#47 クーリエ――不案内
エイミーとルフトとの面会は終わった。
そして、リッキーの婦人科検査も終わりに近づいていたころ、祖母と孫娘のあいだで揉めごとが起こった。
「お婆ちゃん、お願い、お願い! 一生のお願い! リッキーの検査結果をわたしに持たせてディッキーに届けさせる役をやらせて! お願いだから! ねえお願い!」
「だからそれは、いらんお世話だと何回いえばわかるんだね」
さすがのエポラールもエイミーのあまりの強情さに呆れかえっていた。
検査結果が思わしくないことから、エポラールは医療ドロイドが各種の治療法を試すと踏んでいたため、まだ時間がかかると読んでいたが、いまにもリッキーが現れそうで気もそぞろだった。
「リッキーはルフトさんと同じように、わたしにとって大事な人なの」
「あんたまだわからんのかい? あんたがルフトのなにを知っとるというんだい」
「ええ、知らないことだらけよ。でも、少しのあいだだったけど、大切なことを教えてもらったの。それにお婆ちゃんは知らないけど、ルフトさんと川に浮かべたボートで過ごしたときのことは、一生忘れられないと思ってる。あのときは俄雨が降ったのよ。わたしはストローハットを被って、ルフトさんはわたしが手渡したハンチング帽を被ってたの。ああ、話のわかる優しいお爺ちゃんてこんな感じなんだなあ……って感動したの。仕事なんて投げ出して、しばらくでもいいから祖父と孫を演じていられたらって……」
「あんた……きついことをおいいだね……」
「ねえお婆ちゃん、これ見て!」
エイミーは髪を払って、左耳に着けた緑色のLEDピアスを見せた。
「なんだい、その子どもの玩具みたいに安っぽく光ってるのは?」
「これ、アラバマの本部でディッキーが会ってくれたことに対する、ルフトさんからのお礼なの。左耳にする意味はわかるでしょ?」
エポラールは孫娘の肩を引き寄せて、それをじっくりと見た。
「ははあん……なるほどね。――でもこれはルフトとシレーヌの繋がりが切れていないことを知らせていたLEDだね。――なるほど、あの人はそれをヴァルトJr.とあんたに託したってわけかい」
「いってる意味がよくわからないけど?……」
エイミーは悲しんでいるのか、怒っているのか、困惑しているのか判然としない表情で、祖母の瞳を覗きこんだ。
「わからなくて結構。――でもひとつだけ約束してくれるかい? このことは絶対の秘密だし、リッキーはもちろんあんたもこの内容を知っちゃあいけない。これを見ていいのはヴァルトJr.だけ。それを約束できるかね? もちろん、あんたら以外が知るなんてもってのほかだ」
「大丈夫よ、もう二度と同じミスはしない」
「なんだいそのいい草は? 以前に失敗したみたいじゃないかい?」
エイミーは、タブレットをハンツ川に投げ込んだ出来事が、ルフトを追い込む最大の原因だったかもしれないという自責の念を、払拭できていないようだった。
「あれは失敗だったのかな? そうじゃないのかな? わからないの。お婆ちゃんがいったとおり、それを確かめるためにルフトさんに会いにきた面は確かにあったの……。でもね、もうわからなくなっちゃった。なにもかもわからなくなっちゃった。だってルフトさん……。でも、大切な人を守りたいって気持ちだけは変わらないの。それはルフトさんもリッキーもパパもママも、お婆ちゃんだってそうだよ」
「エイミー、あんたは本当に馬鹿な子だね。あたしに似すぎた。この先も苦労するよ。覚悟はできてるのかい?」
エイミーは小さく頷いた。
「仕方のない子だ」
エポラールはゆっくり立ちあがって表示盤を操作し、リッキーの検査結果を書き写したメモリーカードを引き抜いて、エイミーに手渡した。
そのあとの表示盤は、ただ黒々とした艶のない画面になっていた。
「いいかいエイミー。決して見るんじゃないよ。もっとも、あんたが見たからってなんにもできゃしないんだがね。――いやだから心配なのさ。またルフトのときと同じように、なにもできない自分を責めるんじゃないかってね」
エイミーは封印されたメモリーカードを両手で大事そうに持ちながら、首を横に振った。
「ならいいんだがね……。まあいい、あんたがわかろうがわかるまいが話しとくけど、時間があるときにでも調べんしゃい。ε印の枇杷、そんでもって"果樹園"。このキーワードがなにを指してるのかがわかれば、あたしとヴァルトJr.がそれなりに知った仲だったってことで、納得できるだろうよ」
エイミーは胸のなかで、その符号が指すものをすぐに見いだせた。
ε は自分の家系三代にわたる名前の頭文字、すなわち、エポラール、エラステー、エイミーであること。枇杷は、母がはじめて園芸室で育てた果実であり、祖母の好物であること。さらに、"果樹園"はこのシェルターないしその入口になっている園芸室を指し、祖母のミドルネームであることにも気がついた。しかし、素知らぬ顔でいたのだった。
そのとき、検査室からなにもなかったかのようにリッキーが出てきた。
「あれ? どうかされました?」
「いやあの、また喧嘩しちまってね……」
「お婆ちゃんが強情だからよ……」
リッキーはぷっと吹き出し笑いをしたあといった。
「なんだか羨ましいです。主人は聞き分けがよすぎて、喧嘩にすらならないですから」
「あ、すまないがね、先に結果を見させてもらったよ。――どこも悪いとこはない。健康そのものだったよ。――それじゃそろそろ行こうかね。こういうところはあんまり長居するもんじゃあないからね。さあエイミー、立った立った」
三人は揃ってその部屋を出ていった。
それから、エイミーとリッキーは来たときと同じように、五日ほどかけて超電導車に乗ってアラバマに戻った。




