撃も与える事が出来なくて、気付いた時には村で看病されてたくらいだ」
「その顔の傷は、その時に?」
「ん?いやいや、この顔の傷は剛龍の時ではなくてだな、また別の魔獣にやられた傷なのだ。そ、その話しは聞かないで欲しい」
「ふふぅん」
「救世主様?何故か凄く悪っるい目をされているが、此の身の気のせいと思ってよいのかな?」
「う、うん、全然、悪い事なんて考えてないから大丈夫よ?でも、それじゃあ、剛龍エルディナンドの時の記憶もほとんどないのね?」
「此の身が目覚めた後で聞いた話しなら覚えているぞ。あの時は闘える戦士達は皆、剛龍に挑み、そして死ぬか……瀕死の状態で発見されるかのどちらかだったらしい」
「今回もそうだが此の身にもっと力があれば……」
「そんなコトは無いと思うわよ?龍人族の考え方はちょっとよく分からないコトもあるけど、なにも死に急ぐ必要は無いと思う。それに強過ぎる力も使い方を誤れば悲劇になるわ」
「ハンターの使命は困ってる人達を助けるコトよ!その為には、どうしても生き残らなければならないわッ!」
「そう言ってもらえるとなんだか救われる気になるな」
「そぉ?アタシも良い事言うわね。えっへん。ところで、それならば、クリスは剛龍の時にアタシの父様を見てないの?」
「そうだな。救世主様の父君に会った事は無い。目覚めた時には既に終わっていたからな」
「だが、これも聞いた話しだが、話しに拠れば村の者ではない「誰か」が村に連れて来たという話しだ。そして、剛龍エルディナンドを討伐した後で、忽然と姿を消したらしいのだ」
自分よりも長い時間を生きているクリスから、有用な話しが聞けると思っていた少女は少し、がっかりしていた。だが一方で少女はこの前の爺の話しを思い出していた。
そこで思ったコトは爺の話しと多少なりとも「食い違う点」がある事だった。然しながらそれを確認する術は、もう残されていないので記憶の奥底に封じていった。
話しをしていくうちに「龍人族の時代錯誤な立ち居振る舞いと世間知らずな考え方」についても理解を深めていったが、それらが口に出される事は無かった。
「そう言えば、「龍征波動」って、どういった原理なの?」
「救世主様は龍人族の固有能力が気になるのか?一体どうしたのだ?」
「クリスの試験官として、クリスの実力や能力について知っておいても損はないでしょ?」
「うむ、なるほど。本来は秘する掟があるが、既に目の前で散々使っているしな。そもそももう村の住人ではないからこの際だ、話してしまおう!」
龍征波動は龍人族のみが使える固有能力だが、少女は改めて効果効能とデメリットが知りたかった。
既に少女が見た効果効能は、激化以上の身体能力向上のバフ及び、強化以上の持続性。
武器に宿して中距離攻撃としての技と、近距離攻撃時の技。後は故意による暴走だけである。
ここまで複数の効果効能を備える固有能力は珍しいが、逆にこれだけ複数の効果効能があるのであればデメリットは存在するハズだと考えていた。
だから改めて聞く事にしたのである。
「我らの固有能力は簡単にいってしまえば、万物の全てに効果があるのだ」
「えっ?それってどういう事?」
「救世主様が見た龍征波動は此の身に纏った時と、技として発動した時で宜しいか?」
「えぇ、そうね。それで合ってるわ」
「そうか。それなら2つとも同じ原理で使われているから、結局は同じ事をしているだけなんだ」
「分かり難いわね」
「簡単に言ってしまうとだな。木の棒を金属の棒に変えるようなモノだ」
「ごめん、クリス。もっと意味が分からないわ。それって簡単に言い換えてないわよ?」
「うむむ。固有能力の使い方を教わる時にそのようにして習うのだが、これでは伝わらないのか……」
