Mob Ruiner Ⅱ ν 挿絵付
クリスは最初に侵入った東側の建物の制圧を終わらせていた。その結果、この建物の中にはもう光点は失くなっている。
結論から言うと、この建物の中にいた小鬼種達で、近接戦闘用の武器を持っていたのは1匹だけ。それ以外の残り全て射手だった。
少女がこの事を知れば異常さに気付いたかもしれないが、クリスはそんな事を気にしない。
「どうも闘い辛い。此の身が知っている小鬼種はこんなに闘り難い相手では無かった……。これが「戦術」というヤツか?それとも試験だから手強いのか?」
「しかし、このまま次の建物に行っても同じ事の繰り返しになる可能性があるな……。あとアルレ殿の話しだと時間制限もあるから、長居は出来んし……もっと簡単に制圧出来なければ……。はっ!そうかッ!」
クリスは独り言を言いながら歩を進めていた。そして何かを閃いたクリスは、制圧した建物のエントランスから出るのを止めると、屋上に向かって駆け上がっていった。
このクリスの判断は「正解」だった。あのままエントランスから外に出ていれば、数十本という矢が放たれる予定だったからだ。
「東側の見張り塔が陥落した」という情報は、固有個体に付き従っている「SC化中鬼種」が、既にこの場にいる全ての小鬼種達に「通達」していた。
その「通達」に拠って、L字型の建物で小鬼種達を指揮している、「将軍化中鬼種」が行動に移していたのだ。
将軍化中鬼種は配下の「中鬼種」の射手を連れて屋上に行き、そこで矢を番えさせて待っていた。
要するに侵入者がエントランスから出て来るところを狙った、奇襲作戦と言えるものだった。
一方で少女はᒪ字型の建物の屋上に、ゾロゾロと出て来た中鬼種達の様子を窺っていた。
最初は格好の的が出て来た事からスコープで狙いを定めていたが、どうにも様子がおかしい事に気付いたのである。
「何かあったのかしら?あぁ、なるほどね。クリスを狙っているのね。やっぱり頭が良過ぎるわ。闘り辛い相手だわ……まったく、はぁ」
「どれどれ、ところでクリスは今、何をしてるのかしら?ふぅん、クリスは気付いたのかしら?それとも天然モノの野生の勘かしら。まぁ、どっちみちこれならアタシは様子見だけね。下手に動くに動けないわ」
少女はブラックライフルのスコープで覗いていた。そのスコープに映し出されているのは、射手達が一様にクリスのいる建物の下を狙っている様子だった。
更に少女は索敵モードでクリスの位置を確認すると、クリスは1階から最上階に向けて駆け上がっている様子が分かった。
「それにしても、出て来た射手達はただの「小鬼種」じゃあないわね。恐らく「中鬼種」ってところかしら?そうなると更に後ろで指揮しているのは「将軍化中鬼種」になりそうね?」
「でも、将軍化中鬼種が率いている兵士の量が少な過ぎる気がするわ……。そしたらまだ他にも上位亜種がいるってコトよね?」
「まったくもって、それはそれでマっズいなぁ」
少女はスコープで確認しながら独り言を垂れ流していた。出て来た射手達は50前後の数で、それらは屋上でひしめき合いながら下を狙っている。
上位亜種とは言えど、将軍化中鬼種はそこまでの脅威ではない。クリスならなんなく倒せるだろう。
だが、問題はどう見てもそこじゃない。
「でもま、クリスはエントランスから出て来ないから、クリスの出方次第でアタシも次の行動を変えていくしかないわね……。ところで、クリスは屋上に出て一体何をする気なのかしら?」
クリスは階段を駆け上がると、屋上に飛び出していった。だが飛び出た矢先に、そのまま急いで屋上の塔屋の中に戻る事になっていた。
そして恐る恐る塔屋のドアから顔を半分ほど出して、ᒪ字型の建物の方向を見て様子を窺う事にしたのだった。
クリスの明るい翠色の瞳に映ったモノは、屋上にいる大量の射手の姿だ。そして、それらは自分のいる建物の、下の方に向けて弓を構えている。
その光景を目撃したクリスは、背中に冷や汗が流れていくのを感じていた。
「危なかった。あそこから出ていたら、今頃、一斉に矢を浴びせられていたというワケか。まったくもってハリネズミになるのは御免だな。だが、ここから見える限りだと、1番後ろにいるヤツが指揮官だろうか?」
