第三十話 元勇者は新たな危険人物を発見する件について(仮)
「話せるの!?」
ユリスは目を輝かせて、ユージンにばっと一瞬で近づいた。
本当にこいつの身体能力は一体どうしてしまったんだと思う。
――少し危ないかもしれないな。
「まあ、多分話せると思うよ。マリンダ……さんも、快諾してくれると思う。彼女はとても話しをするのが好きだからね」
「ほ、本当に?」
ユリスの瞳は完全に乙女のそれとなる。
一見すると、まるでユリスとユージンの二人が恋人同士であるかのような雰囲気が、二人の周りに漂っていた。
なんというか、とてもお似合いではると感じられる。
――ふむ……。
「おい」
ユリスの肩に俺は触れる。
「なによ?」
ユリスが、高揚し赤くなった顔で振り返る。
とても魅惑的で良いとは思う。
シャルが、人を魅了するだけの天性の姿とカリスマ性を有しているとすれば、ユリスも方向としては同様であり、しかしまた種類の違う魅力がある。
単純に、客観的にそう評価できると思う。
だが、それがすべてというわけではない。
「ユージンの腕から手を離せ」
「どうしてよ?」
俺はユリスの手首に触れた。
「そのままだと、ユージンの腕が折れちまう」
もうすでにユージンの腕はめきめきと鈍い音を立てていた。
それが酷く耳障りである。
「ヒカル。ありがとう……」
とユージンは青ざめた表情で言った。
――なんというか、こいつはヤバイな。
俺の中で、ユリス・オリビアと言う人物の危険度が上昇する。
もしかすると、将来的にシャルよりも俺の目的を邪魔する人物になるかもしれない。
――まあ、それは流石にないかな。
「あ、ごめんなさい」
と言い、ユリスがユージンの腕を握っていた手を外す。
「私、今日は本当にどうしちゃったのかしら?」
「興奮して魔力の調整ができていないんだろうよ。俊発的に魔力を放出して、その速さと強力を出しているわけだから、後少ししたら魔力欠乏症になるかもしれないな」
と言いながら、俺はユリスに手の平を向けた。
「まあ、そんなに酷いものにはならないと思うけど、一応俺の魔力を分けとくよ」
ユリスにほんの少しだけ俺の魔力を分けてやる。
それにより、ユリスの肌艶がかなりよくなった。
まだ魔力欠乏症の症状は出ていないが、魔力が急激に増えると、外見にその様子が表れる。
とはいえ、これでユリスの異常事態が万事オーケーということにはならない。
今までの彼女の姿を見ていると、またいつ暴走するかわからない状況だ。これだと、会話をするのにも一苦労になる。
――何かマリンダって人への羨望以外にも理由があると思うんだけどな。
なにか嫌な予感がしないでもないが、今のところ危険な感じはしないので、とりあえず保留ということにする。
だが、この状態のユリスを放っておくわけにもいかない。
「とりあえず、ユリス」
「え?」
「一旦道場までは眠っとけ」
俺はユリスの目の前で指をパチンと鳴らした。
それにより、ユリスの瞳がゆっくりと落ちて、俺に倒れこむようにして気を失う。
「馬車でも拾っていくか」
俺はユリスを抱えて言った。
そんな俺を、ミアとユージンが驚いた表情をしてみている。
それに対しては首を傾げざるを得ない。
「どうしたんだ?」
「今の業はなんだい?」
「なにって、ただの催眠療法の一つだけど?」
人の脳というものは、一瞬だけ、ほんの一瞬だけ眠りに付く瞬間がある。眠りというと人の睡眠を意識するかもしれないが、そう言った類のものではなく。一種のバグのような瞬間だ。
動いてはいるけど、動いていない。
無意識を作り出す状態と表現するのが正しいのかもしれない。
つまり、俺の先ほどの指パッチンは、ユリスの無意識に合わせたものであり、それにより、彼女の脳が外界からの刺激をシャットアウトしたわけだ。