「いや、それってここだけじゃなくてどこでも伝わらないと思うわよ?」
「なん……だと?!此の身はそれを信じて使えるようになったのだがッ!」
「あぁ、やっぱり天然なんだわ……はぁ」
龍征波動は万物全てのモノに纏わせる事が出来る。そしてそれは纏った対象物の属性値を強制的に改竄する効果を持っている。
その結果として元々のモノが持っている限界値を、改竄したモノの限界値まで底上げするバフを受ける事が出来る……と言う固有能力だ。
分かりやすく言えば「木の棒」があるとする。それの属性値は「木」の持つ耐久性を上限としているが、龍征波動を纏えばあら不思議、その「木」は「木」という属性値を改竄される。
結果として「木の棒」は見た目こそ「木の棒」だが、中身は鋼鉄よりも硬くなるという改竄に拠る現象を起こせる。
更に限界値を上げる作用によって、ただの「木の棒」が切れ味抜群の刃物にも成り得るという理論である。
これを龍人族の人体で例えるならば、属性は獣人種だが改竄を行い龍種の属性に変化させる。
更には限界値を上げる事で龍種の身体能力をベースに補正値が最大まで入る。しかし、どのような龍種がベースになるか分からないワケではない。
それが個人差であり潜在能力と言える。
各龍人族が持つ潜在的な能力や血筋によってベースとなる龍種は変わり、それによってバフの入り方も人それぞれ違う結果となる。とまぁ、簡単に言ってしまえばそんな感じがバフによる効果だ。
更に言えば技の場合も同じである。技は自分の身に纏った龍征波動を刃などに変えて放つモノであり、要は龍人族版の息吹と考えられる。
身体強化という属性値を武器という属性値に変換し、それを放つだけだ。深く考えてはいけない。
「考えずに感じるモノ」……だそうだ。
そしてここからがデメリットの話しとなる。それは「継続時間には個体差がある」という事だ。
「この固有能力は加齢すればするだけ長く使えるのだ」
「加齢?歳を取るってコトかしら?」
「そうだ。10年で60秒伸びる」
「1年で6秒ってコトでいいのかしら?」
「そ……、そうだな」
「そしたら176歳のクリスは17分36秒ってコトであってる?」
「ッ?!う……、うむ。そのハズだ」
「ねぇ、その時間を使い切ったらどうなるの?例えば1回の戦闘で17分36秒使い切るのと、複数回の戦闘で17分36秒使った場合はどうなるのかしら?教えて、クリス!!」
「こ、此の身も詳しくは分からないのだが、1回で使い切った場合は使い切ってから24時間使えなかったハズだ」
「ふぅん。それなら実験してみる必要があるわね?クールタイムについて知っておく事は重要そうだしねッ!」
「く、クールタイム?なんかよく分からないが、うむ、必要ならば実験してくれ。ただ、痛いのは勘弁して欲しい」
「でも確かにまだまだ若いクリスのデメリットを除いても、使い方に拠っちゃあチートよね?」
「ち、チート?なんだそれは?さっきのクールタイムといい、此の身には意味がよく分からないんだが」
「チートは反則級ってコトで、クールタイムは待機時間とでも覚えておけばいいわよ?」
「待機時間はなんとなく理解したが、此の身は反則なんぞしておらぬのだが?」
「ま、龍人族がそもそも反則みたいなモンだからね。種族ガチャって、ヤツよ」
「しゃ、釈然としないのだが。それに種族ガチャ?更に分からない言葉が……」
「要するにね、最初から龍人族は恵まれてるってコトよ。クリスもサラとレミを見たでしょ?あの2人は密猟の被害者。でも、あの2人が龍人族の村で龍人族として産まれていたら密猟には合わなかったと思うの」
「そ、それはその通りだろうな。村は一度も被害に遭ったコトはないからな」