「下を注意が向いてる今が好機と言えば好機か……」
クリスは自分に言い聞かせるように呟くと、射手達に感付かれないようにそろりそろりと塔屋を出ていく。
物音を立てずに塔屋を出ると、クリスは急いで反対側へと回り込み、見付からないように空へと舞い上がっていった。
「クリスは一体、何をする気なのかしら?ってか、よくあれで見付からなかったわね。それはそれで凄いと思うのは、アタシだけかしら?でも、あそこから特攻しても集中砲火は免れないでしょうに……」
「あぁ、そういう事かッ!でもそれはそれで危険なんだけど……。まぁ、クリスがそうするってんなら、アタシが援護してアイツらを乱してあげるとしますかッ!」
ばしゅんッ ばしゅんッ ばしゅんッ ばしゅんッ ばしゅんッ
少女はクリスの行動の意味が最初は分からなかった。だがクリスの視線の先を確認したコトでその意図を読み取ったのである。
その結果、少女は狙い放題の「的」に対して照準を合わせて、機械のように次々と引き金を引いていった。
だから今回は頭一択ではなく敢えて、正中線で狙いを付けていく。
残酷な言い方だが、その方がその場を恐慌させるのにはうってつけの手段だからだ。
射手達に衝撃が奔っていく。仲間が次々に何者かの攻撃に因って、屠られていくのだから当然と言えば当然だ。
隣の者が撃たれ、頭が弾け飛ぶ。奥の者は胸に穴が開き、そのまま倒れ込んで来た。
そうやって次々と仲間達が何も出来ないまま屠られていく光景は、射手達に衝撃を与えた。その衝撃は瞬く間に伝播し、すぐさま恐慌状態へと導いていく。
「何が、「可能な限り1人で殲滅」だ?既に此の身1人で殲滅する以前に加わってるじゃないかッ!でもまぁ、確かに1人で殲滅するのは厳しかったかもしれない。だから有り難い事に変わりはないなッ!」
「アルレ殿が作ってくれたこの機会を無駄には出来ない。いざ、参るッ!」
クリスは上空で1人、今まさにゴブリン達を襲っている悲劇を見ていおり、それが誰の行いかはとっくに見当が付いていた。
クリスは口角を上げると龍鱗剣スライスナーヴァを低く構え、奇襲の為に滑空していくのだった。
狙うはこの場の指揮官である、「将軍化中鬼種」ただ1匹。
クリスはその「将軍化中鬼種」のみを見据えて、滑空していく。幸いにも下は混乱し恐慌しており、クリスの存在に気付いた敵は誰もいなかった。
一方で少女はクリスが攻撃体勢に入った事を理解した。拠って恐慌状態にある射手達の注意を、少しでもクリスから逸らし恐慌状態を更に継続させようと考えていった。
拠って指揮官である将軍化中鬼種に近い射手から狙撃し、屠っていく。要は塔屋に近い側から狙ったとも言える。
それは逃げ道に近寄れば死ぬという恐怖を植え付ける為だ。
将軍化中鬼種はこれらの攻撃が意図的なモノであると見抜いていた。しかし、1度恐怖に囚われた者達を正気に戻すのは不可能だ。
そして更に付け加えると一連の敵の攻撃から、敵の戦略が変わり「狙われている対象」が変わった事にも気付いていた。
射手達は屋上の縁に沿って3列に横並びになり、下のエントランスを狙っていた。
最初の狙撃で少女は、2列目と3列目で横並びになっている射手達を狙っていった。そして更には1匹おきに撃ち抜いていったのである。
それが示しているのは「屠られた仲間が左右にいる状況を作り出す事」であり、その結果「次は自分の番かもしれない」と恐慌状態になったと言える。
恐慌状態になった結果、射手達はその場から勝手に撤退しようと必死だった。拠ってそのベクトルは変わったが、少女の撃ち抜く対象は変わらない。常に「1匹おき」に正確に抜いていた。
それは仲間の死骸に足を取られて転んだ挙句に、踏みつけられるといった二次被害を目論んだからだ。
そうやって更なる混乱状態を作り出していった。
だが、クリスが上空から攻撃の体勢に変わった瞬間に少女は、撃ち抜く対象を「1匹おき」から「将軍化中鬼種に近い順」に変えている。
将軍化中鬼種はそこに気付き、「何か来る」と考え直す結論に結び付けたのである。
がががあぁぁぁぁぁぁあッ
