#26 エイミー――接触
ルフトがディッキーとの面会を終えてホテルに戻った翌日。
彼は日がな一日、ホテルの一室にとじ籠もって調べものに時間を費やした。
ハンツビル、懐かしの街。そこにはまだ多くの知りあいが残っていた。不倶戴天の人物はいなかったが、ルフトが心から信用できるかとなると、思っていたより遥かに数が少なかった。ヴァルトと同じように故人になっていることに気づき、唖然としたのは一度や二度ではなかった。
「結局、一人もいないというわけか……。わたしは、宇宙機構で四十七年のあいだ、一体なにをしてきたのだろう?……そのうえシレーヌさえ失うとしたら……」
ルフトは胸が潰れるような痛みを覚えた。
だが彼は諦めきれなかった。ディッキーから得た情報のほかになんの収穫がないとしても仕方ない。そう腹を決め、幾人かの友人知人のもとを訪ねたのだった。
――その話しなら噂の範囲を出ないよ……
――北軍同盟は昔から鼻っ柱が強いからね……
――謎の宇宙船? あれは宇宙機構の船だって小耳に挟んだが……
――標準宇宙暦になってから北と南は統合されたとはいえ……
――あれはどう見たって異星人の遺体ではなくてフェイクさ……
――南部連合は軍備削減派だって話しだけど本当のところ……
――異星人? あれは原因不明の奇病だろう……
――北と南だけじゃない東と西だっていがみあってるんだ……
誰の話を聞いても、オカルトやスピリチュアル、あるいは臆見でしかなかった。なかには、何事にでも面白半分の人物もいたが、それがまたルフトの心をいっそう苛んだ。
「ディッキーの前であれほど大見得をきったのに、このありさまだ……ここはもう昔のハンツビルではない」
冷たい雨に打たれつづけた鉄柱が、ある日突然ぼろぼろと崩れるように、身体から力が抜けていくのを感じていた。心には、昔よく遊んだ遊園地が、廃墟にかわってしまったような、空虚さが染みこみはじめていた。
「ここはブラックホールだ。わたしの居場所はもはやコロラドにしかないのかもしれない……」
ルフトは五日間を棒にふったあと、帰郷する決意を固めた。
そんなとき、携帯電話が鳴った。
――非通知設定。
こんな心境で押し売りするセールスの声など聞きたくもない。非通知設定の呼びだしで遭った迷惑から、衝動的に激しい怒りが湧いた。しかし、ひと切れの情報でもコロラドに持ち帰りたい思いに駆られ、ルフトは"通話"と書かれた部分をタップした。
「もしもし……」
いつもと違う服装、いつもと違う髪型、いつもと違う容貌。
普段、その人を知っていてさえ、ほとんど誰だかわからない装いで、携帯電話を耳にしながら歩く姿があった。
その足取りは軽かった。世の中に吹く風を楽しんでいるかのように、その人影からは光彩が溢れていた。
「もしもし、ルフトさんですか? ……あら、おわかりになりませんか? それは残念です。……わたしです。本当におわかりになりませんか?」
――いったいなんの用だね !?
いまにも激昂しそうなルフトの声がスピーカーから漏れている。
「……わたしの声、どこかでお聞きになってるはずなんですが?」
――は? ……ちょっと待ってください。
ルフトの脳内でこれまで出会ってきた人びとの声が検索されてゆく。
彼は電話機を耳から離し、ボリュームを目一杯あげると、音がよく聞こえるように電話機を耳に当てなおした。
――もしもし……。
「もしもし。――わたしです、わたし」
――いい加減にしてくれ! からかってるのか!
「それでは、これならわかりますか? 『お急ぎでないようなら、本日お会いしたいと思いまして、お電話さしあげました。お時間の都合はどうでしょうか? ええ、できましたら本日だと大変助かるのですが』」
――ああ! 君か?
通話相手が誰かわかりかけた瞬間、ルフトは後ろから腕を掴まれる感触に凍りついた。
「その先をいってはいけません」
後ろから囁くような声。
ルフトが振り向くと、そこには小柄な女性がつま先立ったまま微笑んでいた。彼女は手にした携帯電話の画面をタップしてから囁いた。
「電話を切ってください」
それは、エイミーの声だった。
唖然とするルフトの手から電話機が奪われ、通話が終了させられた。
「君は……もしやあのオペレーターかい?」
「そうです。やっと思いだしてもらえましたか。憶えていてもらえなかったこと、ちょっと寂しいです」
「でも、その格好は? ――今日は休暇なんだろうが、それにしても……」
「あら、ルフトさん、わたしのこんな格好を見れる人は少ないんですから、幸運ですよ」
「しかしまあ……その……なんといえばいいか……とにかく驚いた……」
ルフトの溜息に混ざるように、囁き声で彼女は自己紹介した。
「わたし、国際宇宙機構、特級秘書のエイミー・ゾイ・オイです」
「なんだって? じゃあ君があの……」
「一人何役もやって、人を困らせるのが趣味です」
エイミーの格好は、普段の彼女を知る人からすれば、相当に違和感があった。
背中で風まかせに靡く黒髪。頭に浅いストローハットを乗せ。タンクトップは迷彩柄。腰にベージュのウエストバッグ。カーキ色のショートパンツに白いスニーカー。肩には大きなトートバッグがかけられていた。
「さあ、行きましょう。ここいらは監視の目が強すぎるんです。お話しできる場所は目星をつけてあります。ルフトさんは孫との時間を楽しむ、隠居したお祖父ちゃん。そういう設定でお願いします」
「しかし、わたしは結婚もしていないんだが――」
「そんなこと、わかりはしません。そう見えればいいんです。いやむしろ、そう見えたほうがいいんです」
「はあ……」
「さあ、行きましょうお祖父ちゃん! 今日は川下りにつきあってもらうんだから!」
エイミーは腕にしがみつくと、ルフトをひっぱるように歩きはじめた。
「あ、それからこれ。今日は陽射しが強いから」
といってハンチング帽を手渡した。
二人がハンツビル中心部から南東にある、ハンツ川に着くにはそう時間はかからなかった。




