#39 トラベル――北軍
エイミーが運転席に座った超電導車は、エポラールから指示された場所に向かって走っていた。
もっとも、たいていの時間は自動運転に任せ、二人は後部にあるラウンジで会話の花を咲かせていた。
「それにしてもこれは無いと思います。リッキー、不満に思わないんですか? いくら隠密行動だからって、高速は使うな。一般道で来いっておかしくないですか? もしルフトさんが危篤にでもなって、会えなかったら、わたし一生後悔の人生ですよ。――空港や飛行機では目立つからというのは理解できます。ええ、そうでしょうよ、監視の目がどこにあってもおかしくないですからね。でも、高速道くらいいいじゃないですか。超電導交通の高速専用道なら、アラバマからコロンビアまで一日もあれば、『奥様到着いたしました』『ええもうなの? たった一日ですけど?』てなものじゃないですか。でもまあ、高速専用道に監視があってもおかしくないですけど、そもそも利用台数が違うじゃないですか。――それに、どこの馬の骨ともわからないお転婆娘が、上品な貴婦人の付き添いをしてる凸凹な二人連れを誰が怪しみます? だいたいお婆ちゃんは歳のわりに心配しすぎなんですよ。年齢を重ねれば穏やかになって『ああ、いいわよいいわよ、あんたのお好きにおし』とニコニコしながらいうものじゃないですか? ――ああもう、お尻が痛い! この歳になって蒙古斑ができたからって、お婆ちゃんが責任とれるわけじゃないんだから」
エイミーはどうやら普段の自分を取り戻したようだった。
車中で繰り返される、長い独り言を耳にしながら、リッキーは相槌をうったり軽い意見をいったり、質問したり笑ったりした。
リッキーの振る舞いからは、心から楽しんでいる空気がいつも漂っていた。
とはいえ、超電導車とホテルを行き来する慣れない移動の日々からか、ときどき疲れを垣間見せていた。
「さて、そろそろお昼の時間ですね」
エイミーの大きな溜息。
「昨日もドライブスルー、今日もドライブスルー、明日もドライブするー、これじゃ体にも良くないんですが、リッキー体調は大丈夫ですか? ――まあその分、夜の宿泊先はわたしが目を配らせて栄養が取れてゆっくり休める場所を、見つけ出しますから安心してください」
「まかせるわ、エイミー」
エイミーの左耳では、着けているあいだだけ発光するように改造された緑色のLEDピアスが、光を放っていた。
それはまるで、「ルフトは生きている」といっているようだった。
――"ルフト博士 いまだ行方わからず!"
――"謎の船と異星人らしき遺体 軍がコメントを発表!"
――”太陽系連盟も注視 南北両軍に開戦はあるのか !?”
ルフトの失踪疑惑を口火として、世界中のメディアとそれに煽られた人々は、大混乱の渦中にあった。
「しかし、スナップ軍司令官、わたしども情報省にもそれなりの見解はあります」
北部条約機構軍司令部の一室では激論が交わされていた。
「シャッテン、いまは角つきあわせている場合ではないのは君にだってわかるだろう?」
白髪交じりの髪をオールバックにしたスナップ司令官の口元には、葉巻の煙が纏わりついていた。
「それにこの計画は、もともとわたしと君の部署の共同立案であって、どちらが上でどちらが下というのではないではないか」
「そうは申されましても軍の組織編成上、実質の主導権は軍令省にあり、わが情報省はその指示に従っている形です。それに、世間一般にしろ軍の常識からしてもそう見えているんです。その点を是非考慮して欲しいのです」
情報省長官シャッテンの顔立ちからは、諜報に携わっている人物に宿るといわれる影が感じられなかった。
だが、その表情には明らかに怒りがあった。
「まあその話をしはじめたら埒があかんだろう。いまは目前の問題に対処するのが先なのは、君だって百も承知のはずだ」
スナップはそこで口を閉じ、葉巻を深々と吸ってからいった。
「謎の宇宙船と異星人らしき遺体の件こそ重大だろう。あれは極秘中の極秘、究極兵器の開発に関係しているはずだな? もとより光子爆弾や反重力爆弾は夢の兵器みたいなものだから、時間がかかるのは十分知っているつもりだ。しかしだ、こうも安々と情報が漏洩したのはどういうわけだね?」
「お言葉ですが、司令。情報は漏洩していませんよ。あの、ルフトとかいう男の件はメディアが勝手に騒いでいるだけで、情報の漏洩はおろか流失さえありません。それはわたしが保証します」
シャッテンは自信というより確信に満ちた口調でいった。
「いや君、そうではないのだよ。わたしがいっているのは、漏洩があろうがなかろうが、いまの事態は受け入れがたいということなんだ。わからんかね? ――いいかね、あのルフトという男など問題ではない。あの男の件と軍の機密が関係づけられて語られている状況を、問題視しているのだよ」
スナップは、苛立ちを揉み消すように葉巻を灰皿に押しつけたあと、高価そうなケースからキューバ産の葉巻を取りだして火を点けた。
「しかし司令、それはわたしの力でどうこうなるものではありません。全世界、いや太陽系の隅々に渡って、わたしがメディアの口を封じるなど不可能です」
「だからといって君、このまま放置はできんだろう。南部がこそこそ嗅ぎ回ってることは君自身が報告したではないか」
「まあそれはそうですが……」
「つまりだね」
スナップはキューバ産の葉巻を灰皿におくとデスクに肘をつき両の手指を組んで、シャッテンをまっすぐ見据えた。
「君の仕事は三つだ――。謎の宇宙船と異星人らしき遺体が我が軍のものであるかどうか確証を掴むこと。もしそれが南のものであるというなら、それはそれで歓迎する。その場合、わが方は開戦の大義を得たことになるからな。――次に、究極兵器の開発だ。なにがあろうがこの件に関しての変更はない。だから、君がすべきはいままでどおり情報の漏洩に留意し、技術部との連携を欠かさぬこと。――次にもうひとつ。これは君が直接手を下す必要はないが、そのルフトとかいう男をできる限り早く始末しろ。既に民間軍事組織にその旨指示したという報告は君から聞いているがね。まあ、こんなところだろう。ほかになにかあるかね?」
「しかし司令、後者の二つに関しては問題ありませんが、開戦の準備には時間がいると思いますが? それに各国政府からの軍事費の援助にも懸念があります。もっとも、政治的なことはわたしの手に追えない部分ですが、念のために目を光らせておいたほうがよろしいかと」
デスクを殴る音が司令室に反響した。
「黙まれ! それは軍令省と作戦省の管轄だ。それに、我が方はすでに着々と準備を整えている。君が口出しすることではない。なあに、南など取るに足りん。先制の機はもうすでに整ってさえいる。万が一にも我が方が遅れを取ることはない。それに戦力もこっちが上だ。君は君の仕事をしてくれたまえ」
スナップはそういうと、灰皿からキューバ産の葉巻を取って深々と吸いこんだ。
「以上だ、下がってくれ」
「はあ、かしこまりました!」
席を立ち踵を打ちつけ敬礼して部屋をあとにしたシャッテンは、不本意そうな顔で呟いた。
「威張っていられるのはいまの内だけだ。極秘兵器の開発に成功すれば、我らが情報省と技術省の天下だ。あいつがあの椅子に座っていられるのもそう長くないだろう。それにあの男は政治に無頓着な軍事馬鹿だからな。遅かれ早かれ足をすくわれるだろう……」
シャッテンは待たせていた超電導車に乗り込むと、霧が晴れるようにどこかへと消え去った。