「何なの、この声?えッ?!射手達が落ち着きを取り戻して……。将軍化中鬼種の持つ能力か何かなの?」
「数を減らし切れていない今の状態で、このまま恐慌状態が解かれたらクリスが危ないわッ!えぇい、仕方ない!大盤振る舞いよッ!」
かちゃッ
ダラララララララララララララッ
将軍化中鬼種は射手達に向けて咆えていた。その咆哮は、恐慌状態にあった射手達の落ち着きを取り戻させたのだった。
少女は突如として正気に戻った射手達を見て、驚きを隠し切れなかった。しかしクリスは既に攻撃体勢に入っている。今からでは攻撃キャンセルは間に合わないだろうし、例え間に合ったとしても無防備な状態になるのは目に見えていた。
数を減らし切っていないあのままでは、将軍化中鬼種に攻撃を強行しても、クリスが射抜かれる事に変わりはないだろう。
少女は急いでブラックライフルのモードを、「SEMI」から「AUTO」に切り替えていった。更にはマガジンに入っている弾薬を射手達目掛けてフルバーストさせていく。
そして撃ち尽くすとマガジンを変更して更にフルバーストを繰り返していったのである。
結果、少女の残りのマガジンは2個、計60発まで減っていた。だが、フルバーストさせた甲斐もあって、屋上に残る残存兵力は将軍化中鬼種を含めて3匹までその数を減らす事が出来たのだった。
クリスは滑空し、斬り掛かる直前に将軍化中鬼種の放った咆哮を聞いた。
その咆哮で射手達の正気が取り戻されていくのが見えていた。
「くそッ、魔獣達が落ち着きを取り戻していく。このまま斬り付けると狙われる事になる。が、今さら方向転換しても気付かれるだけだ!」
「ならば今こそが最大のチャンスだ!ええい、「なるようになれ」だッ!」
「凪閃ッ!」
しゅんッ
がぁ……ぁ
クリスは長剣に龍征波動を纏わせ、まだ自分の存在に気付いていない将軍化中鬼種の後方から、流れるような一閃を放っていった。
軽い風斬り音が響いて、将軍化中鬼種の耳へと入って来ていた。しかし当然の事ながら気付いていない将軍化中鬼種は、自分の身に何が起こったのか分からなかった。
そしてそのまま呻き声を微かに響かせると、その身に受け取った一閃で彼の上半身は横に滑り落ちて、泣き別れて行くのを止める事が出来なかったのである。
こうして戦場に残ったのは指揮官を失った射手が2匹だけであり、クリスはそれらに速攻して難無く屋上の制圧を完了させていた。
少女の姿をクリスは見付けられなかった。だが、少女がいるであろう方向を向いて、黙って頭を下げると塔屋に向けて走り出した。
クリスが塔屋に入っていくと、残りの4ヶ所の見張り役達は急に慌ただしくなったようだった。要するに役目が見張り役から増援に変更された様子と言える。
その結果、それぞれの建物の中から外に出て来ていた。
「固有個体の元に増援に向かう気かしら?まぁ、それは当然でしょうね、でも、簡単には行かせてあげないんだからッ!」
「それにしても……全弾使う気はなかったんだけどなぁ、はぁ」
ばしゅんッ ばしゅんッ ばしゅんッ
少女はブラックライフルの設定を「AUTO」から「SEMI」に戻すと、外を歩いている小鬼種に対する狙撃を再開していった。
クリスは塔屋から建物内に入り、階段を降りて行く。階段はᒪ字の縦と横の線がぶつかる所に位置していた。
ここは最上階で踊り場には「7F」という文字が見えている。バイザーで確認するとこの階に大きな光点があるようだ。だが、そこに辿り着くまでには数多くの光点があるのもまた事実だった。
「此の身はどうするべきか?先に固有個体を倒せば残っている小鬼種達は瓦解するだろうな。だが、このまま進めば階下から増援が来た際に挟撃を受ける事になる。先に階下から制圧するべきか?」
「しかし、そうすると階下に降りた後で上から挟撃されないとは言い切れない。うむむ、悩ましいな」
クリスは悩んだ結果、階下へは行かずにそのまま固有個体のいる方へと進む事にした。そもそもの話し、この作戦はクリスが良いと思って決行したのに、悩ましくなったという事は、どこか抜けている証拠であると補足しておく。
