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完璧淑女の公爵令嬢、普通に卒業しただけなのに“あの令嬢”扱いされ、気づけば“星剣”と呼ばれていました  作者: 翡翠


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第6話 古竜は戦わずして膝を折る

 空が、重い。


 風が止まり、音が消える。


 そこにいるだけで、大地そのものが息を潜めているかのようだった。


 巨大な影が、ゆっくりと降りてくる。


 翼を広げれば空を覆い、爪は岩を砕き、吐息ひとつで森を焼き払う。


 古竜。


 人が討つものではなく、避けるもの。


 それが、目の前にいる。


「……」


 リリィが言葉を失う。


 ノエルは無言で構えを取る。


 だが。


「まあ」


 セリアだけが、穏やかだった。


「本当にいらっしゃいましたのね」


 まるで、約束の相手に会えたかのように微笑む。


 古竜の瞳が、細くなる。


 黄金の瞳。


 長い時を生き、無数の戦いを見てきた存在の視線。


「……人間よ」


 低く、空気を震わせる声。


 だがその響きは、単なる威圧ではない。


 言葉だ。


「何をしに来た」


 問いだった。


 威嚇ではなく。


 確認。


「お話をしたくて参りましたわ」


 セリアは自然に答える。


 緊張も恐怖もない。


「強い方とお会いしたかったのです」


 古竜の視線が、わずかに揺れる。


「……話、だと」


「はい」


 にこりと微笑む。


「少しだけ、お相手いただければ嬉しいですわ」


 沈黙。


 重く、長い沈黙。


 古竜は、目の前の存在を測る。


 人間。


 そう認識したはずだった。


 だが、違う。


 何かが。


 決定的に。


「……」


 ゆっくりと、翼を動かす。


 大地が震える。


 圧が増す。


 通常なら、それだけで人は膝をつく。


 だが。


「?」


 セリアは首を傾げただけだった。


 まるで、風が少し強くなった程度の反応。


「どうかなさいました?」


 古竜の瞳が、完全に細くなる。


 次の瞬間。


 それは“見る”のをやめた。


 感じ取る。


 測る。


 そして――理解する。


「……そうか」


 低く、呟く。


「理解した」


 セリアは不思議そうに見上げる。


「何をですの?」


 古竜は答えない。


 代わりに、一歩。


 前に出る。


 大地が沈む。


 空気が歪む。


 だが、その動きは攻撃ではない。


 確認だ。


 セリアが、剣に手をかける。


 す、と。


 ほんのわずかに。


 その瞬間。


 古竜の世界が変わった。


 見えた。


 未来が。


 自らが動いた先。


 振り下ろした爪。


 吐き出した炎。


 そのすべての先に。


 ――断たれる自分。


 避けられない。


 届く前に終わる。


 届いたとしても終わる。


 どちらでも、同じだ。


「……」


 古竜は、完全に理解した。


 これは戦いではない。


 選択だ。


「……人間ではないな」


 ぽつりと零す。


 セリアは瞬きをする。


「人間ですわ?」


「違う」


 即答だった。


「それは……剣ではない」


 一拍置く。


「概念だ」


 リリィとノエルが息を呑む。


 意味は分からない。


 だが、何かが決定的に違うことだけは分かる。


「……そうですの?」


 セリアは首を傾げる。


 本気で分かっていない顔だった。


 古竜は、ゆっくりと息を吐く。


 そして。


 翼を畳んだ。


 巨大な体が、静かに地に伏せる。


 頭が下がる。


 完全な服従の姿勢。


「……敵対の意思はない」


 低く、だがはっきりとした声。


「我は、選ぶ」


 沈黙の中。


 その言葉が落ちる。


「従う」


 それが、調伏だった。


 力ではない。


 命令でもない。


 理解による選択。


「まあ」


 セリアは、少しだけ目を見開いた。


「そうですの?」


 それだけだった。


 恐怖も驚きもない。


「では」


 穏やかに言う。


「道をお借りしてもよろしいかしら?」


 古竜は即座に答える。


「問題ない」


 翼をわずかに動かし、進路を開ける。


 山そのものが、道を譲る。


「ありがとうございます」


 セリアは微笑んだ。


「またお会いできると嬉しいですわ」


 その言葉に、古竜は沈黙した。


 やがて。


「……望むならば」


 低く返す。


 それは、承諾だった。


    ◇


 歩き出す。


 何事もなかったかのように。


「……セリア様」


 リリィが小さく声を出す。


「今の……」


「お話をしただけですわ」


 セリアは自然に答える。


「とても穏やかな方でしたわね」


 穏やか。


 古竜を前にして、その評価。


 ノエルは何も言わなかった。


 言えなかった。


 ただ一つ。


 確かなことがある。


 この令嬢は。


 やはり――普通ではない。


    ◇


 残された古竜は、静かに空を見上げた。


 長い時を生きてきた。


 多くの強者を知っている。


 だが。


「……災厄ではない」


 ぽつりと呟く。


「それ以上だ」


 ゆっくりと目を閉じる。


 そして。


 再び、空へと舞い上がった。

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