#37 ウーマン――意地
エポラールからの電話によって、ルフトの現状と居場所を知ったディッキーは即座に決断した。
「エイミー、申し訳ないがルフトさんの様子を見てきてくれないか。それだけでいい。さっきの泣き顔を見てしまったから、それ以上は頼めない。あとはわたしが引き受ける」
ディッキーは大きくがっちりした手でエイミーの肩を叩いた。
「でも……」
エポラールとやりあって興奮したせいか、エイミーの口調には幾分か毅然さが戻っていた。
「でも?……。その先はいわなくてもわかるよ。また失敗したら……だろ?」
「はい……そのとおりです」
ディッキーはそれとなくリッキーに目配せしてからいった。
「だから、君が失敗したかどうか、まず確かめられる範囲で確認するんだ。そうすれば失敗は失敗でなくなる。――それに映画の台詞にこんなのがあった。『失敗こそ、偉大な師である』。――久しぶりにお祖母さんともゆっくり会って話すといい。こっちのことは心配しなくていいから。リッキーのお供ということでも構わないが、どうだね?」
「え? リッキーも行くんですか? でも……そんなことしたら、ディッキーはぜんぶ一人でやらなければならなくなります」
エイミーは行きたい気持ちと残りたい気持ちがせめぎあうなかで、もがいていた。
「ルフトさんにしろ、君のお祖母さんにしろ、ずっと一人でやってきたんじゃないかな?」
リッキーはエイミーの後ろから寄り添い、彼女の両肩を抱いていた。
「でも……」
「『でも』はこれで三回目だね。いったい何回いうつもりだい? そういう頑固なところはお祖母さんそっくりだ」
堪えきれなくなったリッキーがぷっと吹きだした。
「ちょっと、なんで笑うんですか?」
エイミーが振り向いてもリッキーはまだ笑っている。しかし、その仕草にはまったく悪気がなかった。
「というか、リッキーが行くっていつ決まったんですか? だってリッキーは――」
「いや、まだ決まってないよ」
ディッキーは平然として答えた。
「それでリッキー、君はどうするね?」
「もちろん、行きますよ」
「ということで、いま決まった」
ディッキーは超然としていった。
「え? わたし騙されたんですか? 二人とも狡いわ」
リッキーは笑い転げそうになりながら、額をエイミーの背中に押しつけた。
「エイミー、君はいささか人を信じすぎるところがある。前から危なっかしいと思って見てたんだけど、どうかな? それを自覚するためにも、この際だ、いい加減にお祖母さんとも折りあいをつけたほうがいい。誰のためでもない君自身のためだよ」
「でも……」
「わたしもその件で随分苦労したんだ。ことあるごとに親父の愚痴を聞かされてね。聞きたくもないっていつも耳を塞いでた。でも、あの人が死んで、自分が親父の立場になったとき後悔した。自分でいうのもなんだけど、わたしも人を信じやすい性分だからね。それで何度も失敗した。――ただ、勘違いして欲しくないんだが、人を信じるなといってるわけじゃないんだ。信じる信じないではなく、人を見極められる自分になることが大事なんだろうね。信じた人に裏切られた。そう感じてるのは自分だ。その気持ちをいつかどこかで捨てない限り、苦しむのは自分だ。人のせいにしてその人を恨んでも、自分のなかの苦しみは消えないからね。――いってること、わかるね?」
「ええ、わかります」
ようやく笑いの虫が治まったリッキーは、湯気の立つ三つのカップをテーブルに並べて、ソファーに腰かけた。
「ねえ、立ち話もなんでしょ、座って話したらどうですか?」
「ああ、ありがとう。エイミー、君も座ってくれ」
ディッキーはそういい残して執務机に向かうと、抽斗からなにかを取りだしてからソファーに身を預けた。
三人を包むようにダージリン紅茶の香りが漂っていた。
「リッキー、これはさっき淹れたのかい?」
「ええ、そうです」
彼女が目配せした先には見慣れないティーサーバーがあった。
「昨日まであんなものは無かった気がするが?」
「ありませんでした。でも、予感がしたんです。――だってあなたは、お客様の好みも気にしないから。わたしがいないと珈琲を飲めないお客様がいらしても、平気な顔をして嫌われるのが可哀想になったんです。そういう夢を昨夜見たんです。それで大至急届けさせました」
「なるほど、いささかスピリチュアルな気がするけど、いっていることには筋が通ってるね。――それで、どっちが付き添いになるつもりだい?」
「もちろんわたしです」
微塵の躊躇もなくエイミーが即答した。
ディッキーは突然深刻そうな表情になった。
「じゃあエイミー、これを持っていってくれ」
テーブルに置かれたのは、38口径の拳銃だった。
「そんなぶっそうなものは必要ありません」
「では君は、自分とリッキーの身の安全を保証できるんだね」
数瞬、部屋の空気が冷えて沈黙に支配された。
「こんなものがあっても、殺られるときは殺られるかと……」
エイミーの声からはまったく自信が感じられなかった。
「じゃあ、わたしはこれで自分の身を守ります」
リッキーはテーブルに、38口径"スペシャル"の婦人向け護身用拳銃を置いた。
「これもまた夢で見たんです。なので昨日、油をさして手入れをしました」
エイミーは置かれた二丁の拳銃を睨めまわすように検分してからいった。
「じゃあ、これがこうで、これがこう。これならギリギリ納得します。ですが、これ以上は誰になにをいわれてもあとには引けません」
置かれた拳銃の位置が入れ替わっている。
リッキーはクスクス笑ってから面白そうにいった。
「エイミー、これはどっちも"レディスミス"といってね、型は違うけど威力は変わりません。多少、使い勝手は違うでしょうけどね」
「ああもう嫌! なんでわたしこんなに騙されやすいの!」
エイミーは頭を抱えて悔しそうに地団駄を踏んだ。
「本当なら、特殊警護の五人や十人はつけて当たり前なんだが、なにしろ極秘に関わることだ。それに、さっきニュースで見たとおり、メディアがワイドショー的に取りあげてるからね。軍のことはわからないが、その手先になって動く民間軍事組織はもう動いてるだろう。だから今回はこういう方法しかない。わたしだって自分で飛んでいって確認したいくらいだ。しかし、あまりにも顔を知られすぎている。その点、君たちであればという苦肉の策だ。――万が一ということなど考えたくもないが……エイミー、さっきもいった通り、最後は自分の身は自分で守るしかない時もあるんだ。わかってくれるね? ――とにかく、ルフトさんの無事さえ確認できればそれでいい。こんな状況だが二人ともあまり肩に力を入れないで、普段どおりに振る舞うのが一番いいだろう。酷なことを頼んで申し訳ないが、よろしく頼みます」
「わかりました。納得しました」
そういうと、エイミーは二丁の拳銃を元の位置に戻してから、冷たい感触の金属を手に取った。
その日の深夜、エイミーがハンドルを握った超電導車は、リッキーを乗せてアラバマを出発した。