「それは認識阻害の結界のお陰?確かにそれもあるかもしれないわ。でも、種族全体で密猟者と闘う力があるからよ。でも特にレミみたいな兎人族は元から闘う力が無い種族。だから密猟の憂き目に遭ってるわ。その結果、家族と離れ離れになってる」
「そうだったな。確かに幼子が親元から引き離されるのは目に余る」
「えぇ、例えば猫人族が龍征波動みたいな固有能力を持ってる種族だったら狙われなかったかもしれないし、それは兎人族でも同じよ。でも逆に龍人族が闘う力を持ってなかったら狙われるのも事実よね?」
「うむ、確かにその通りだ。だから反則級な固有能力という事か」
「えぇ、そうよ。どこに産まれるか、どんな種族に産まれるかは産まれてみないと分からないんだもの。それが運命とか天運とか呼ばれて、「はい、そうですか」って納得出来る人ばっかじゃないってコトよ!」
「それが種族ガチャなのか?」
「ま、そんな感じよ」
2人が話しに夢中になっている間に、セブンティーンは既に屋敷の近くまで来ていた。
陽の光は既に頂上にはなく傾き始めている様子で、空は青から少しばかりオレンジをトッピングに加えている頃合いだった。
「ところで、お昼ご飯は何かしらね?」
「お帰りなさいませ、お嬢様」 / 「お帰りなさいませ、マスター」 / 「おかえり、あるじさま」
「みんな、ただいま。大事な話しがあるから、広間に集まってもらえるかしら?」
「かしこまりました。それでは当方はお茶の用意を致します。2人とも手伝って頂けますか?」
「了解しました、執事長」 / 「お爺、分かった~。手伝う~」
「2人は明るくなったのだな?それに救世主様は好かれているのだな」
「クリス、ここでアタシのコトを救世主様って呼ばないでね?」
「な、何故だ?救世主様は救世主様だ」
「や・め・て・く・れ・る・わ・よ・ね・?」
「わ、わかった。なら、何と呼べばいい?」
「それはクリスに任せるけど?」
「それじゃあ、きゅッ?!」
「な・に・か・言・っ・た・か・し・ら・?」
「い、いや、それならば試験官殿?」
「固っ苦しいわね」
「そ、それじゃ、鬼教官殿?」
ばこんっ
「殴るわよ?いいかしら?クリスリーデさん」
「既に殴ってから言わないで欲しい。頭がバカになったらどうするつもりだ!そ、それにその名前は……くっ」
「クリスリーデ、少しは天然が治るといいわね?」
「天然?此の身は此の身限りの天然モノだが?そして、くっ……ころ」
「はぁ、で、何でも……って言ったら厄介な呼び方選びそうだから、どうしましょ?」
「お嬢様、お名前で呼ばれるのが恥ずかしいのでしたら、ミドルネームをお教えして差し上げても宜しいのではありませんか?あと、お茶の準備が整いましたので、そこで立ち話しではなく広間へどうぞ」
「ミドルネームか、その手があったわね。さすが、爺!クリス、いい?アタシのコトはアルレと呼んで」
「アルレ?うむ、分かった。アルレ殿と呼ばせてもらう」
「えぇ、いいわよ。じゃあ、纏まった所で広間に行きましょッ!爺達が首をながーくして待ってそうだから」
2人はこうして広間に向かう事が出来るようになった。2人が広間に入ると準備を終えていた3人は立って待っていたので、少女は3人にも着席を促していった。
「よく聞いておいてね。クリスは暫くの間、当屋敷の客人となったから、ちゃんと、おもてなしをして上げてね」
「クリスだ。皆、此の身の事は既に知っていると思うが、今日からハンター見習いとしてアルレ殿の元で励ませて頂く事になった。宜しく頼む」
「アルレどの?」
「レミ、静かに!それはマスターのミドルネームです。今はクリス様が話しているのですから静かに聞きましょう!」
「あ、いやいや、サラ殿、此の身の話しはもうお終いだから気になさるな」
「クリス、それに2人もよく聞いてね」