一方で少女は外に出て来た小鬼種達を全て屠る前に、当然のように残弾が尽きた。拠って場所を移動する事にした。
然しながら流石にこれ以上の援護は、実践試験の試験官として来ている身なので憚られたのも事実だった。
少女は弾薬切れの為に壁の外周の見回りをする事にした。途中でガルム達とすれ違ったが、どの個体も今までに1回も戦闘には至っていない様子だ。まぁ、対象が引き籠もっているのは分かっていたから、当然と言えば当然なのだが……。
然しながら、見回りのその途中に少女は「ソレ」を見付けたのである。見付けた以上、黙って見過ごす事が出来るハズもなく、少女は足早に「ソレ」を追い掛けていった。
少女の掌の中のグリップはブラックライフルから、ウージーへと変わっていた。
ちゃきッ
「動くなッ!動くと撃つわッ!両手を上に上げてゆっくりとこちらを向きなさいッ」
「おや♪見つかってしまうなんて、可怪しいですねぇ。おやおや♬ワタクシとした事が失策ですねぇ。ところで、何も持ってませんけど、手を上げる必要ってあります?」
「アナタ、一体何者なの?動けば容赦なく撃つわ。だから、手を上げておいた方が得策よ?」
少女が見付けたソレはフードを目深に被っており、顔は口元しか見えていない。中性的な声色だが恐らくは男性だと思われる。
拠って本当にそれが合っているかは怪しい。
「まぁ♪ただの一般人には見えませんかねぇ?まぁまぁ♬そのように見て頂けると大変助かるのですがねぇ?おやおや♫どうでしょうねぇ?おやおやおやおや♫手を下げてしまいましょうねぇ」
ばららららッ
「おぉ♪遠慮しませんねぇ。おぉおぉ♬当たったら大変ですよ?一般人を巻き込んだら大事ですよ?」
「勝手に手を降ろしたのはアンタよッ!先に忠告はしておいたわ。次は当てるからね。と・こ・ろ・で、飽くまでも一般人だとしらばっくれるなら拘束させてもらうわよ?」
「多少痛い目を見てもらうけど、一般人なら死なない程度には手加減してあげるから感謝してねッ!」
少女は目の前の怪しさ大爆発な様子にウージーの銃口を降ろす気はなかった。そして、逃がすつもりも一切ない。
確実に捕らえて何をしていたのか吐かせる腹積もりだった。知恵の働き過ぎる小鬼種と何かしらの関連があると、少女のハンターの勘がそう告げていたからだ。
「おやまぁ♪困るんですよねぇ。おやおやまぁまぁ♬血気盛んなお年頃なんですかねぇ?ふはッ♪それとも使命感に燃え滾るってヤツですかねぇ?ふふははッ♬そんなにあっちっちーなら、さぞかしお相手ともアツアツなのでしょうね?」
「うっさいッ!うっさいうっさいうっさいッ!死にたいの?死にたいのよね?死にたいんでしょ?えぇそうね、死にたくなりなさいッ!」
完全に挑発にハマり、怒髪天を衝く程に怒り絶頂に達した少女の蹴りが、まるで舞踏を舞うように幾重にも放たれていく。怒りと言うバフで盛られたそれは、並の人間や魔獣であれば文字通り骨が折れる程の強烈な蹴撃の連続だった。
だが、フードの男には当たらない。故に全ての蹴りは凶悪な轟音を立てながら空を切るだけだ。
「おやおや♪死にたくさせてくれるのではなかったのですか?おやおやおやおや♬口がはしたないと足もはしたなくなるんですかねぇ」
「アンタのその減らず口、いい加減に閉じなさいッ!」
「ぷぷッ♪図星を突かれて怒っちゃいましたか?ぷぷぷぷッ♬はしたない、あぁはしたない、はしたない」
「そんなッ!アタシの体術が悉く躱されるなんてッ!頭ったまに来るコトばっか言うクセに、コイツ、本当に何者なの?でもま、仕方が無いわね。そっちがその気ならこっちだって!」
パララララララララッ
「ぎょッ♪自分の肉体に自信がないから今度は銃器の出番ですか?ぎょぎょッ♬まぁ、そんな貧相な身体と貧相な銃器じゃ、ワタクシはなぁんも感じませんよ?」
「うっさいッ!もう、死になさいッ」
パララララララララッ
「まぁ♪遊んであげたいのはやまやまなんですよ?まぁまぁ♩でも今は遊んであげてる暇が、山あり谷ありありません。おや♪だからお楽しみのところ、大変申しワケあるでしょう?おやおや♩それでは誠に勝手ながら失礼させて頂きますねぇ。はしたないお嬢さん」
