#34 ワンダリング――周回
《リヒト・スヴィエート号》の露国区画にあるエアロックが開いて、小さな機械が送りだされた。
何者の工作によるのか、自爆とも投棄ともつかぬ爆薬を装備され、破壊行動を起こした従来型船外ドロイドの代替機だった。しかし、船外自動修復ドロイドの新型はわずかに三体だった。もちろん、設計変更で物騒な部分は改修され、いざというときはネライダからの命令で投棄が可能だった。
真新しい船外ドロイドたちは、宇宙塵や宇宙線で傷んだ外板の修理にかかった。とはいえ、船外の複数箇所に設置された通信機器に関しては、シレーヌが予想したとおり絶望的だった。Θ係数はついに±2.0を超え、実質上《リヒト・スヴィエート号》は送信の機能を失った。
たった三体の船外ドロイドでは、修理はおろか修復などとうてい不可能だった。
鯨から鰭を取り去り、尾鰭のある部分に十二基のエンジンを装備した白い船体は、長い航行であちこち汚れ傷ついていた。特に損傷が激しかったのは、従来型船外ドロイドに攻撃を受けた箇所だった。
幸いなことに、0.98cを超えてなお加速をつづけることで生じる加速度が、船の守護神になっていた。得られた加速度の一部で反重力場が形成され、船体全体を星間物質の衝突から守っていた。
二度目にシレーヌが目を覚ましたとき、集中治療室にフェーの姿はなかった。
「あの子……」
彼女は辺りを見回した。
「放っておくと、なにをしでかすかわからない……。ああ、そうだった……」
シレーヌは囁くように安堵を口から漏らすと、あげていた頭を枕に戻した。
「ネライダ、フェーの居場所はわかる?」
「はい、なんとか。少ない情報ですが、船長が前に意識を回復したとき、フェーから入手した生体情報で追跡可能です。もっとも、ときどき見失ってしまうんですが」
「あなたもわたしと同じね」
「といいますと?」
「あの子を探し歩いて、半日以上、船内を歩き回ったものよ」
シレーヌは以前ほど全身にわたる不快な症状に悩まされていないのか、穏やかな表情をしていた。
「はあ、それでですか。船長が船内の巡回を怠らなかったのは」
「乳児だったころは良かった。這いずるだけだから、そう遠くへは行けなかった」
「でも、成長して区画を渡り歩くようになった。だから船長はある時期から隔壁扉を開け放つようになった」
「そのとおり」
「さらには、フェーの行方を探すために、船内で出会うドロイドにフェーの居場所を聞くようになり――」
「さすがネライダね、推理ではあなたに勝てない。あなた名探偵になれるわ」
シレーヌは微笑みを浮かべて、じっと待機状態になっているプルプREに視線を落とした。
「あの子はあのままなの?」
「はい、まったく動きません。ときどき何かを思いだしたように、どこかへ行くのですが場所は決まっていますし、必ず戻ってきます」
「ハレー彗星みたいね」
その言葉に反応したのか、プルプREにある発光ラインに水色の星が流れた。
「REの異常と関係しているかわかりませんが、計画ではプルプは三体のみ製造とありまして、今日その三体目がはじめて起動するんです。タイプはFEといいます」
「さらに見分けがつかなくなるわけね……その子、わたしを嫌わないといいな」
プルプREにある発光ラインに白い星が流れたあと、ラインが緑色に変わると、彼は突然動きはじめて治療室を出ていった。
「あの子どこいくの?」
「それがまた謎なのです。船内区画にはわたしが介入できない場所がたった一箇所あるのですが、どうやらそこのようです」
「この船、隠し事が多いわね」
「そのようで。しかし心配ありませんよ」
「ええ、そうね。でも、フェーは違うわ」
「それはそうかもしれません」
「ネライダ、あの子のうなじにあるボタンわかる?」
「データが少なすぎます。一度船長がそれに触れるのを見ただけですから」
シレーヌは訴えかけるかのように、プルプSEのカメラを覗きこんでからいった。
「あれ、睡眠ボタンなんだけど、あの子にはあまり意味がないみたい」
「といいますと?」
「しばらくすると自動的に再起動というか、起きだすの」
「なるほど、それでフェーの船内捜索に手間がかかっていたんですね」
「そうなの。プルプSEが見張っててくれるといいんだけど、無理そうね。――あの子、どこへでも行くの。もしかすると、あの子が一番船内に詳しいかもしれない。どこをほっつき歩いてくるんだか、戻ってくるとあちこち汚れてて、ときには油まみれで服は破れてるし、生傷も絶えなかった。でもこの船、突起物は少ないし、段差もほとんどないから、大怪我はしなかった。とにかくあなたも見たからわかると思うけど、すばしっこいの。小さいのに力も強い」
「……」
「だけど言葉が遅い。きっと話し相手がわたしだけだからよ」
「すっかり母親ですね。船長とお話している気がしません」
「ずっと母親だったつもり。でも、きっと失格。父親が必要なのかも」
寝返りをうって横になったシレーヌは訴えるような目でプルプSEのカメラを見つめた。
「ネライダ、頼むわよ……わたし……」
そういってシレーヌは目を閉じた。
「しかし、わたしはフェーに睡眠と病気の違いさえ教え……眠られましたか……」
フェーの行動にはある程度の規則性があった。
船内時間の半日ほどはシレーヌの傍にいて、半日ほどは船内のどこかにいた。
見るもの聞くもの触れるものに、極めて強い興味を示してすべてを解き明かさんとばかりに、観察し研究するようなところがあった。
彼女が最も興味を抱いたのは、火災により廃墟とかした、ドロイド製造工場と化学プラントのある中国区画、そしてシレーヌだった。
「ねんねん、ネライダ、ねんねん、ネライダ。ねんねん、ちれーぬ、ねんねん、ちれーぬ」
その中国区画の閉鎖扉の前にフェーの姿があった。
「どちて、このさき、いけにゃいの? いちゅも、いけにゃい」
小さな手が扉に触れてリズムを刻みはじめる。
「ねんねん、ネライダ、ねんねん、ちれーぬ。ねんねん……ありぇ、もいこ、にゃまえなかた?」
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途絶えることなくリズムが繰り返されたあと、ようやく諦めたのか、回れ右をして中央制御室を目指して駆けだした。
「ねんねん、ねんねん、ねんねん、シレーヌ。――あ、いえちゃ」
その声を捉えたものはいなかったが、それはフェーが治療室にはじめて姿を見せた翌日のことだった。
不思議なことに、シレーヌはフェーの訪問を受けると症状に改善がみられた。だが、彼女が去ると顔を歪めながら眠っていることが多かった。
病状とも症状ともいえぬそれは、一進一退しながらある種の均衡状態にあった。