「3人は獣人種だからそのバイザーがなければアタシの言葉は理解出来ないし、お互いの言葉も理解出来なくなるわ。まぁ、2人は前からバイザーを着けて生活しているからもう平気だと思うけど、クリスはバイザー初心者だから最初の内は慣れないと思うの」
「だから2人にはクリスがもしバイザーを着けていなければ、強制的に着けるように言っていいからね」
「かしこまりました、マスター」 / 「分かったの、あるじさま」
「クリスもいいかしら?誰かがバイザーを着けてるから自分はいいじゃなくて、ハンターを志すなら言葉の壁に屈しない為にも、自分から言葉の壁を越える事が必要よ」
「承知した。これからは四六時中着けるようにしよう」
「あっ、でも、お風呂の時とか寝る時は外していいからね。それで壊れたらシャレにならないから……。あと、時間がある時で構わないから、3人は爺にヒト種の言葉を教えてもらってね」
「かしこまりました、マスター。ご配慮ありがとうございます」 / 「お勉強苦手だけど頑張るよ、あるじさま」 / 「執事殿、ご指導ご鞭撻宜しく頼む」
「爺も忙しいと思うけど、大丈夫かしら?」
「えぇ、時間は作ればいくらでもありますので、ご心配には及びません。そのお役目、当方にお任せ下さい」
「それじゃあ、一通り決まった所で、爺!お昼ご飯の用意をお願い出来るかしら?今日はみんなでランチにしましょッ!」
「かしこまりました。ご用意致します」
「サラとレミの2人は、クリスに部屋を案内してもらえるかしら?それが終わったら爺の手伝いをしてあげてね」
「かしこまりました、マスター」 / 「分かった~。龍のおねぇちゃん、こっちだよ~」
「クリスは装備のままじゃご飯食べ辛いでしょ?着替え終わったら降りてきてご飯にしましょ」
少女は全員揃うまでの間にデバイスを眺めていた。クリスの見極めを任された手前、クリスに見合う依頼を探していたのだった。
依頼は公安やギルドから直接連絡が来る場合もあるが、本来はデバイスで確認する事になっている。
手元のガントレットを操作すると、依頼一覧がバイザーに表示される。
後はガントレットの画面を指で動かしながら気になったモノや、自分に適当と思うモノを選択し決定すれば依頼の受注は完了する。
「中々、クリス向けのクエストって無いのよねぇ……。ま、これならいっか」
「アルレ殿、何が「これならいい」んだ?」
「着替えてきたのね?今、クリスの実践試験用の……って、ぶふぉッ。ちょ、何その格好?!ねぇ、着替えて来いとは言ったけど、ま、まさかそのカッコで屋敷内をウロチョロするつもり?!」
「これは村で使っていた一張羅なんだが、何か変か?」
「ちょッちょちょちょ。ちょぉっと待って!ダメ!ダメよ!ダメダメ!ダメ絶対!!」
「分かったわ、服はちょっと用意してもらうから、1回部屋に戻ってて!」
「わ、分かった。戻っていよう」
クリスの一張羅は、ほぼ半裸だった。クリスは魔獣の革を接いで縫い合わせたような余りにも原始的というか、前時代的というか原始的というかそんなカッコだった。
敢えて豊満な身体を見せびらかしたいのであれば少女的には死刑なのだが、それを素でやってるあたりタチが悪い。拠って羞恥心が無いのかと疑ってしまう程だった。
だがそんなコトよりサラやレミがいる手前、教育には非常に悪い。
だからこそ、ランチの準備が終わりつつあった爺に、急いで少女が着なくなった服を持ってきてもらう事にしたのだった。
爺に持って来てもらった服を受け取った少女は、自分の手でクリスの部屋へと持っていった。
こんこん
「クリス、入るわよ?」
「あぁ、アルレ殿。先程の一張羅だが、完全否定されたので違うのを着てみたのだが、これならば構わないだろうか?」
「はっきり言って全然ダメ。——はぁ。あのさ、これアタシのお古なんだけど、着てみてくれない?」
