#15 アタック――無茶
中央制御室に戻ったシレーヌは、すぐにタブレットをシェルフから取りだした。
それから、三か月ぶりの制御室をくまなく眺め、一寸の狂いもないことを確認すると、出航以来、慣れ親しんだシートを選んで腰をおろした。
彼女を包んでいたのは、何年も耳にしてきた機械的な空調音だけだった。
シレーヌは彫像のようにピクリともせず、タブレットの文字を追いかけはじめた。
――なるほど、ここまでくればおおよその全貌は掴めたわ。わたしたちに協力していたかに見える宇宙機構の本音らしきもの……それはなんなの? なにが彼らの目的なの? わたしたちは利用されたの? それともなにかの実験台にされてるの? ルフトはこのことを知っていたのかしら? 知っていたとしたら、なぜわたしに話してくれなかったの? だからこその β 回線だったの? いいえ、そんなことはありえない。彼が送ってくれた通信は、すべてネライダとわたしに関することだけ。彼は自分のことさえ、いつも"ぼちぼち"しか語らなかったわ……けど――。
刹那、シレーヌの脳裏に、ドロイドに襲われたあとに見た、立体映像のルフトが浮かんだ。
――それに……僕自身まだ君に伝えられるほど自分のなかで整理できていないんだ。でも、このまま黙っているのは、君に対してあまりにも不誠実で卑怯なことをしていると思えてね――。
次の刹那、彼女はネライダに詰問する自分の声を聞いた。
――まだなにか隠し事があって?――。
シレーヌは思わずタブレットを膝に置いて、天井を仰ぎ見た。
艶のない銀色の金属板が規則正しく並んでいる。一定間隔で取りつけられているセンサー類。そして、昼と夜をつくりだす照明機器。
彼女は床を蹴って、なかば無意識にシートごと体を回しはじめた。
――懐かしい感覚。なんども訓練でやった遠心加速器訓練みたいね。最大で8Gだったかしら? 内蔵が飛び出しそうになった。見えるものは赤なんだか黒なんだかわからない。方向感覚だって滅茶苦茶になった。そして、強烈な吐き気。
微かな目眩とともに、ネライダが彼女を憂慮する叫びを聞いた。
――シレーヌ! 聞こえていたら、返事をしてください!――。
椅子がぴたりと止まる。
「信じたい……信じたいけど、誰のなにを信じればいいの?……」
再び、ネライダの声。
――それは危険すぎます。消火に成功したとしても、大気の毒性で船長の命が――。
ルフトの声。
――でも君も、僕とネライダを信じて欲しい。我儘なのは十分わかってるつもりだよ。でも、信じて欲しい――。
「なに?……なにかしら?」
シレーヌは仰向けのまま天井を見渡した。
「空耳?」
首を傾け耳をすます。
「違うわ、空耳なんかじゃない。どこか遠くからだけど、金属音がしてるわ」
シレーヌが上体を起こしたのと、警報が鳴り響いたのはほぼ同時だった。
彼女は制御室にある無数のモニターを端から舐めるように確認した。
だが、画面にはひとつも警告表示が出ていない。
「ネライダ、おかしなことになってるわ? 聞こえて?」
「いま確認しました。船内は異常ありません。船外自動修復ドロイドが本船を攻撃しているのです」
「暴走なの? でも、問題のあったドロイドは対処済みよね?」
「申し訳ありません。船外は別です。しかし、暴走する原因がありません。彼らにはそもそも高Q電磁共振回路がありません。それに、彼らは船内ドロイドと違って、自律回路すら搭載されていないのです。つまり――」
「純粋にプログラムにしたがってるのね」
「そうです」
シレーヌは天井から聞こえてくる、微かな金属音を目で追いかけはじめた。
その音はいまでははっきりと聞こえていた。
「ネライダ、あなたからの命令は受けつけないの?」
「駄目です」
「かといってこの速度でわたしが船外に出て――」
「もってのほかです、シレーヌ! そんなことをしたら即死します。絶対に同意できません!」
「じゃあ、なにか方法があるの?」
「しばし時間をいただけますか?」
「まにあうならだけど……自信はあるの?」
「自信なんてありません!」
しだいに激しさを増す金属音にあわせて、制御室に微細な振動が伝わってくる。
制御卓に置かれていたタブレットが落ちそうになる。
「おおっと……」
シレーヌの手がタブレットに触れた瞬間、画面の表示が切り替わった。
しかし、彼女はそれよりも固定しなければという条件反射に突き動かされ、タブレットをネライダとの接続スロットに差しこんだ。
そのとき、シレーヌの脳裏に遠心加速器訓練の情景が浮かんだ。
「ネライダ、いいことを思いついたわ。1分よ! いってる意味はわかるわね? 急速回頭してドロイドを振り落とせばいいのよ。ただし、加速度は10Gまでにして。船外ドロイドは8Gを超えれば剥がれるわ」
「そんな無茶な!」
「いいえ、無茶じゃないわ。この制御室は船の中心点なんだから、あのときとは違うわ」
シレーヌの声には鷹揚さがあった。
「しかし、それだと船の中心付近にいるドロイドは振り落とせませんが」
「左右だけでなく、上下と転回も使えばいいのよ。三軸回頭を順次に行えば進路も変わらないでしょ。大丈夫よネライダ、わたしはあなたの操船を信じられるわ。振り落としてあげなさいよ」
「しかし、ドロイドを失うことは通信機器の修復に重大な支障を来しますが、それでいいのですか?」
「そうね、それは絶望的ね……でも構わないからやってちょうだい。生きるか死ぬかはもううんざりなのよ。通信がなによ! それはあとで考えるわ!」
「わかりました。船内ドロイドを収納位置に固定し、それが不可能なものは磁気脚の機能を最大化します。安全確保のために船体全域に重力場を展開させます。ですが、念のため船長は着席してベルトを締めてください」
「わかったわ」
シレーヌはネライダに叫びかえすと、慣れ親しんだシートに座ってベルトをしっかりと締めた。
――さあ、いつでもいらっしゃい! 今度は前とは違うわ!――。