「待てッ!せめて一発殴らせろッ!」
「おやおや♩はしたない。おやおやおやおや♪はしたない」
こうして少女の事を挑発しまくるだけしまくって、フードの男は消えていった。それは本当に文字通りだった。だからこそ跡形もなく余韻も残さずに、存在すらも最初から無かったかのように……。
ウージーが解き放った弾丸も、少女のバフ盛の豪脚も、終ぞ当たる事はなかった。全ての攻撃が虚空に向けて放たれただけで、それらが止まると直ぐに静寂がドアを開けた様子だった。
「消えた?!アイツ、一体何者だったの?ってか、言いたい放題言ってくれやがって、次見付けたら絶対にぎゃふんと言わせてやるんだからッ」
「それにアタシは……アタシは、絶対にはしたなくなんかないんだからーーーーーーッ!!!!」
少女は最後までフードの男が何者だったのか分からないままだった。そればかりか散々揶揄われた挙句に、取り逃がした少女の顔には悔しさが滲み出ていた。
それはもう、天気よりも先に自分から、大粒の雨が零れ落ちてしまいそうだった。
クリスは固有個体を目指して邁進していた。廊下の左右にある部屋には、それぞれ小鬼種達が詰めていた。
拠って「何事も無く通り過ぎさせてくれる」なんて事は一切無い。あるハズもない。そんなに人生甘くも易しくもない。
結論、クリスは襲われた。
更に付け加えると前に進もうとするクリスは、当然の事のように挟撃された。
近距離戦で襲い来る小鬼種には、長剣と汎用魔力刃の二刀流で薙ぎ払っていく。射手相手には汎用魔力刃を汎用魔力銃へと切り替えて、魔力弾で応戦していった。
よって遅々として歩は先に進ませてもらえなかった。
クリスの今までの経験の中で、こんな乱戦は今までに経験した事が無いと言える程の壮絶な闘いだった。そんな経験の中でクリスは急速に且つ、急激に力を付けていく。
そしてクリスの身体は斬り伏せた小鬼種達の返り血と、魔力弾の爆発で舞う粉塵に因って、ドロドロのグチャグチャに汚れていった。
然しながら常人であれば、多少の経験で著しく成長する事は滅多にない。拠ってこれはクリスが「龍人族」だからなのか、それとも死線を潜り抜ける事で「野生の勘」が研ぎ澄まされたからなのかは分からない。
だが結局のところクリスは、小鬼種達の行動がある程度まで予測出来るようになっていた。それは希少能力、未来予測の発現予兆とも言い換えられた。
遅々として進まないながらも、クリスの足は着々と終着点に向かっていた。幸いな事に致命傷も深手も負っていないが、かすり傷程度は全身の至る所に付けられており、多少のヒリヒリ感が生きている事を実感させてくれる、煩わしいアクセントになっている様子だった。
目の前には固有個体がいると思われる部屋の入り口があり、その手前には2匹の将軍化中鬼種が行く手を遮っていた。
クリスはこの階にいた全ての小鬼種達を屠り、中鬼種達を斬り刻み終わっていた。階下や他の建物から増援に来た小鬼種すらも、殺し尽くしたのだった。
こうしてクリスの後ろの廊下は既に、小鬼種達の死骸で埋め尽くされていた。
「残るはお前達のみだ!いざ参るッ!」
があぁぁッ ががあッ
クリスは目の前に立ちはだかる、2匹の将軍化中鬼種に向かって特攻していった。
少女は急速に光点が消えていくのをバイザーで確認していた。あまりにも急速過ぎるので心配になった程だ。だが心配はしても様子を見に行く事はしなかった。
何故ならば後片付けがあるからだ。
ᒪ字型の建物に映る光点が残り5つになった段階で、少女は改めて結界モードに切り替え、結界が把握している残存数を確認する事にした。
バイザーが索敵する光点は生命活動の有無で明滅するワケではない。個体の中に内包されている「オド」や個体が集めている「マナ」などの、魔力の状態で見極めている。
その結果、瀕死の状態でオドが切れかかっている者や、魔術や装備などで魔力を隠している者はバイザーには反応がない。
一方で、結界モードはミュステリオンからのバックアップに拠って様々な角度から多種多様な測定している。要は「誤差が無い」と言える。
結果、結界モードが示した数は「24」だった。
