#53 スナップ――詭弁
「軍司令官閣下、いまこそ決断のときです! 百年に一度の好機を逃すおつもりですか!」
北部条約機構、情報省長官シャッテンは詰め寄るように訴えた。
「まあまあ、落ち着きたまえ。立っていないで座りたまえ。正面突破も悪くないが、その前に裏口を確認せんことにはな」
白髪交じりの髪をオールバックにしたスナップ司令官の口元には、いつものように葉巻の煙が纏わりついていた。
「決断を下す前に、二点確認したいことがある。まずは、謎の宇宙船と異星人らしき遺体の件、つぎに、ルフトとかいう男の件だ」
シャッテンは、その質問への解答は想定済みといわんばかりに、滔々と論じはじめた。
「謎の宇宙船と異星人らしき遺体につきましては、もはや問題外です。調査隊は縄張り争いでいがみあってばかりで、一向に成果があがっていません。太陽系連盟も調整する気はまったくないようです。東西どころか右を見ても左を見ても、暇さえあれば『我々に権利がある』と騒いでばかりで、調査は手詰まり状態です。
その点、我が方も相当に力を入れましたが、兵器の設計製造に関するめぼしいデータが得られないのは、もはや明白といって過言はありません。
つぎに、ルフトの件ですが、これもまた取るに足りないことかと。熱しやすく冷めやすいのがメディアであり大衆です。いまでは話題にする者もすくなくなりました。それに、あの男が生きていようが死んでいようが、もう大勢にはなんの影響もありません。
それより問題なのは、宇宙機構の本部長ヴァルトJr.の辞任劇です。すでに機構内に潜む内通者や協力者から、我が方に歩みよる旨の申し出が数限りなくあがってきていますが、ここであまりにも宇宙機構との関係を深めてしまうと、奴等に寝首を掻かれかねません。
ですからここは、一気呵成、鎧袖一触に南部連合を攻め落とすべきです。南の戦力の半数はいまや撃破可能です。その半数を可及的速やかに完膚なきまでに叩き潰してしまえば、向こうはこちらからの停戦交渉を、無視することも出来ますまい。さらにそこで、残った艦隊の半数を我が方への賠償として掠め取ってしまえば、宇宙機構など問題にもなりません。
もしも南軍が停戦を拒むのであれば、一艦残らず殲滅するのみです。太陽系連盟も東西も、先にお話したとおり、調査隊の縄張り争いと同じように、兵器開発についても装備の運用についても、連携を欠いております。さらには、我が方が初戦の奇襲にさえ成功すれば、負け戦に決まった南に加勢するなど、わざわざ望みしませんでしょう。
軍司令官閣下、これほどの好機はそれほど滅多にお目にかかれるものではありません。
南のあの静かな戦略はいうなれば『寝た子を起こすな』という見せかけのハッタリです。訓練や演習を怠っている軍になにができましょう。情報省内部にも、艦内での仮想現実訓練装置の効果を過大視して慎重論を唱える者もいますが、あんなものはまやかしです。汗をかき、ときに血を流してまで訓練した者が勝利の栄冠に預かるのです。
時はいまです、軍司令官閣下!」
シャッテンの一世一代ともいえる演説が終わったとき、スナップの心はほとんど定まっていた。
しかし彼は、ひとまず冷酷な皮肉をもってやり返した。
「なるほど。――しかし、貴官はいつから情報省ではなく、軍令省と作戦省に鞍替えしたのだね?」
「行き過ぎた発言があったことはお詫びします。しかしこれは閣下の栄達を思っての進言と心置きください」
スナップはシャッテンの言上が、食わせ犬であるのを見抜いていたが、念のためにさらに牽制した。
「それで、連盟や各国政府からの軍資金、つまり資金援助のほうはどう考えるね? それが滞れば、やがてはじり貧ということもありえる。私と君の夢である究極兵器の開発にも大打撃だ。君はそこをどう考えているのだね?」
「はあ……そこは軍政省の管轄でして、わたしの手には負えませんが……」
シャッテンは弱点を突かれたかのように、急に言葉を濁しはじめた。
「二言目には管轄といえば逃げられると思っているのかね。まあいい、その件はわたしにも考えがある。なにしろ古い友人が方々にいるからな。――ともかくも話しの内容には一聴する価値はあった」
そういうとスナップは薄気味悪いくらいなにもいわなくなった。
いくばくかの時間がたったあと、シャッテンは恐る恐る口を開いた。
「それで、ご決断は?」
シャッテンは余裕綽々な顔つきでいった。
「決行だ――。作戦開始日のXデーは今日より一週間後とする」
「ご英断です、閣下! ――ところでどうですか? この際、先陣に立ってご観戦あそばれてみては?」
スナップは不敵に笑ってからいった。
「君はアメリカン・フットボールは好きかね?」
「いいえ特には……」
「わたしは立体テレビで観戦するのが好きでね。――まあ、そういうことだ」
この日、北部条約機構全軍に対して『中性子星作戦』の準備命令が下された。




