第4話 奥の部屋
※ホラー・ミステリー作品です。苦手な方はご注意ください。
夢から覚めても、恐怖だけが身体にまとわりついているようだった。
いつも見てた夢は、ここだったのかもしれない…。そう思うと、震えが止まらなかった。
窓から朝の光が差し込み、冷え切った身体を温めていく。蝉の声が、外から煩いほどに聞こえた。
私は、肩を抱きながら、ゆっくりと息を吐く。
大丈夫、大丈夫。あれは夢なんだから——
部屋の中では、既にあかりたちが起き出していて、布団を畳んだり、髪を整えたりしていた。昨夜と変わらないその顔ぶれに、少しだけ安堵する。
上体を起こし、隣の布団を見ると、昨夜、ともちゃんが寝ていたはずの場所には、誰もいなかった。
ガラッと襖が開き、ともちゃんが部屋に入ってくる。
「咲、おはよう」
見慣れたその姿にほっとする。すでに、着替えだけでなく髪もメイクも整えていた。
「おはよう……」
私を見て、ともちゃんは隣に腰を下ろし、心配そうに顔をのぞき込んできた。
「大丈夫?咲、泣いてるよ」
温かい手が私の頬を包み、目尻の涙をそっと拭う。
「ん……ちょっと、変な夢を見て……」
声が震えていた。
ともちゃんの腕が伸び、抱きすくめられる。
突然のことに、身体がびくっと跳ねた。
「怖かったんだね。大丈夫だよ」
子供をあやすように、私の頭をそっと撫でてくれる。それだけで徐々に全身の力が抜けて、安心できた。ともちゃんを、ぎゅっと抱き返す。
「ありがとう」
見上げると柔らかな眼差しがあった。
そうして二人で和んでいると、あかりの元気な声が飛んできた。
「ちょっと咲、いちゃついてるところ悪いけど、早くしないと朝食の時間になっちゃうよー」
はっと我に返る。
「ああー、まだ顔も洗ってないよ」
慌ててともちゃんの腕から抜け出し、バッグから洗顔用品を取り出す。
「咲」
ともちゃんが呼び止める。
「ん?」
「夢って?」
「え?」
ともちゃんの表情が、少し曇る。いつも通りの柔らかなはずの顔が、何かをためらうように少しこわばっていた。
「私も、変な夢見たから、気になって……」
「あ……」
夢の内容を話そうとしたけれど、上手く言葉にまとまらなくて、ひとまず後回しにすることにした。
「ごめん、ちょっと、顔洗ってくるね!」
部屋に戻ると、ともちゃんがそれ以上夢について聞いてくることはなかった。
やがて朝食の時間になり、みんなで食堂へと向かう。
隣に座っているともちゃんは、食事中もどこかぼんやりとしていた。
いつもと、何かが違う気がする。
変な夢って……ともちゃんのは、どんな夢だったんだろう。
私のは、うまく話せる自信がないな。それに『夢』というには、あまりにも——
食事を終えて食器を片付けていると、ふいにともちゃんが立ち止まり、誰もいない廊下を奥へと歩き出す。
「ともちゃん?」
声をかけても反応がない。焦点の合わない目で、真っ直ぐ前を見つめている。それなのに、足取りには迷いがなかった。
「え?ちょっと、どこ行くの?」
私は慌てて後を追った。
宿のおじさんは、ともちゃんの様子を見て、少し不思議そうな顔をした。
「あれ?どうしたの?」
——あの廊下の先にあるのは、以前から客の間で「幽霊が出る」と噂され、滅多に使っていない部屋だ。あそこを案内した覚えはない。この子たちが、あの場所を知っているはずがないのに。
おじさんは、そう思いながらも嫌な予感を覚え、二人の後をついていった。
ともちゃんは、突き当たりにある古い襖の前で、ぴたりと足を止めた。襖を開け、畳間の中を指差す。
私は息を呑んだ。
夢の中で見たのと、まったく同じ部屋だった。
「……あ」
顔から血の気が引いていく。
姉の……頭があった……あの部屋だ。
「どうしたんだい?」
おじさんの声が、ひどく遠くに聞こえた。私は震える声で尋ねた。
「あっ……あ、の……この下って……見れ…ますか?」
「下?」
おじさんは首を傾げ、少し難しい顔で考え込んだ。
――この宿を数年前に買い取ったとき、一度、床下も点検した。確か、何もなかったはずだが。
後ろからぞろぞろやってきた男子たちが、面白がるように口々に声をかけた。
「え? なになに?」
「お宝?」
「徳川の埋蔵金!」
「死体埋まってたりして」
圭がスマホを片手に録画を始めた。
「ここからなら、すぐ下が見られるはずだよ」
おじさんはそう言って畳を持ち上げ、床下点検口の蓋を外した。懐中電灯を手に、しゃがみ込む。
頭を少しだけ入れ、暗い床下を照らす。何年もの間、光を浴びずに澱んでいた、冷たく湿った空気が顔にまとわりついた。日の当たらない古い木と土の匂いが混ざり合った、特有の臭気が鼻腔を鋭く突く。
懐中電灯の一筋の光のなかで、細かな埃が白く不気味に舞い上がった。
何もない――そう思った矢先、ライトの光の端で、土の一部が崩れているのに気づく。
えぐれた土の隙間から、白いものが僅かに覗いていた。
「……なんだ、あれ」
おじさんはライトを向けたまま、しばらく動けなかった。
「……け、警察……呼んでくる」
おじさんは勢いよく立ち上がると、「商店に行って電話を借りてくるから、みんな早く外に出るぞ」と、少し慌てた様子で言った。私たちを促すように部屋から連れ出すと、そのまま外へ駆け出していった。
ただ事ではない様子に、周りにいた男子たちも顔を強張らせた。
「え……マジ……?」