「おっ?アルレ殿の着ていた服か。此の身が貰ってもいいのか?」
「そのカッコでいられるよりは断然いいわ。それにアタシはもう着ない服だからクリスにあげるわ」
「それでは早速着てみるとしよう」
「ア、アルレ殿。こ、これでいいのだろうか?」
「はぁ……。想像は出来てたけど、ここまでとは思わなかったわ」
「アルレ殿、申し訳ないが胸が苦しいのだが、此の身は耐えるべきだろうか?」
ばこんッ
「い、痛いぞ、アルレ殿!一体どうなされた?此の身が何か失礼なコトを言ってしまったか?」
「いいわ、クリス。そのままいつもの装備に着替えて降りてきて。お腹空いたから先にランチにして、食べ終わったら出掛けましょ」
ばたんッ
「い、一体、此の身は何故怒られたのであろう?」
少女とクリスの体格差を見誤った少女の大誤算だった。少女は子供に間違われる背の低さも、慎ましげな胸のサイズもコンプレックスを抱える程に悩んでいる。
逆にクリスはそこら辺の男性より背が高く、出る所は嫌味な程にはっきりと出ている。
拠って少女が昔着ていたロングのワンピースは、少女的には今でも着られるのだが、クリスが着ると膝上の超ミニ丈ワンピースになっていた。更に服が無理矢理豊満な胸元を圧迫し締め付けたようだ。
小さい服の中で下着すら着けていない豊満な胸元が、これでもかと押さえつけられクリスの表情は大変苦しいと言っていた。
そして服をはち切ってでも豊満な胸元を解放したいと叫んでいる様子だった。そもそも下着すら着けていない状態でこれなので、下着まで着けたらどうなってしまうのか考えたくもない少女だったのである。
無論の事、少女が非常にイライラしていたのは言うまでもない。然しながら八つ当たりされたクリスは何故そうなったのか理解出来ないでいた。
それから間もなくして、5人での楽しいランチが始まったのだが、少女の表情はどこか浮かない様子であり、お腹が空いて美味しいハズの食事も喉を通りたがっていない様子だった。
ランチが終わると、クリスに対して伝えた通り買い物に行く事にした。少女はまだ割り切れず鬱憤が溜まっているらしく、荒々しくセブンティーンを疾走らせ敷地内を後にしていった。
隣に乗っているクリスは面白そうにはしゃいでいたので、少女は更に得意気にセブンティーンを暴れさせていたが、それは余談というものだ。
爺はセブンティーンを見送ると、少女が着なくなった古着を何着か抱えて自室に持っていった……。
そしてこれは大型の商業施設で買い物を終えたあとの事。
「さてと、これから話す事は重要な事だから、ちゃんと覚えておいてね」
「重要な事?分かった。肝に銘じておこう」
「ハンターは基本的に依頼の受注をデバイスで行うわ。それ以外だと直接連絡が来る場合もあるけど、クリスの場合は、暫くそれはないと思う」
「ふむふむ。デバイスの操作方法は此の身には分からないが、アルレ殿に後でご教示を頼みたい」
「ええ、モチロン。あとね、公安所属のハンターは1ヶ月あたりに完結しなければいけない依頼数のノルマがあるの。これを守らないとハンターライセンスが剥奪されるから注意してね」
「ちゃんと覚えておこう」
「後、今日はもう夕方になるから無理だけど、明日は朝からクエストに出掛ける予定よ。そこで、クリスの実践試験をするわ。後で依頼の詳細をデバイスに送っておくから、確認しておいてもらえるかしら?」
「朝から出るのか。分かった準備しておこう」
「そうそう、屋敷に帰ったらデバイスの使い方を教えるわ。買ったモノを部屋に置いたら、装備のまま部屋で待っててもらえるかしら?」
「買った物……はッ!そうだッ!買ったモノの代金はどうすればいい?此の身はお金を持っていない。支払いは待ってもらえるのだろうか?」
