第二十九話 元勇者は女貴族の潜在能力に恐れおののく件について(仮)
俺はシャルが必死に回復魔法で自分の指を直しているのを尻目に、そそくさとユージンたちに付いていった。
――簡単には直せないだろうなあー。
俺がタダ単純にシャルの指の骨を綺麗に折るわけがない。
いろいろと工夫を凝らして、骨の一部をシャルの大好きなこんにゃくに変えたり、どっかを無駄に鉄にしてみたり、それこそ、爪とかは食べておいしいポテトチップスとかに変えたりとか。
つまり、シャルは俺の掛けた魔法や魔術を一々解除する必要があるというわけだった。
「ところでユージン、あなたはどんな用があって道場に行くのよ?」
ユリスがユージンに聞く。
どうやら、俺に対する罵声はいつのまにか終わっていたらしい。
「ああ、別に道場が見たいわけじゃないよ。ただ聖騎士の普段の生活が見たいだけ」
「普段の生活?」
「うん」
「それを見て、どうなるの? ああ、そっか。現役の聖騎士の姿から何かを学ぼうってことね?」
ユリスがなぜかテンションを上げながら聞く。
しかし、ユージンはユリスの言葉には答えなかった。
逆に質問を返す。
「ユリスの会いたい人って言うのは、誰なの?」
「え? 私??」
「うん」
「私のことは別にいいわよ。なんていうか、別に会わないでもいいんだけど、なんていうか理想としている人だから、挨拶くらいできたらいいなあーって思っているだけで」
「へえ……。もしかして、マリンダ?」
ユージンが言った瞬間、ユージンの身体は一瞬にして壁に追いやられた。
一瞬の動きは、油断していたとはいえ、俺にも瞬間的に捉えることができなかった。
ユージンの胸元をユリスが掴んでいる。
「どうして、あなたがマリンダさんのこと知っているのよ?」
とても低い声音でユリスが聞く。
――こわ……。
もしかすると、ユリスの秘められた力はものすごいものがあるかもしれない、とふと思った俺だった。
「ちょ、ちょっと……」
どうやら腕力も上がっているらしく、ユージンの胸元がどんどん閉められていく。
「お嬢様。落ち着いてください。ユージン様は、古参高級貴族であり、さらに元々現役の聖騎士だったのです。なにか繋がりがあってもおかしくはありません」
落ち着いてください。
と言っているミアがこの中で一番落ち着いているなと思った。
なんとも聞き心地の良い声だった。
それにより、ユリスの瞳に光がともる。
「はっ!」
と、ユージンの胸元から手を離した。
ユージンは咳をしながら、首に手を当てる。
「ごめんなさい! ユージン大丈夫?」
「あ、ああ……なんとか……」
ユージンの瞳は涙目になっていた。
「マリンダさんを呼び捨てにされたところから、身体が勝手に動いて、本当にごめんなさい。頭に血が上っちゃったみたい。完全にあなたを殺す気だったわ」
女の嫉妬というのが、これほどまでに恐ろしいのか、と俺は身震いをした。
好きな男を呼び捨てにされただけでこの有様である。
しかも、その好きな男を呼び捨てにした人物は男だ。
もしも、これで相手が女だったりしたら、本当に殺していたのかもしれない。
――ユリスをこの件でからかうのはよそう。
俺は方向転換を決めた。
俺はユージンの元に行き、首元に回復魔法を掛けてやる。
「大丈夫か?」
「ああ、すまない。大分楽になったよ」
ユージンは、しばらくしてから姿勢を正した。
「私のサラエボ家と、マーホイル家は親交があってね。小さいときから、剣の指南を彼女には受けていたんだ」
――ん? 彼女??