突然の無意識に対する攻撃により、脳が緊急避難を行ったと見るのが正しい解釈なのかもしれない。
――なんていうか、俺もよく原理はわかってないんだよなあー。
つまり、もし説明を求められているのだとすれば、非常に面倒臭いわけだ。
「今のは、ただ指を鳴らしただけなのかい?」
「ん? そうだぞ。魔力とかそう言った類のものは使ってない。催眠療法だから、ただの科学だよ」
「科学か……。そんな力まであるのか……」
ユージンは、どうしてかとても感心をしていた。
確かに、見たことのない力なのかもしれないが、そこまで驚くほどのものなのか、と思う。
これが、眠らせた相手がユリスみたいな学生ではなく、それこそ名高いマリンダとかいう女性なら、驚くのはわかる。
歴戦の猛者を魔力も使わずというのは、驚愕だろう。
どう見ても、二人の驚きはそれに勝るものがあった。
しばらく俺が眉をひそめて訝しんでいると、ミアがその驚きの理由を話してくれた。
「実は、今の行いは、この王国を建国した本物の皇帝が、禍をこの国にもたらそうとした黒魔術師に対して国民を人質に取られたときに取った一つの行動と似ているんです」
「へえ……」
なんともしまりのない返答に、特に気を悪くするわけでもなく、ユージンが真剣な眼差しで口を開く。
「このドルー王国を建国した人物の名前はキング・バイオレット。彼が生きている間に起きた三つの災厄のうちの一つが、黒魔術師ゼファーの襲来だよ」
お、これは話が長くなるやつかな?
と思い、俺はユリスをちょこんと地面に下ろした。
「黒魔術師ゼファーは、まず人々の中にある邪念を利用して怪物を作り出した。でも、その怪物だけではキングを倒すことはできない。それをわかっていたゼファーは、キングがこちらに攻撃ができないようにした。それが国民を黒魔術で操ってしまうという手だ」
なんとも、悪者らしい手だな。
「それにより、キングは相手の攻撃を一方的に受けるしかなくなったわけだ。自分が怪物に攻撃をしようとすると、国民がその行く先を邪魔する」
なるほど、先が読めた。
「そのときに、キングが取った手が、国民を一瞬にして気絶されることだった。ここまで来ればもうわかるだろう? 彼がそのとき行ったのは魔法でも魔術でもなく、指を一度鳴らすことだったんだ」
「つまり、俺が今やったみたいなことを、そのキングってやつがやったってことか、だけど、この国に建国者なんて居たんだな。知らなかったぞ」
その三大災厄とやらも知らない。
そもそも、俺はこの国の成り立ちもよくわかっていなかった。
どうしてだ?
俺が田舎の出だからか?
「それは、こういうことを知っているのが、貴族しかいないからだよ」
「は? そりゃまたとんだ教育の差だな」
「私もそう思うよ」
ユージンは、目を細める。
「現在の貴族は、もちろん過去の大戦で活躍した貴族たちなわけだったり、吸収された国の貴族だったものなわけだけど、歴史という中にいるのは本物の英雄たちの話しだ。つまり、それをたかだか一般の国民に知られることによって、自分達への尊敬の念が薄れるかもしれないと危惧しているわけなんだよ。とても愚かな考えだと思わないかい?」
「まあ、そうだな」
尊敬もなにも、そんなもの最初からないということを知らないのだろうか?
それとも、俺が特殊なだけで、本当は貴族は大人気なのか?
「現在の貴族は、そういうだらしなさのない人間の集まりだってことさ。まあ、それでも、過去の英雄には敵わないことを知っているだけお利口だとは言えるかもしれないけどね。それが良い方向に向かえばの話しだけど」
「お前も、そのうちの一人だろう?」
とは流石にいえなかった。
そこまで俺も馬鹿じゃない。
「っと、いいところに馬車が来たよ」
ユージンが言い終わりに、馬車を指差した。