「今日買ったのは、クリスへのプレゼントよ。服は持ってても困らないから受け取っておいて」
屋敷に戻ったクリスは、少女に言われた通りに装備を着装して整え、準備をし終えていた。
流石に買い物に行く際に武器の類は置いて行くように言われたからだ。
少女は準備の終わったクリスを迎えに行くとそのまま屋敷の地下2階にあるトレーニングルームに向かっていった。
「凄い屋敷だとは思っていたが、こんな施設まであるとは驚きだな」
「まぁ、アタシは父様から受け継いだだけだし、この屋敷の事を全て把握しているワケじゃないから他にも何かあるのか分からないけどね……。って、まぁ、そんなコトより説明をするけどいいかしら?」
「すまない。ご教示願う」
「クリスは獣人種だから魔術特性がないわよね?だから、これから先も近接戦闘がメインになるのよね?」
「うむ。此の身は剣一本しか鍛えて来なかったから、弓も不慣れだ」
「まぁ、ジョブ的にも軽戦士だし、今後のジョブの方向性は追々決めていけばいいとして……。それじゃあ、本題に入るわよ」
「うむ、お願い致す」
「アタシ達が持つ、この「デバイス」は周囲のマナを自動的に集めてくれる「回路」を搭載しているの。だから命令すればそのマナを武器にする事が出来るわ」
「クリスは立派な武器を持っているけれど、依頼の途中で破損したり、刃こぼれしたら使えなくなってしまうかもしれない」
「うむ、確かにその通りだ」
「だからデバイスには武器が使えなくなった時の為に、汎用魔力刃を生み出す事が出来るようになっているの」
「デバイスオン、ソードモード」
ぶぉん
「はい、じゃあ、クリスもやってみて」
「で、デバイスオン、そ、ソードモード」
ぶぉん
「お、おぉ。これが?!」
「恥ずかしそうにやってたけど、ちゃんと出来たわねッ。それがデバイスの「汎用魔力刃」と呼ばれる、マナで出来た刃よ。ちなみにクリスの持つ長剣での攻撃は物理攻撃だけど、その刃は魔術攻撃になるの。だから物理攻撃の効かない相手にも有効打になるわ」
「おぉ!そうなのか?だが……」
「言いたい事は分かるわ。クリスが使える固有能力、「龍征波動」でも物理攻撃が効かない相手に対して有効だって言いたいんでしょ?」
「う、うむ。その通りだ」
「じゃあ、物理攻撃が効かない相手が数100匹いたら龍征波動を使い切るまでに倒せるのかしら?それが200匹だったら?300匹だったらって考えるとキリがないわよね?」
「うっ、それは無理だと思う。だが、そんな依頼なんて有り得るのか?」
「話しが逸れるから詳しくは言わないけど、有り得るのよ。だからね、絶対的な時間の制約がある以上、多数の魔獣を相手にする場合には不向きとしか言えないの」
「そんな依頼を1人で行う事もあるのか……。ハンターとは凄いのだな」
「よって、使わなければ倒せない相手なら兎も角、それ以外に使い過ぎてしまえば、その後に待っているのは厳しい戦いって事になるでしょう?だから、ハンターたるもの、そこら辺の石ですら依頼完結の為には武器にする必要があるのよ。そうでもしないと完結は疎か生命の危険性だってあり得るの」
「い、石ですら武器に……覚えておこう」
「だから剣一辺倒と言わず様々な武器を使いこなすのも、ハンターの技量と言えるわねッ!」
「な、なんだか凄まじい世界なのだな。緊張してきてしまった」
「クリスいい?その汎用魔力刃は使いこなせるようにしておいた方が身の為よ。それは周囲のマナが尽きない限り、永遠に使えるからね。例え本命の武器を失っても武器には困らなくなるわ」
多少クリスには難しい説明かとも思ったがクリスは納得した様子で頷いていた。それは1つの武器に固執する事で、これまでに生命を失ったハンターが多い事から得られた教訓なのだが、天然なクリスにもちゃんと伝わったようだ。まぁ、クリスなら本当に石を使って闘いそうだな……とは思わなかったワケではないが。