「だからその、昔から彼女のことは呼び捨てで呼んでしまっているのだが、ユリスにはそれが駄目だったみたいだね。すまない」
ユージンはユリスの頭を下げる。
正直、ユージンはまったく悪くない。
もしも、俺がユージンの立場なら、ここでは「大丈夫だよ」とか言いながら、毎日何かしらの仕返しとかすると思う。
どれだけいいやつなんだユージンよ。
俺はこいつに勝てるところがないんじゃないか、と素直に思った。
ということを、もしかすると、気にしていたかもしれないが、それよりも気になる発言があったので、俺の思考はそちらに取られていた。
――マリンダって女性なのか……。
まあ、今から考えると、とても女性的な名前だとは思う。
「ああ、いや。こちらこそごめんなさい。私もまさか、自分がここまで周りが見えなくなるなんて思ってもみなくて。ここまで自分が彼女のことを好きだとは思わなかったわ」
「まあ、彼女には女性のファンが多いからね」
ユージンは笑って言う。
正直、突然殺そうとしてきた相手に笑いかけることができるユージンの広い心に気持ち悪さすら感じるが、まあそれはいい。
――まさか、ユリスの想い人が女性だったとは……。
俺はユリスの目を見る。
あの目は完全に恋をしている人間の目だと直観で思う。
――ってことはユリスの対象は女性?
そう考えると、これまでのユリスの言動もそれなりに合点が行くものであった。
ミアとの距離も近いし、シャルとの物理的な距離も近いイメージがあった。
そもそもが、婚約者に関しても、相手が貴族としての嫌らしさを持っているということも理由なのかもしれないが、恋愛対象ではないということが一番の理由だということもあり得る。
とはいえ、ただマリンダという聖騎士をユリが尊敬しているというだけかもしれない。
その可能性は十分に高いだろう。
だけど、
――それで人を殺そうとまで思うかね?
いや、
と俺は頭を振った。
これは俺の考えすぎかもしれない。
もしかすると、そのマリンダという女性のカリスマ性がものすごいのかもしれない。
それこそ、ユリスの頭のネジが吹っ飛ぶほどの魅惑的な女性なのかもしれない。
――気になるな。
「そのマリンダ……さんって女性は、どんな女性なんだ?」
一瞬呼び捨てにしそうになり、急いで――さん――付けで呼ぶ。
流石に、あれほどの攻撃を受ければ、それなりの対処をしてしまう。それはできれば避けたほうがいいだろう。
「マリンダさんはね!」
ユリスが、さっと俺の前に移動した。
「女聖騎士としては、始めて大公の地位に上り詰めた人物なのよ! これがどれだけの偉業なのか、あんたにわかる!? それまでは高級貴族といっても聖騎士として前線で戦う女聖騎士が少なかったわけ。まあ、単純に力はどうしても男性が強いからそういうことになるんだけど、彼女は並外れた努力によってその壁を打ち破ったのよ。そんな彼女の影響でこれまでに比べて女聖騎士が増えたのは言うまでもないわよね。そんな彼女が今、教育係としてたまに教えている場所がこれから行く道場なのよ。そして、今日はそんな彼女が一ヶ月ぶりに教えに来るときなのよ!!」
「お、おう……」
すごい圧だった。
それはもうものすごい圧だった。
とりあえず、そのマリンダという女性が、女性聖騎士から羨望の眼差しで見られる人間なのだということは理解ができた。
「その人のこと、好きなんだな……」
「大好きよ!! この世で彼女を嫌っている女性は誰一人いないと思うわ!!」
「なるほど……」
ユリスが満足したのか、俺から離れていく。
なんというか、マリンダという女性を語るときのユリスはとても歳相応の女性に見えた。
素が見えた、とでも言うのだろう。
俺は自分の邪推な気持ちを恥じた。
――まあ、そもそも、恋愛対象が誰でもいい話だしな。
ユリスが未だにあしを弾ませている。
「でもいいなあー。ユージンは彼女から教えを受けていたのね」
「なんなら、今日話してみるかい?」
「え!!??」
ユリスがこれでもかというほどに、首を高速回転してユージンを見た。
首が取れるんじゃないかと俺は思った。




