#28 チェンジ――痴話喧嘩
「シレーヌ船長、やっぱり無茶はいけません」
彼女は、シートベルトに縛られた不自由さを跳ねのけるようにして、ネライダの視覚センサーを睨みつけた。
「ネライダ、いまさらなにをいいだすの? あたしなら平気よ。あなた、自信がないの? わたしが前と同じようになるとでも思ってるんじゃないでしょうね?」
「いいえ、違います」
「じゃあなに? ――音が大きくなってるわ。大気のある区画に穴でも開けられたら一巻の終わり。早くやってちょうだい!」
「船長、話を聞いてください」
「言い訳はいらないの。早くして! ネライダ、わたしをあんまり怒らせないで。前とは違う意味で気絶するわよ!」
「待ってください、船長。とにかく――」
「いいから早くしなさいよ、意気地なし!」
「シレーヌ、待ってください! いま説明――」
「そんなの聞きたくもない。わたし口だけ達者な人が苦手なの」
「シレーヌ! 黙って!」
「なんなのよ、その剣幕は……」
「いま大量のデータが届いたんです。もっとも多くは既知なんですが、一部に未確認だった極秘と機密の情報が見つかりました」
「いまそんなのを解析してる時間があって?」
苛立ちと切迫感がいくぶん薄まった調子でシレーヌはいい返した。
「いくらあなたがマルチタスクだといっても――」
「いいえ、わたしはウルトラマルチタスクです。信用してください」
「いいわ、それでその極秘と機密はなんだったの? ――あれ? 少し音が静かになったんじゃない?」
「いま出来るかぎりの反重力場を船体外板に展開しました」
「でもその程度じゃ8Gは超えられないでしょ? あなたは起こる重力加速度に対しての相殺はできても、反重力だけで20や30のGは作りだせないはずよ。元がなければ反転は不可能でしょ?」
「ですから、違う方法を取ります。もっと安全な手段をです」
「ああ、苛々する! わかったわ。少し黙るからひと通り説明してちょうだい」
「なにしろ大量の情報を受けとったのですが、ほぼすべての発信元が不明なんです。タイミング的には、さきほど船長がタブレットをわたしとの接続スロットに差しこんだときです」
「ねえ、ネライダ。経過はいいわ。結論から先にいうべきじゃない?」
「つまり、そうして受けとった情報のなかに、船外ドロイドに関する極秘情報があったのです。彼らを投棄するための爆薬が彼ら自身にセットされているのがわかったんです」
「なんてぶっそうな。それじゃわたしたちは、いつ落ちてくるかわからないギロチンの下にいたのと変わらないじゃない。宇宙機構はなにを考えてるの? なぜそんなことをしたの?」
「それはいまのところわかりませんし、宇宙機構がやったともいえません。おそらく永遠の謎です」
「なんでよ? 時間のあるときにでも、あなたが解析しなおせばいいじゃない? もし宇宙機構が犯人だとしたら、わたし許さない。責任者を捕まえてとっちめてやるわ!」
「落ちついてください……ですから――」
ネライダの声にはもどかしさがあった。
「なるほど。それで経過を先に説明しようとしたのね」
「そうです。ようやくわかっていただけて、光栄です」
「じゃ、振り落とすのは中止して、吹き飛ばすってことね? 大して変わらない気はするけど。でも、そのほうが少しは安全そうね。――けどネライダ、それでも心配事はゼロではないでしょ?」
「そうです。ドロイドの数と位置は把握できていますが、爆薬を起爆させたあと彼らがどういうコースをとるかは、完全には計算できません。船と衝突する恐れがあるのです。なので、次善策として反重力場で前方の空間に安全域を作りだします。また、それに加えて船を加速させることで彼らと衝突しかねない危険域を抜けだすのが最善かと」
「いい案ね、それで行きましょう」
シレーヌはシートから前に突き出した肘掛けを軽快にポンと叩いた。
「ネライダ、現在の速度と進路を教えて」
「速度は0.95c、進路は地球への方位角を0度としたとき、Xに5度、Yに4度、Zに7度の偏差角です」
顎に手を当てたシレーヌはさらに質問をつづけた。
「Θ係数、火災後の残留熱、有毒大気の状態、宇宙線レベル、それからドロイド工場の復旧率を教えて。ただし、船外ドロイド関連は除いてね」
「Θ係数は±1.0。残留熱の50%は赤外線放射されました。有毒大気の35%は排出ないし中和に成功。毒物の化学組成の判明率は70%。宇宙線レベルは規定範囲内。ドロイド工場ならびに科学プラントの復旧率は7%です」
ネライダは即座に、簡潔かつ明瞭に報告した。
シレーヌは片手で顔を覆ってからいった。
「……工場は本当に致命的ね。わたしが電磁波防護ゴーグルさえ置き忘れなければ……。一生の不覚……。でもネライダ、さっきのデータなら、もうΩ級中性子星から離れても問題ないわよね?」
「ええ、なんとかなります」
「なら、船外ドロイドを吹き飛ばして危険域を脱したら、XYZの偏差角を0度に修正して。――地球に帰りましょう」
「しかし、それでは計画を放棄することになりますが。いいのですか?」
「船外ドロイドをすべて投棄したうえにドロイド工場は致命的な状態。仮に復旧したとしてもまた爆弾を抱えこむことになりかねない。用がなくなった区画に新規に工場を作る手もあるけど、それでもドロイドの件は絶望的よ。――もはやΘ係数や通信の問題でもなくなった。当初の計画目標を目指す意味がなくなったのよ。だから、目標を変更するの。でも、夢は諦めてないわ。だからネライダ、加速は遠慮なくやってもらっていいわ。いや、出来る限り加速してちょうだい。なんなら1.0cまででもいいわ」
シレーヌの表情には出航いらい浮かんだことのない安らぎがあった。
「1.0cを目指すことは問題ありません。それは計算上の数値ですから。しかし、あまり加速しますと回頭と減速が間にあわなくなって、地球を通り過ぎてしまいます」
「いいじゃない、そうしたらまた回頭して減速しながら地球に辿りつけばいいわ。ただし回頭は24時間以上かけてゆっくりであって欲しいわね。無茶はこれっきりにしたいわね、お互いに」
「わかりました。それではすべて船長のいうとおり実行します。船長は念のため安全を考慮して――」
「わかってるわネライダ、ありがとう。ドロイドの件が片付くまでここで大人しくしてるわ。――さあ、はじめてちょうだい」
瞬くことのない星々が散りばめられた黒い海をゆく《リヒト・スヴィエート号》の船体各所から、百数十の瞬きが起こったかとおもうと、閃光に照らされた船外ドロイドとその破片が数瞬のあいだキラキラと光を反射したあと、宇宙の波に飲みこまれていった。
危険域を脱出した《リヒト・スヴィエート号》は、船体後部にあるメインエンジンから猛然と青いプラズマを噴射して加速しはじめた。
目指すは地球。
――ルフト、ごめんなさい……。でも、あなたとの夢を諦めたりしてないわ。方向は違っても、わたしが向かっている先にあなたがいるだけなの。――きっとわかってくれると信じてるわ。




