第四話 元魔女は発狂する件について(仮)
「ど、どうしたのさ!?」
「い、いや、気にするな。少し自分の中で整理しないといけないことが起きただけだから……」
相手に手を出して、俺は片方の膝を地面に付いて、片方の膝にひじを当てて、考える。
まさか、そんな恥ずかしうれしエピソードがあったなんて、驚きだ。
―俺のファーストキスが…………。
いやあー!
両手で顔を覆う。
そんなことなら、お酒は控えめにして、寝たふりでもしておけばよかった! そうしたら、その……なんだ……、感触とかね。しっかりと脳裏に焼き付けることができたのに……。
「あの……、大丈夫かい?」
「少し、整理する時間をくれ……」
「整理する時間って……、もしかして!!」
いきなり幼女は声を荒らげる。甲高い声だ。
「え?」
顔を上げて、相手を確認すると、幼女は、先ほどよりも随分と遠い場所に位置していた。
その顔は顔面蒼白にして、体はガタガタと震えているようだ。
―いったい何が?
「どうしたんだよ?」
「これがいわゆる、あれなんだね」
「あれ?」
立ち上がり、少し相手に近づく。
「来ないで!!」
猛烈な拒否の意思が来た。
「おいおい、なんだよ急に?」
―まさか、俺の正体に気が付いたとか?
いやいや、それにしては拒絶の意思を示す意味がわからない。
ここまでの話の流れなら、確実に相手は、俺の、いや、かつての勇者であった俺に対して少なからず好意を抱いているはず。正体を知ったら喜ぶはずだ。
いや、もしかしたら、逆に今まで隠していたことをぺらぺらを話した相手が、まさかの当人だったと知って、逆にパニックに陥ってしまった可能性もあるな。
うん、それなら、この状況も納得ができるってもんだ。
―仕方がないなあー、それなら、こっちから歩み寄りの精神を見せるか。そりゃ多少の非礼くらいは詫びてもらわないといけないけど、なーに、それくらいどうってことないさ。
「もしかして、気が付いたのか?」
幼女は首を、うんうん、と物凄い勢いで振る。
それにより首が取れそうなほどにだ。
「なら、仕方がないな。あまりお前には知られたくなかったからな」
やれやれと、手を掲げる。
「さっきの会話が気が付いたんだろう?」
「ええ、私がキスをしたってところで、あそこまでの衝撃を受けて、ドラゴンブレスでも喰らったかのようなダメージを受けるなんて……」
「そうか、ばれたなら仕方がないな」
俺はもちろん、相手が自分に好意を寄せているんだから? 相手がいやいやな顔をしていても近づいていく。
「来るなああああ!!」
「え?」
「やめろー!!」
「いやいや、え?」
幼女はじりじりと、俺に対して絶望の表情を向けながら、後ずさりする。
―まったく、なんて照れ屋なんだ。
確かに、あの世界でも、この幼女、いや魔女は俺に対してものすごくちょっかいを出して来てたっけ?
それが、好意の裏返しだったと考えるなら、この行動も照れ屋だと考えるのが妥当ってもんだろう。
「おいおい、そりゃ、やっと出会うことができたんだ。照れる気持ちはわからないでもないけどな? 少し、ひどくないか? そんなに、距離を保たなくてもいいだろうに」
「うううぅぅぅぅ」
幼女は、道を後ずさりして、最終的に、背中に壁を感じ、それ以上下がれなくなる。
「私は、お前みたいな人種と出会いたかったわけじゃない!」
―ん? 人種?
いったいどういうことだ? 人種だって?
ああ、そうか。
俺が勇者じゃないから、嫌だってことか、そりゃ、勇者とそうでないのだと、人種が違うって言うこともできるもんな。
だけどさ。それってひどくないか?
つまり、勇者じゃない俺のことは嫌いだってことだろ?
それって、その人間の本質じゃなくて、装飾にばかり目がいってるってことだよね?