「結構、残ってるわね。地道に1匹ずつ潰していくしかないかぁ?ガルム達、聞こえる?外の警戒は3体にするわ。2体はこっちに来てアタシの手伝いをして」
がるっ がうっ
少女は2匹のガルムを思念伝達で呼び寄せると、敷地内でまだ生存している小鬼種の探索と止めに向かわせる事にした。
残りは壁の外に配置したままにして、少女も生き残りの探索に向かって建物内へと侵入していくのだった。
どごぉぉおんッ
「どうだッ!これで残りはこの部屋だけッ?!なッ!?」
クリスは将軍化中鬼種ごと、部屋の入り口を文字通り「ぶち抜いた」のだった。結果、2匹の将軍化中鬼種は息も絶え絶えになっている。
クリスは2匹の将軍化中鬼種に対して龍征波動の技、「突閃」を放ったのだった。
放たれたその一撃は、将軍化中鬼種2匹を巻き込み、そのまま入り口の扉に直撃するとクリス共々部屋の中へとなだれ込んでいった。
クリスが部屋の中に入った直後、その翠色の瞳に映ったモノは迫り来る爆裂炎槍だった。
クリスは自分の体勢的に、迫り来る爆裂炎槍を躱す事が出来無い事を悟っていた。だが決して死を覚悟して諦めたワケではなかった。
拠って、クリスは咄嗟に龍征波動を纏った龍鱗剣スライスナーヴァで、その魔術を受けとめたのである。灼熱の爆裂炎槍の熱がクリスの肌と、髪をジリジリと焦がしていく。
「ぐっ、があぁぁぁぁぁぁぁ」
「こんのおぉぉぉぉぉぉぉおッ!」
「だぁぁぁぁぁりゃぁぁッ」
ごしゅんッ
クリスは吼えた。だが何かの能力を使ったワケではない。
ただ単純に気合いと根性で吼えていただけだ。
クリスは渾身の力を振り絞ると力技で強引に爆裂炎槍を弾いていた。弾かれた爆裂炎槍は壁へとぶつかり、周囲に炎を撒き散らしていった。
こうして盛大な炎を上げて部屋は燃やされていく事になる。
部屋の中に残るは3匹。その内の2匹、SC化中鬼種はクリスに対して次々と魔術を放っていく。
対するクリスはここに来るまでの無理が祟っており、かなり疲弊していた。息は上がっていて身体が非常に重かった。
「やらねばならない。負けるワケにはいかない!必ず此の身が倒し切ってみせるッ!」
「いざ、参るッ!」
クリスは精神が肉体を凌駕していた。
その意志が身体を突き動かしていた。
その決意が長剣を取らせていた。
クリスはここに至るまでの戦闘で、龍征波動を使い過ぎている自負があった。拠って目測としては「使えるのはせいぜい残り1回」と心の中で呟いていた。
だからこれ以上の無駄遣いは出来ない。使うなら渾身の一撃に全てを乗せるべきだ。昨日少女に言われた事が身に沁みる程、痛感していたクリスだった。
ご利用は計画的でなければならないと言う事だ。
クリスは迫り来る魔術を体術のみで躱していく。少女の猿真似だが直進してくるだけの魔術を躱すだけであればそれで何も問題は無かった。
クリスは魔術を躱し、1歩また1歩とSC化中鬼種に近付いていく。その鬼気迫る気迫に、SC化中鬼種は1歩また1歩と後ずさっていく。
クリスは不意に速攻を仕掛ける事にした。そして、不意を突かれたSC化中鬼種は、そのままクリスの「突き」によって穿かれていった。
残る1匹のSC化中鬼種は、明らかに狼狽していた。その結果、近付いて来るクリスに対して背中を見せて逃げ出したのである。
しかし、最後のSC化中鬼種は、相手に背中を見せた段階で絶命した。何故ならば、この部屋にいる最後の小鬼種に因って1口で丸呑みされたからだった。
部屋は煌々とした炎に因って燃やされていた。その暴虐とも言える極悪の炎は、SC化中鬼種を丸呑みにした、この部屋の「主」を照らし出している。
クリスは照らし出された「主」の姿に拠って、額には脂汗が吹き出し、背中には悪寒と共に大量の冷や汗が流れていくのが分かった。
「こ、これが、固有個体……なのか?ここ、こんなモノが魔獣と呼べるのか?ほ、本当に小鬼種なのか?」
クリスの声は未だ嘗て無い程に震えている。そして身体もまた震えが止まらない。
手に持つ長剣は震えによって、「カチャカチャ」と不規則に音を立てていた。
それらは全て、この部屋の「主」が放っている、禍々しい力に曝された結果であったと言えるだろう。




