第7話 真相
あれから数日が過ぎた。
私と母は、何度か警察から連絡を受け、市内中心部にある高瀬警察署に足を運んだ。
ともちゃんも話を聞かれたと言っていた。
お母さんは時々、気づかれないように泣いたり、力が抜けたように遠くを見ていたりしていたけれど、私の前では気丈に振る舞っていた。
そんな母に、どう接したらいいのか分からないまま胸の奥に痛みを抱えて日々を過ごしていた。
夜、ベッドに横になってスマホの画面を見ると、姉のニュースが更新されていた。
最初に報じられたときは、『白骨化した頭蓋骨が発見された』――それだけだったが、それが姉のものだと分かってからは、ニュースでも大きく取り上げられるようになっていた。
『――15年前に行方不明の少女、床下から頭蓋骨
父親を殺人容疑で逮捕』
2011年8月に行方不明となっていた少女の頭蓋骨が、かつて宗教団体の施設として使用されていた建物の床下から見つかった事件で、警察は少女の父親、平岡隆容疑者を殺人の疑いで逮捕した。
DNA鑑定の結果、発見された頭蓋骨は、15年前に行方不明となった平岡彩さん(当時7歳)のものと確認された。
平岡容疑者は当初、事件への関与について黙秘していたが、その後の調べに対し、彩さんを殺害したことを認めた。
警察によると、平岡容疑者は当時、宗教団体に所属しており、事件について宗教団体との関連を示す供述をしているという。警察は、事件の背景についても詳しく調べている。
また、事件で使用されたとみられる斧が押収されており、警察は詳しい鑑定を進めている。
事件をめぐっては、彩さんの祖母、平岡久子さんについても捜査が行われたが、殺害への関与を裏付ける十分な証拠は確認されていない。
一方、事件の舞台となった宗教団体は現在も活動を続けている。
団体側は、今回の事件について「一部の関係者が独自の思想に基づいて行ったもので、団体として関与したものではない」とコメントしている。
警察は、団体の活動実態や当時の関係者について、引き続き捜査を進める方針。
私はスマホの画面を消して、枕に顔を埋めた。
「はぁ……」
思わず、ため息が漏れた。
ゆっくりと顔を横に向け、ぼんやりと壁を見つめる。伸ばした腕は、力なくベッドの上に投げ出されていた。
目を閉じると、また考えてしまう。
お姉ちゃんのこと。
お母さんのこと。
私が忘れてなかったら――。
胸の奥が、重く沈んだ。
一昨日、母と高瀬警察署に行ったときのことが頭に浮かんだ。
自分の事情聴取が終わり、母がいる部屋の近くにある長椅子に腰掛けて待っていたときだった。突然、中から母の叫び声が聞こえた。
「どうして、あの女が捕まらないのよ! あの女が隆を使って、彩を殺したの!
あの女が、知らないわけないのよ!! どうして……」
私は、思わず肩を震わせた。
『あの女』――母は、そう言っていた。
隆とは、離婚した父親の名前だ。
きっと、祖母のことを言っているのだろう。祖母とも、父と離婚して別々に暮らすようになってからは会っていない。確か、四、五歳ごろだったと思う。あまり覚えていないけれど、優しいおばあちゃんだった気がする。お楽しみ会も、おばあちゃんとお父さんと一緒に行っていたと思う。
おばあちゃんも、一緒に……。
俯いていると、ドアが開く音がして我に返った。
「あっ……」
席を立つと、母の泣き腫らして真っ赤になった目や、血の滲んだ唇、苦しそうな表情が映った。私に気付くと、一瞬、顔を手で覆ってから、普段の表情に戻った。
「咲、待たせてごめんね。ちょっと、お手洗いに行ってくる」
それだけ言って、早足でその場を離れていった。私は、その後ろ姿を見つめて俯いた。
『どうして、あの女が捕まらないのよ! どうして……どうして……』
母の声が、私を責めるように頭の中で響いていた。胸が、きゅっと締めつけられる。
目の奥が熱くなって、涙が溢れそうになった。
そのとき、そばにいた二人の警察官のうち、一人の中年の男性が私に声をかけた。
「今日は、これで終了ですので、お帰りになって結構です。ご協力ありがとうございました。また何かありましたら連絡させていただきます」
私は、はっとして慌てて一礼した。
「はい。ありがとうございます……」
男性は、それだけ言うと、その場を離れていった。
「先ほどのお母様の声、聞こえてましたか?」
突然のその言葉に、私は驚いて声のした方を見た。もう一人の、若くて背の高い警察官が隣で私を見下ろすようにしていた。
一度、私が事情聴取を受けたときに見かけたことがある。
二十五歳くらいだろうか。白いワイシャツに黒っぽいスラックス姿で、整った顔立ちの黒髪の青年だった。
けれど、その目はひどく冷めていた。まるで自分の心を見透かされているような気がして、言葉に詰まる。
俯き、胸の前で手を重ねた。
何を言われるのか――怖かった。
「……はい」
「咲さんは、お姉さんが殺害されたあの場所で、お祖母様がいたかは分からない、とおっしゃっていましたよね?」
「……はい。父の後ろに……何人かいたと思います。でも、それがおばあちゃんだったかは……」
事情聴取された時にも、そう話した。
お父さんと、そばにいた女性の顔ははっきりと覚えている。けれど、それ以外の人のことは、よく覚えていなかった。
嘘の証言をしてはいけない。
そう思う反面、もし、おばあちゃんが逮捕されて、お母さんが救われるのなら……あの場にいたと、話した方が良かったのかもしれない。
そんな考えが、頭をよぎった。
けれど、そんな思いを掻き消すように、男性ははっきりとした声で言った。
「仮に、咲さんがお祖母様を殺害現場で見ていたと証言しても、お祖母様を起訴するのは難しいでしょう」
「え?」
驚いて、顔を上げる。
「お祖母様は、黙秘を続けています。事件に関与した証拠も痕跡もありません。
咲さんが、お祖母様がその場にいた、もしくはお姉さんの殺害を目撃したと証言しても……それだけでは、起訴するのは難しいでしょう」
「……」
ごくりと唾を飲み込んだ。
その言葉をそのまま受け取るなら、私が何を言っても……おばあちゃんは捕まらない。私の言葉には、意味がない。
たとえ嘘をついても……何を言っても、もうお母さんのために私は何もできないんだ……。
そう思うと、目の前が真っ暗になった気がした。
それなのに……なぜか、ほんの少しだけ、ほっとしてしまった。
あの時、私は四歳だったんだ。きっと、怖かったんだ。怖くて怖くて……それで、きっと――
「……だから、思い出せなかった自分を責めなくていいんですよ」
彼の声は、思っていたよりもずっと優しかった。その言葉が、ゆっくりと心に染み込んでいった。
私はベッドの上で身体の向きを変えて、横向きに寝転がった。
おばあちゃんは、やっぱり捕まらないんだ……。あの言葉は本当なのかもしれない。
胸にそっと手を当てた。
お母さんを見ていると、やっぱりまだ胸が痛くなる。けれど少し前の突き刺すような痛みが、わずかに和らいでいる気がした。
目を閉じると眠りに落ちていった。
ただ――。
宿で見たおばさんや、庭で見た子供たちのことは、どこにも書かれていなかった。
おばさんは、宗教団体の当時の名簿に名前がなく、子供たちも宿泊記録に残っていなかった。近所の子でもないという。
宿のおばさんも、子供たちのことは知らないと言っていた。
それが、警察から聞いた全てだった。