「それは、なんか心のグサッとくるわあー」
「何がだい! お前みたいな同性愛者! 私は、あの人の隣の人間として認めないからね!」
―は?
「漆黒より来たりし、魔王の血族よ、今、我にその力を与え、汝の欲望を持って、敵を討ち滅ぼせ!」
幼女の目の前に魔方陣が出現する。
それも普通のものではなく、まるで血でできているような禍々しい紋様だ。
『がああがっるうるるるるるるっらっがるるる!!!』
その魔方陣から、大きな魔物が出現する。
―これはまた、凄まじいねー。
「デュラハンか……」
死を司る者、馬に乗り脇に首を背負い込んで、甲冑を着た首なし。
召還魔術で呼び出すことのできる最高級の魔物の一つ、それを呼び出すのに最高級魔術師が一生を掛けても召還することができる可能性が一パーセントもないと言われるほどのものだ。
―それをまあ、こうも簡単に呼び出すだなんて、流石だなあー。
俺が知っているときよりも魔力が上がってる? いや、こちらの世界の力を応用しているのか。
―これはちょっと、気合を入れないといけない。
というか、ちょっと待て、それよりも重大なことをさっきこの幼女は口走らんかったか? 同性愛者だとかなんだとか……。
「って、同性愛者ああああああああ!?」
「行け! デュラハン! その、気持ち悪い男に鉄槌という名を死をみせな!」
『承知した』
―ええっと……。
『我の攻撃を受けよ!』
俺は相手の召還した超高級魔物なんかには、まったく目に入らない。
ずっと、自分が同性愛者だと思われた原因を頭の中で探求していた。
―いやあ、どうしてそんなことになったのか、相手と自分との認識の違いにびっくりだ。
『なぬ! 我の攻撃をこれほどまで避けた人物は初めてだぞ!』
―ってことはあれか、俺の行動って結構やばい感じに写ってたってことか?
『ならば、これならどうだ!』
―うわあ。それはショックだな。まさか、シャルみたいなことを俺がしてたなんて、最悪だ。ああ、この世から今にでも消えたい……。
『く、くそー、どれほど我を馬鹿にすれば気が済む!』
―でも、あれだな。逆に考えれば、ばれてないってことで、万事オッケーって考えればいいわけかな。
『はあ、はあ、はあ、あの、いい加減、一発くらいくらってくれませんかね? 頼みますから、そうじゃないと、俺の最高級魔物としての威厳がですね』
―よし、でもまずは俺が同性愛者だって誤解を解かないといけないな。
『ああ、もう、駄目動けない。もう嫌だ。帰りたい』
「ちょっと! 何諦めてるんだい!」
『いや、マスター。だって、相手は俺の攻撃を全部軽く避けるんですよ? しかも、まったくこっちを相手にしないで、何か考え事をしてますし、もう俺、心折れちゃいましたよ』
「それでも最高級魔物なのかい!」
『もうそれなら、返上しますよ。その称号、もう、駄目、田舎でゆっくりとくらいしたい』
―さてと。
「あのー、さっきの話なんだけど……?」
誤解を解こうと、俺は幼女に話しかける。
しかし、相手は、自分で召還した魔物とお取り込み中だった。
「あんな。気持ち悪いやつなんて軽く殺しなさいな! あんたの力は、一発でも相手に攻撃を加えられたら、それで、相手を殺すことができるっていう、なんともえげつないものなんだからさ!」
『いやいや、だって、当たりませんもん。どんだけ強大な力持ってても、当たらなかったら意味ないですやん』
―お? いったい何がどうなってんだ?
俺の目の前では、デュラハンと、幼女が言い争っている。
「ちょっとー! ヒカルー!!」
そのとき、聞き慣れてしまった声が鼓膜を振動させる。
―おいおい、今、お前には出てきて欲しくはないんだけどな。
振り返ると、そこには、体中に砂埃をつけた、一見すると、ただの白い塊にしかみえない者が近づいてくる。
―何がどうなって、そうなった!?
これから、カオスな未来を想像してしまう俺だった。




