第5話 北へ向かうだけですのに、少し賑やかですわ
王都を出て、北へ。
街道は次第に人の気配が減り、代わりに森と岩場が増えていく。
「空気が違いますね……」
リリィが小さく呟いた。
「はい。魔力濃度が上がっております」
ノエルが淡々と答える。
「古竜の影響でしょう」
「まあ」
セリアは空を見上げた。
青は変わらない。
だが、どこか重い。
「では、近いのですね」
「はいっ。たぶん、もうすぐ――」
そのときだった。
遠くで爆音が響く。
続けて、金属の衝突音。
そして、叫び声。
「前方、戦闘です」
ノエルが即座に告げる。
「助けますわ」
セリアは迷いなく歩みを速めた。
◇
開けた岩場に出る。
そこでは、数人の冒険者が魔物の群れと戦っていた。
「くそっ、数が多すぎる!」
「後衛、下がれ!」
獣型の魔物が十数体。
動きが速く、連携も取れている。
中級以上の群れだ。
だが、冒険者たちは押されていた。
「間に合いません……!」
リリィが息を呑む。
「大丈夫ですわ」
セリアは一歩前に出る。
「少しだけですもの」
剣に手をかける。
抜く。
振る。
それだけ。
風が走る。
次の瞬間。
魔物の群れが、音もなく崩れ落ちた。
「……え?」
冒険者の一人が呟く。
自分たちを囲んでいたはずの敵が、すべて倒れている。
しかも、ほぼ同時に。
「な、何が……」
誰も理解できない。
ただ一つ。
目の前にいる令嬢が、剣を持っていることだけが分かる。
「お怪我はありませんか?」
セリアは穏やかに声をかけた。
「……あ、ああ……」
「大丈夫、だが……」
視線が集中する。
その中の一人が、震える声で言った。
「今の……あんたが……?」
「はい」
セリアは頷く。
「少し振っただけですわ」
その言葉に、全員が黙り込む。
同じ反応。
南門と同じ。
「……星剣……」
ぽつり、と誰かが呟いた。
今度は、否定する者はいない。
「星剣だ……」
「本当にいたのか……」
噂ではなく、現実。
それを理解した瞬間だった。
「まあ」
セリアは小首を傾げる。
「先ほどもそのように呼ばれましたわね」
だが、それ以上は気にしない。
「皆様、北へ向かうのは危険ですわ。古竜が出るそうですもの」
その言葉に、冒険者たちの顔色が変わる。
「知ってるのか……?」
「はい。これから向かいますの」
「……は?」
理解が止まる。
「討伐依頼を受けておりますわ」
「一人で、か……?」
「いえ」
セリアは振り返る。
「三人ですわ」
リリィがにこっと笑い、ノエルが一礼する。
それだけだ。
それだけなのに。
否定する言葉が出てこない。
「……正気か……?」
誰かが呟く。
だが、その問いは誰にも届かない。
「では、失礼いたしますわ」
セリアは軽く礼をして、歩き出す。
止める者はいない。
止められる者もいない。
◇
さらに北へ。
森は途切れ、荒れた岩山が広がる。
空が、明らかに変わる。
重く、鈍く、圧迫するような気配。
「……来ます」
ノエルが低く言う。
風が止まる。
音が消える。
そして。
影が、落ちた。
見上げる。
そこにいたのは。
巨大な影。
空を覆うほどの翼。
圧倒的な質量。
古竜。
それが、こちらを見下ろしていた。
「……」
リリィが息を呑む。
ノエルは構えを取る。
だが。
「まあ」
セリアだけが、穏やかだった。
「本当にいらっしゃいましたのね」
嬉しそうに言う。
「お会いしたかったのですわ」
古竜が、低く唸る。
空気が震える。
圧が、降りてくる。
普通なら、立っていることすらできない。
だが。
「では」
セリアは剣に手をかけた。
「少しだけ、お相手を」
その一言で。
戦いが、始まろうとしていた。




