#17 ヴァルト――通話
光通信回線で繋がれた受話器から宇宙機構統括本部長の声がした。
――はい、ヴァルトです。お電話かわりました。
ルフトはその声になんとなく違和感を覚えた。
「わたしだよ、ヴァルト、ルフトだ。忙しいところすまんが、どうしても確認したいことがあってね」
――なんでしょうか? ご用件をどうぞ。ただし、手短にお願いします。
「本部と《リヒト・スヴィエート号》との通信は、今も確保できているのかね?」
――ルフトさんでしたっけ……。大変申し訳ありませんが、そのようなことは部外者の方にお教えしかねます。内規がありまして。
「なにをいまさら、わたしと君の仲じゃないか。一体どうしたんだ、ヴァルト? なぜそんなに他人行儀なんだ? いいからすぐ教えてくれ」
――そうは申されましても、決まりは決まりですので……ルフトさん、失礼ですがあなたお仕事は?
「五年前に機構本部を退いたのは、君も知ってるだろう。なにをいっているんだ?」
――いや、わたしも退職者全員を把握しているわけではないので……。本部長とはいってもさすがにそこまでは……どうしてもと仰られるなら、ちょっと時間がかかりますが、人事と総務に確認を取ったうえでなら、話せることもあるかもしれませんが、どうしますか?
「なぜそんなことをする必要があるんだ。君はわたしを忘れたとでもいうのかい?」
――すみません、ちょっと待ってください。
ヴァルトが誰かとせわしなくやりとりする声が聞こえる。ルフトの眼前に三十年以上にわたり目にしつづけてきた、本部長室や会議室の光景がありありと浮かびあがる。
――お待たせしました。いま総務と人事に確認させてますが、なにしろ退職者の人数も多いので、この場でお話しできることはありません。
「ヴァルト、本当にどうしてしまったんだ? 以前の君はそんなに不親切ではなかったよ。だが今はまるで別人だ。なあ頼む、《リヒト・スヴィエート号》との通信回線は確保できているのか、それだけで構わない、教えてくれないか?」
電話ごしにはっきりと聞こえた溜息。
――それはできません。わたしもこんな身ですので、忙しいのですよ。もう勘弁してもらえませんか?
「イエスかノーかだけでいい。とにかくそれが必要なんだ。君だってわかるだろう。わたし一人がどんなに確認しようが、他の誰かが『そうだ』あるいは『そうではない』と同意や否定をすることでしか物事は成り立たんことぐらい――」
――もちろん、それは理解しています。なぜそれほど急がれてるか、こちらとしてはわかりませんが、お気持ちもお察しできます……。しかし決まりは決まりなんです。統括本部長という立場にあって内規を破るわけにはいかないのです。あなたがさっき仰ったことをそのままお返ししますよ。こちらの事情に同意してもらえませんか? どうです?
それまで、丁寧に対応していたヴァルトの語気は次第に強まりはじめた。
「……」
――ルフトさん、あなたも現在の状況はご存じですよね? 謎の宇宙船の発見、異星人と思われる遺体のこと、ニュースで知っていますよね? このご時世です。宇宙機構も微妙な立場におかれているんです。かつて我が機構におられたというなら、いってる意味はわかりますよね? それにこの回線も安全とはいえないのです。つまり、なんですな――。
「盗聴されているとでもいうのか? そんな馬鹿な」
――とにかく、時代が違うのですよ。どうしてもと仰られるなら、本部ビルにお越しください。電話ではこれ以上なにもお伝えできません。お急ぎであれば明日でも構いませんが、わたしにもスケジュールがありますので、面会の保証はできません。それでもよろしければ、こちらに来ていただければ対応することは可能かと。確実にというのであれば、正規ルートの手続きをとってください。
「そんな時間はないのだよ、ヴァルト。これは一人の人命に関わることなんだ」
――人命? あなたは我が機構がいかほどの人員をかかえ、彼らの命について配慮しているかおわかりですか? なんでしたっけ、その船の名前は?
「《リヒト・スヴィエート号》」
――宇宙機構は一隻の宇宙船を運用しているわけではないのです。数百の船を、太陽系はもちろんそれ以外の宙域でも運用しているのです。あまりにも失礼なものいいですよ。
「……」
――無下にするつもりはありません。とにかく電話では無理なのです。出直して頂けませんか? それで勘弁してください。わたしはこれで失礼します。
語尾に怒気を孕んだまま、電話はぷつりと切れた。
それはまるで、ルフトとシレーヌを繋ぐ光の糸は断ち切られた、という無慈悲な宣告のようだった。
――誰にもわからないことなのかもしれない……。今話したことが二年と四か月後に伝わるかどうかもわからない、この底なしの不安など。往復で四年と八か月。このことでどれほど苦しんできたことか……もちろん、それはわたしが選んだ道なのだが……。
「とにかく明日だ。明日は来る。生きている限り」
涙に濡れる頬もそのままに、ルフトの両手はデスクの上で無意識に組みあわされ、ひたすらにシレーヌの無事を祈っているようだった。
地平線には沈みかけた太陽が、半身だけで燦めく光を放ちながら、地上に住む者たちに魔法の時間を惜しみなく贈与していた。




