#10 ドロイド――愛称
シレーヌの集中治療室での日々は続いていた。
「それにしても退屈ね。そのうえ自由からは程遠い」
彼女は全身のあちこちに貼りついている、医療用チューブやセンサー類を眺めて独り呟いた。
室内にもう一台置かれたベッドには、給仕ドロイドによって自室から運ばれた私物が山のように積まれている。それは、場違いな印象を与えたが、シレーヌは地球から共に旅をしてきた物たちを、眺めているだけで気が休まるのだった。
永遠の闇といえる宇宙にあって、昼と夜は照明によってつくられていた。しかし、投与されている薬剤の影響からか、彼女は一日中止まらない欠伸に悩まされていた。
その日、何回目かもわからなくなった欠伸をしようとしたとき、集中治療室のすぐ外にある殺菌室の作動音がした。やがて、橙色に灯っていた表示灯が緑になるのが見えた。
「プルプなの? カルマールなの?」
二つの電子音が鳴った。
「二人一緒なのね。入っていいわよ」
スライドしてドアが開くと、二体のドロイドが遠慮なく部屋に入ってきた。
「プルプのその様子からすると検査ね?」
「ご名答です」
質問に答えたのは、壁面にあるスピーカーからしたネライダの声だった。
「ああ、またあの痛いやつなのね……」
シレーヌは唇を突き出して不満を露わにした。
「多少の痛みはあります。しかしこれは、船長のためなのです」
「ネライダ、あなたは痛みなんて感じたことないでしょうが」
「もちろんです。ですが、検査中のデータから船長の痛みがどの程度なのかは推測できており、医学的統計に基づいて過剰な痛みを与えないようにしています」
「それとこれとは違うわ、あのね――」
「AZ-747 μ、そこのボタンを外して」
「ねえ、μって? この前の検査のときは、ζ じゃなかった? それにネライダ、あなたいまボタンていったわね?」
彼女はネライダの声がするスピーカーを睨んでいった。
「AZ-747は、船長へのこれまでの治療で、色々なことを憶えましたから。つまり、バージョンアップです」
「それで、ボタンは?」
彼女の口振りには気まずさがあった。
「シレーヌ船長、わたしが何も知らないとでも? 安静にとお伝えしたのに、手の届くものに悪戯書きをしたり、ボロボロの宇宙服が嫌だといって、ドロイドに手伝わせてパジャマに着替えたり、ほかにもありますが、この辺にしておきます。プライバシーに関わりますので」
「じゃ、あなた、何もかも知ってて黙ってたのね」
「ええ、知っていました。AZ-747につけられた名前はプルプ。丸い形状と八本のアームが名前の由来で、意味はタコです。WS-135も似たような命名規則があります。縦に長い胴体でメインアームは二本、そこからカルマール、つまりイカです。それから、船長は退屈をまぎらわしたかったのか、ドロイドのカメラに映らない彼らの背中に、マジックで落書きもしています。しかしこれは、プライバシーではないと判断しお話しました。わたしは、生命もプライバシーも尊重したつもりです」
「まいったわね……降参よ降参。すべてばれてたってわけね」
といいながら、シレーヌは室内を見回してカメラのありかを探した。
「船長、この部屋に監視カメラはありません。手術室にはありますが。したがって、わたしが集めた情報は、ドロイドのカメラに映ったものだけです。その点は保証します」
シレーヌはそのとき、はたとあることに気づいた。
「ねえネライダ、ちょっと聞くけど、この部屋とわたしの部屋だけ、どうして物を固定しないでいいわけ?」
「船長室と集中治療室、それと手術室は生命とプライバシーが同列だからです。それを実現するために、それらに中央制御室を加えた四箇所は自動的に重力が制御され、いかなる加速度がかかっても、地球上の1Gを維持するシステムが稼働しているからです」
「じゃあなんで、制御室は物の固定が義務づけられてるわけ?」
「それはですね――」
「わかったわ! 人間というのは、そういう環境にいることで気が緩むからね。例の火災の原因になったゴーグルを置き忘れたのは、その気の利いたシステムゆえといえるわけよ。でも、こうやってベッドで横になってみると、そのシステムのありがたさもわかる気がする」
「そういうことのようです。ちなみに、船長が考えられた、"龍宮"ないし始祖鳥、それからプルプやカルマールという名前に関しては、本部には一切報告していません。これで、少しはわたしのことを信用していだたけますか? 確認されたいのであれば、これまでの送信データを表示しますが」
「いいえ、いいわ。ただね、人間というのは、自分が知らないことを誰かが知っていることに、気恥ずかしさを抱くものなのよ。――でもこれ、説明が難しいわ」
「そのようですね」
ネライダの声には、わかったようなわかっていないよう含みがあった。
「船長、朗報です。検査の結果、チューブやセンサー類はもう必要ないようです。あとは自然回復とリハビリで大丈夫でしょう」
「リハビリね。あれもまた痛いんだけど……」
数えきれないほど貼りつけられていた医療器具がつぎつぎに外されてゆく。
「痛っ、プルプあなたもう少し手加減しなさいよ」
治療室に金属板を叩く音が響いた。
夕暮れを知らせるように、室内の照明が弱まるなか、すべての器具が外されたあと、ネライダがいった。
「船長、ボタンはご自分で留めてください」




