番外編 IF 『お揃い』
*活動報告に載せていたIF作品です。
魔術師は、いつもの様に愚王子からナオに届いた趣味の悪い贈り物を燃やしました。
それは、一気に灰になり、何も残りません。
油断ならない宰相は、最近忙しくて森の中の神殿には来ないのですが、3日も置かずしてお菓子やお花のプレゼントが届くのでこれも灰にしました。
神殿の扉で立っている愚騎士は、問題外なので放置ですが、時々、中に入ってこようとするので入れないようにシールドをはっています。
全部、全部、ナオの知らない事。
そのナオなのですが、最近様子が変なのです。
魔術師は、病気になったのか心配になりましたが、彼女の“オーラ”は至って健康。
でも肝心のナオは、そわそわしているので、魔術師は思い切って聞いてみる事にしました。
「ナオ様? 何か悩み事ですか?」
水につけている豆が入った桶をずっと覗き込んでいたナオは、突然に背後から魔術師に声をかけられて吃驚。
「魔術師様!!」
手が滑って思わず、桶をひっくり返してしまいました。
ナオのスカートもビチャビチャの水浸しです。
「…ご、ごめんなさい」
「ナオ様、大丈夫ですか?」
そう言って、魔術師は何かの呪文を唱えると、ナオのスカートに熱い空気がブワリと舞って、あっという間にスカートを乾かしました。
「…ありがとう」
「いえ。 ここは、僕が片付けておきます」
「いいえ、魔術師様! 私がやります」
「…では、二人でやりましょう」
「……はい」
桶を戻し、散らばった豆を一粒づつ拾っていきました。
「……」
「……」
黙々と拾い続ける二人。
魔術師の魔術を使えば、豆なんて一瞬で拾い集められるのですが、ナオと一緒に居るときは、ナオが辛い目に合わない限り、出来るだけ“魔術”は使いません。
一瞬の魔術は、ナオとの一緒に居る時間を奪ってしまうと気付いたからでした。
出来るだけゆっくり、一粒一粒、丁寧に、ナオとの空間を大切にしている魔術師にナオが、意を決した様に声をかけました。
「魔術師様! 何か…して欲しい事はありませんか?」
「……? ナオ様?」
「私、ずっと…魔術師様にお世話になりっぱなしで…何かお礼をしたいんですが…お金もなくて。 だから何かありませんか? お使いでも。肩もみでもなんでも」
「………」
――なんでも
それは、とても甘美な言葉。
ナオからその言葉をもらった魔術師は、一瞬薄暗い欲望が湧き上がりましたがすぐに蓋を閉めました。
(これでは、他の3人と同じになってしまう。でも…これくらいなら…許されるだろうか)
「では…」
「は、はい!!」
ナオの期待に満ちた瞳。
例え目で見えなくても、魔術師にはとても眩しく感じました。
「…名前を呼んでいただけませんか?」
「名前ですか?」
(え、えーと)
ナオは釈然としませんでしたが、それが魔術師の願いならぜひ、叶えたいと思いました。
「それだけでいいんですか?」
「ええ。マリユスと…」
「マリユス様…?」
すると、どうでしょう。
普段、表情があまり変わらない魔術師が、微かに微笑んでいるではありませんか。
ナオは初めて見た魔術師の微笑みに目が奪われてしまいました。
(な、なに?)
冷たい豆を触っていた手も、熱くなり、頬も上気してきたのです。
ドキドキドキドキ
心臓も何やら煩いです。
この距離間。
魔術師に聞こえてしまうと思ったナオは焦りました。
「ナオ様?」
「す、すすすすいません!! 洗濯物を取り込んできます!!」
立ち上がった時に、再度、桶をひっくり返してしまい、水に濡れた床にダイブ。
今度は、ナオの表面がびしょ濡れになってしまいました。
「ナオ様」
「あ、いいです。このままで!!」
魔術師が、再度、魔術を使おうとするのを止めました。
だって、冷たい水が身体の火照りを冷やしてくれたのですから。
「魔術師様、ごめんなさい。私、一人で拾いますから」
「………」
「魔術師様?」
「………」
「………マ…リユス様」
「はい、ナオ様。 僕も一緒に拾わせて下さい」
そして、またあの笑みを浮かべたのです。
前言撤回。
冷たい水でも、顔の火照りは収まりません。
ますます、鼓動も早くなるばかり。
(~~~~っ!!)
なんだか、ナオは泣きたくなりました。
「その前に、ナオ様は着替えて来て下さい」
「……っ」
「ナオ様?」
「ま、マリユス様は、ずるいです」
「どうしてですか?」
「マリユス様の笑顔は…ずるいです」
「……」
魔術師は改めて、ナオを見ましたが、ナオは慌てて顔を背けます。
真っ赤になった顔を見られたくなかったのです。
でも、魔術師にはすぐに気付かれてしまいました。
ナオが、魔術師の笑顔にドキドキした事を。
「…ナオ様、今、僕とナオ様はお揃いですよ」
「お揃い?」
両手を頬にやり、なんとか顔の火照りを取ろうとしているナオに対して、魔術師は甘い言葉を伝えます。
「僕もいつもナオ様を見てドキドキしていますから。名前を呼んでいただけてもっと、ドキドキしています」
そう魔術師に囁かれた後。
ナオの鼓動は、物凄いスピードを増したのでした。
おしまい。
『ナオちゃんが魔術師さんにときめくところなんかと見てみたかった』のリクエストで書いてみました。
リクエスト有難うございました。