「さて、次ね。クリスは今のところ軽戦士だから、汎用魔力刃は難無く使えるようになると思うけど、次の方がもっと重要よ?」
ごくりっ
「デバイスオン、ガンモード」
ふぉんッ
「で、デバイスオン、が、ガンモード?」
ふぉんッ
「これがガンモードよ。汎用魔力刃はマナを刃としたけど、汎用魔力銃はマナを弾丸として放つ事が出来るの」
「アルレ殿、汎用魔力刃の使い方は分かるが、汎用魔力銃はどうやって使うのだ?」
「ふふふっ。そうね。見た目ただの筒だものね。じゃあ、見て。これが本物の銃よ」
「ここに指をかけてトリガーと呼ばれる引き金を引くと弾丸が出るの。デバイスのガンもこれと同じ機構を想像して。イメージでこのトリガーを引くのよ」
ぱちんッ
「あれは、的か?」
「見ててね」
ぱらららッ
「はい、じゃあ、クリス、やってみて」
「ここに指をかけて引く」
ぱららららららららッ
「うわあぁぁ。なんだコレは?!」
「これが銃よ。最初は驚くわよね。でもトリガーを引く感じは分かったかしら?じゃあ、次はガンでやってみるわよ」
ばしゅッ
どぉん
「凄い。此の身も、や、やってみる……。うっ。くっ。それっ。ぐっ」
「ダメだ。何も出ない」
「そっかぁ。そしたら、龍征波動の剣撃を飛ばすイメージを汎用魔力銃で行ってみて。あ、でも、腕は振らないでいいからねッ」
「わ、分かった。やってみる!」
「でえぇぇぇやあぁぁぁぁ」
ばしゅッ
「出来たッ!出来たぞ、アルレ殿!撃てた!撃てたぞッ!!」
「流石ね。まぁ、初めてにしては上出来よッ!ところで1ついいかしら?」
「うむ」
「クリスは今まで剣の修練をしてきたんでしょ?だから依頼でも終始「剣」で闘う事を望むかもしれない……。でも、魔獣だったり犯罪者がそれに付き合ってくれるとは限らないわ。その時に剣の間合いで闘わせてくれない場合もある」
「なるほど、確かに一理ある」
「だから、クリスも剣の間合い以外での攻撃手段を持たないといけない事になるの。でも逆に相手が近距離戦闘の為に近寄ってくる間に汎用魔力銃で攻撃出来れば、それは有利になるわよね?」
「うーん。その表情、納得してないみたいね?」
「此の身は常に剣で闘ってきた。だから尚更……」
「クリスいい?依頼は自分の主義主張を貫く場所ではないわ。ハンターはどんな時でも生き残らないといけない。主義主張の為に死ぬのはハンターではないわ。クリスはハンターになりたいの?それとも、ハンターに憧れただけ?」
「此の身は、ハンターになると決めた!それに変わりはないし二言もないッ!」
「じゃあ、特訓しましょう!ハンターになるんだったら、やるわよね?」
「モチロンだ!特訓でもなんでも、ハンターになる為ならやってやるッ!」
「じゃあ、まだ「銃」そのものに抵抗があるようだから、汎用魔力銃を使って的に弾を当てる訓練をしましょう。それが出来無ければ、明日行く予定の依頼は諦めてもらうわ……いいかしら?」
「大丈夫だ、問題ない」
クリスは「諦めてもらう」と煽り文句を言われたからには「諦める事は出来無い」と俄然やる気を出していた。
だが、やる気とは裏腹に的に当たる気配は全くなかったのである。
クリスが射撃訓練を始めてから数10分と経った頃になって、汎用魔力銃から撃ち出されたマナの弾丸は、漸く的を掠めたのだった。
「じゃあ、今度はどんな形であれ10回連続で的に当たるまでやってね」
「くっ……必ずやり遂げてみせるッ!」
それから暫く時間が経ち、夕方から始まった射撃訓練が終わったのは、夜も更け皆が寝静まった夜中だったと言うのは当然の事ながら事実である。




