第52話 少し育ちすぎておりますわね
アストレア公爵邸の庭園。
朝。
空気が違う。
澄んでいる。
静かすぎるほどに。
「……」
庭に出た使用人が、足を止める。
違和感。
だが、何が違うのか分からない。
「……あれ」
視線が上に向く。
木。
いつもそこにあった木。
だが。
大きい。
明らかに。
「……昨日、こんなだったか?」
答えは出ない。
だが。
確実に違う。
枝が広がっている。
葉が密になっている。
幹が太い。
そして。
やたらと目立つ。
「……」
別の使用人も立ち止まる。
「……大樹、ですね」
誰かが言う。
それが一番近い表現だった。
庭の中心に。
“中心”ができている。
その下で。
ゴブリンたちが眠っている。
安心しきった様子で。
微動だにせず。
「……なあ」
カイルが庭に出てくる。
「何だこれ」
「……環境変化です」
ノエルが即答する。
「原因は」
「明確です」
一拍。
「神格存在の常駐」
「……」
カイルが空を見る。
エル・セラフィア。
アウレリオン。
セレス。
全員が敷地内にいる。
「……影響範囲は」
「拡大中です」
ノエルが言う。
「敷地内は完全に“神域化”しています」
「……」
レオネルが静かに歩いてくる。
木を見る。
周囲を見る。
そして。
「……戻らんな」
短く言う。
「はい」
ノエルが頷く。
「不可逆です」
「……」
その時。
「おはようございます」
セリアが庭に出てくる。
いつも通りに。
変わらず。
「……」
全員が一瞬だけ沈黙する。
「どうかなさいました?」
セリアが首を傾げる。
「……木だ」
カイルが言う。
「大きくなってる」
「まあ」
セリアが見上げる。
しばらく観察する。
そして。
「少し育ちすぎておりますわね」
それだけだった。
「……少しじゃない」
「はい」
ノエルが頷く。
「通常の成長速度ではありません」
「……」
セリアは少し考える。
「でも」
一拍。
「日陰が増えてよろしいですわ」
評価はそこだった。
実用性。
「……」
カイルが顔を覆う。
「……そこかよ」
「合理的です」
ノエルが即答する。
ゴブリンたちがゆっくりと起きる。
木の下で。
静かに。
周囲を見る。
不安はない。
完全に適応している。
「……なあ」
カイルが言う。
「何だ」
「ゴブリンも平然としてるぞ」
「……ああ」
レオネルが頷く。
「環境に合ってるんだろう」
「……」
それが一番怖い。
セリアがゴブリンを見る。
「よく眠れましたかしら」
穏やかな声。
ゴブリンたちが頷く。
強く。
迷いなく。
「まあ」
セリアが微笑む。
「それは良かったですわ」
完全に日常。
その背後で。
木が、さらにわずかに広がる。
誰も気づかない。
変化が自然すぎるからだ。
「……なあ」
カイルが小さく言う。
「何だ」
「これ、庭で収まるか?」
「……」
ノエルが一瞬だけ考える。
そして。
「収まりません」
「……だよな」
「はい」
一拍。
「拡張します」
静かに。
確実に。
公爵邸の敷地は。
神域へと変わり続けていた。




