第6話 帰り道
「……け、警察……呼んでくる。商店に行って電話を借りてくるから。みんな、外に出るぞ」
おじさんは私たちを部屋から出すと、慌てて外へ飛び出していった。
私たちは食堂に集まり、しばらくするとパトカーがやって来た。
隣に座っているともちゃんは、もういつもの様子に戻っていた。
「どうして、あの部屋に行ったの?」
そう聞くと、ともちゃんは戸惑ったような笑顔で答えた。
「なんでだろう? 私も分からないの。何かに引っ張られてるような感覚で、気づいたらあそこに……」
それを聞いていた圭たちは、「霊に取り憑かれてたんじゃないか」と声を静めながらも、興奮した様子で話していた。
私たちは一人ずつ順番に別の部屋へ呼ばれ、警察官から話を聞かれた。
「あの、見つかったものって、子供の……七歳くらいの女の子の頭ですか?」
部屋に入るなり、そんなことを口にした私を、警察官は驚いた表情で見つめていた。
「私、昔ここに来たことがあるんです。それで……お姉ちゃんが。ほんと、昨日まで忘れてたんですけど。でも、夢で見たことがあって。怖い夢だって思ってたんです。
でも……昨日ここで眠ってから、お姉ちゃんの夢を見て。そしたら、あれ? これ、夢じゃないんじゃないかって。本当、なんで思い出さなかったんだろう……。
でも! 見たんです。お姉ちゃんが……お父さんに殺されるところを。斧で、お姉ちゃんの首を…… 斬って……た、多分。ちゃんとは見てないんですけど、でも夢の中でお姉ちゃんがあの部屋で呼んでたんです。
それで、朝、ともちゃんがあの部屋に行って、指差した時……『あ、ここだ』って。ここに、お姉ちゃんがいるんだって」
堰を切ったように、言葉が口から溢れ出した。うまくまとまらない頭を、必死に動かして、目の前の警察官に伝えた。
夢とは言わなければよかったかもと、少し後悔した。
けれど、警察官はそれを気にした様子もなく、姉のことを聞いてきた。
食堂に戻ると、宿のおじさんが作ってくれたおにぎりを、みんなで食べた。
あやかは宿のおじさんに笑顔で話しかけ、圭は自分で握ったのか一番大きなおにぎりを口いっぱいに頬張っていた。
コップに水を注いで飲んだ。乾いていた喉が潤っていく。こんな時なのに、どこか普段通りの風景に心が落ち着いた。
それから少し経った頃、突然、お母さんが慌てた様子で辺りを見回しながら食堂に入ってきた。
「お母さん!」
驚いて駆け寄ると、強く抱きしめられた。
「咲……良かった」
母の口から、安堵の声が漏れた。
何があったのか分からなかったけれど、泣く母を見て、何かあったのかもしれない……と思った。
警察官が近づいてきて、声をかけてきた。
「平岡咲さんのお母さんですか? 少しお話を伺ってもよろしいでしょうか?」
案内された部屋で、私たちは警察官から一枚の写真を見せられた。
そこに写っていた白い頭蓋骨を見て、母は姉の名前を呼んだ。
やっぱり、お姉ちゃんなんだ――。
そう思った瞬間、胸が締め付けられた。
もっと早く、お姉ちゃんのことを伝えられていたなら。
あんなことになる前に、私が止められていたら。
そんな後悔が、頭の中を駆け巡った。
けれど、目の前で泣き崩れている母を見て、ようやく分かった。
お姉ちゃんのいない十五年間。
私にとっては、それが当たり前の毎日だった。
でも、お母さんにとっては違った。
お母さんはずっと、お姉ちゃんが生きていると信じていたんだ。
それなのに私は、馬鹿みたいに、ただの怖い夢だと思って忘れてしまっていた。
お母さんが、どんな気持ちで毎日を過ごしていたかなんて、気づかずに。
もっと、早く思い出してたら――
胸の奥が締め付けられて、言葉が出なかった。
ただ、泣き崩れる母の背中を、そっとさすることしかできなかった。
日も傾いてきた頃、警察官が食堂に集まっていた私たちに声をかけた。
「それでは、また何かありましたらご連絡いたします。ご協力ありがとうございました」
話が終わると、私たちはそれぞれ帰り支度を始めた。
ともちゃんが母に声をかけ、一緒の車で帰ることになった。
宿のおじさんが、「こんな事になってしまい、申し訳ありませんでした」と頭を下げてきた。その隣で、おばさんも深々と頭を下げ、外まで見送ってくれた。
母が手際よく二人の荷物をトランクに詰め込む。私たちは、後部座席に座った。
ドアを閉めると、外の騒がしさが遠のき、静かな車内に、ともちゃんの落ち着いた声が響いた。
「咲……」
隣で、心配そうに私を見つめた。
「ん、大丈夫だよ」
そう返すと、ともちゃんは、ほっとした表情を浮かべた。
けれど、お姉ちゃんの名前を呼んで泣き崩れた母の姿が、頭から離れなかった。
運転席のドアが開き、母が乗り込む。エンジンがかかると車体が小さく振動した。
ゆっくりと走り出したあと――私の耳に、かすかな声が届いた。
『とおりゃんせ……とおりゃんせ……』
消え入りそうな子供の声と、女性の声。
宿の方から聞こえてくる。
私は反射的に、窓の外を振り返った。
宿のおばさんだけが、まだ外に立っていた。
――目が合った。
おばさんが、ほんの少しだけ、笑った。
その瞬間。
十五年前、姉のそばにいた女の顔と重なった。
白髪も、皺も、あの時はなかった。
だけど……あの目。あの、ほんの少しだけ笑う口元。
全身の鳥肌が立ち、血の気が引いていく。
私は反射的に視線を車内へ戻した。
姉を押さえつけた女の人だ。
震える手を握りしめた。
胸の奥が早鐘を打つ。呼吸が苦しくなり、強く目を閉じた。
その様子に気づいたともちゃんが、私の肩を抱き寄せて、私の手を優しく握った。
「咲、大丈夫、息吐いて。ね、大丈夫だから」
もう片方の手で、背中をさすってくれる。
ともちゃんの温かい胸元に顔を埋めるように、ぎゅっと抱きついた。
少し速い心臓の音が、自分の鼓動と重なるようだった。
けれど……耳の奥には、まだあの歌が残っていた。
終わっていない――とでもいうように。




