#44 ガーデニング――三世代
園芸室の扉を閉めたエラステーは、照明も点けずに備えつけの懐中電灯を手にした。
エイミーもリッキーも、さっきまでの彼女とうって変わった行動に驚きを隠せなかったが、ぼんやりと見えるエラステーの背中を無言で追った。
園芸室はそれなりの広さがあったが、エラステーはまったく迷いを見せずに足を運びつづけた。
そして、入口から一番見えにくい奥まった位置にある、なにも置かれていない場所を懐中電灯で照らしたまま立ち止まった。
エラステーは懐中電灯を床に置いてしゃがみこむと、床にある把手を掴んで重そうな扉を引きあげはじめた。
「エイミー、手伝いましょう」
「はい」
三人がかりでようやく引きあげた扉の先に、地下につづく階段が見えた。
「まさかこんなことって……」
エイミーの声を耳にしたエラステーは、振り向いて口の前に人指し指を立てた。
三人は靴音がほとんど響かない分厚いコンクリートを踏んで、踊り場を何度も通り過ぎて階段を下へ下へと下りていった。
いったい地下何階まで下りたのかわからなくなったころ、行き止まりにぶつかった。
「エイミー、リッキーさん、手伝って」
手入れがされているのか、行く手を塞いでいた扉はなんとか一人で動かせそうだったが、園芸室の床扉とは比較にならないほど分厚かった。
そこを通ったあとその分厚い扉を、また三人がかりで閉めなおしてから先へ進んだ。
エイミーは見るもの触れるものについて、あれこれ質問したい衝動に駆られていた。だが、それを必死に抑えているようだった。その代わりに彼女の両目は絶滅した動物を眺め尽くすかのように、くるくる動いていた。
床がかすかに傾斜しはじめた通路の先で袋小路にぶつかった。
エラステーは壁に設置されたパネルを開くと、そこにあるボタンを押した。
どこからかモーターが唸るような音。それに混じってポンプが作動している音がする。
その音が静まったかと思うと、袋小路になっていたドアがゆっくり左右にスライドして開いた。
――エレベーター?――。
エイミーは胸のなかで息をのんだ。
彼女の母に戸惑った様子は少しもなく、エイミーとリッキーを見て黙って頷いただけだった。
三人はエレベーターに乗りこみ、さらに下へ下へと降りていった。
ここなら大丈夫と思ったのか、エイミーが囁くようにいった。
「母さん、父さんは知ってるの?」
エラステーは黙って頷いた。
呆れ顔をしたエイミーは天井を見つめながら、
――いったいどこまで潜るつもり?――
と自分のいまいる場所を測りかねていた。
エレベータを降りてからも、三人は何度も分厚い扉を開けては閉めて先へ進んだ。
どこの床も微かに傾いていることにエイミーは気づいた。
――宇宙船の動力部に通じるルートみたい……。やたら厳重で息苦しかった。一度見学しただけだけど。というか、ママもそうだけど、リッキーまで顔つきが変わってしまって、なんだか怖い……。なにかのハルマゲドン映画みたい……。核戦争が起こって、みんなピリピリして親子で喧嘩どころか殺しあいをはじめるのよ……え? 核戦争? もしかしてこれって?――。
エイミーが考えごとをしながら歩きつづけた先の扉が開いたとき、風景が一変した。
それまでの灰色と鈍い銀色の無機質な世界とは違って、その部屋には人間が暮らしていけそうな佇まいがあった。
見慣れた家具や家電用品や冷蔵庫。デジタルアーカイブ用の大きなサーバや様々な表示が点っている通信機器らしきもの。そしてベッドやソファーやテーブル、それと対になった何脚かの椅子が視野いっぱいに広がっていた。
三人が入っていくと、部屋の片隅とも中央ともいえない場所にある、大きな背もたれのある肘掛け椅子がくるりと向きを変えた。
「お婆ちゃん !!」
遠慮なく声をあげたのはエイミーだった。
「ようやく来たようだね。――エラステー、あんたは戻って構わないよ。面倒をかけてすまなかったね。サムが夜中にでも起きてあんたが居ないと、大変なことになりそうじゃから、戻っておやり。あとのことは、あたしがぜんぶやるから」
「母さん、でもわたし……」
エラステーは娘のエイミーを心配してか、母にいいたいことがあるようだった。
「ええから、お戻んなさい。あんたはあんたの道を歩けばええんだわさ。いまさらあたしが拵えたものを少しでも引き継いでもらおうなんて、これっぽっちも思ってやしないから」
エポラールは指先で物を摘む仕草をしながらいった。
「なあに心配せんでいい。エイミーを悪い道に引きずりこんだりせんから。ただね……この子はあたしによく似たところがあるらしくてね、あたしと同じ轍を踏まんように、ちょっとばかり教え諭すだけのことだわさ」
「では、エイミーのこと頼みます」
「母さん、わたし大丈夫よ。お婆ちゃんとのことも、いい加減に折りあいをつけないとって思って来たんだもん。だから心配しないで」
「エイミー!」
エラステーは娘の名前を口にしたあと、つかつかと歩み寄ってエイミーを抱き寄せて名残り惜しそうにキスしたあと、リッキーに目礼して部屋を出ていった。
「それで、あんたがヴァルトの息子の嫁だね?」
エポラールは透きとおった翡翠のような瞳で、リッキーの全身を検分するように眺めまわした。
「はいそうです、リッキーといいます」
「エイミー、それからリッキーとやら。さてどうするかね? まずはあたしの話しを聞くかい? それともルフトに会うかい。といっても、あの人は話ができる状態じゃないがね。どっちにしたって時間がかかるんだけど、まあここはご覧のとおり一応は生活もできるから、寝泊まりの覚悟があるなら、聞きたい話はぜんぶしてやってもいいけど。どうするね?」
「リッキー、どうします?」
「ここまで来て焦ってもしかたないでしょう。お話しからするとルフトさんに会ってすぐになにか出来るようでもないようですし。なので、まずはお話しを伺うのが先でいいんじゃないかしら」
「わかりました。――ということよ、お婆ちゃん」
「じゃあま、二人ともお座り。――ああそれから、ここにはもう一人いてね、ルフトの元使用人なんじゃがね。そのうちお茶でも運んできたときに紹介するよ。カールといってあたしの友達でもあるんだわさ。これがなかなかええ男でな。ゆくゆくは恋人にしようかと、いま仕込んでるところだわさ」
「お婆ちゃん、その歳になってまだそんなこといってるの!」
リッキーは二人のやりとりを耳にしながら、吹き出すのを堪えながら、にこやかに微笑んでいた。
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「それで、あんたたち紅茶でええんかい?」
エポラールはそう訊いたあと答えを待たずに、内線電話を手に取った。




