第4話 規格外は、規格で測れませんわ
試験場は、まだ静まり返っていた。
一直線に切り裂かれた的と壁と石塀の向こうで、風が通り抜けていく。
誰も動かない。
誰も言葉を持たない。
「……ギルド長を呼べ」
低い声が、ようやく空気を動かした。
◇
やがて、重い足音が近づいてくる。
現れたのは、壮年の男だった。
筋骨隆々というより、削ぎ落とされた鋼のような体躯。右頬に走る古傷。視線は鋭く、場の全てを一瞬で測るように動く。
アルヴェイン冒険者ギルド支部長――通称、ギルド長。
「……何があった」
短く問う。
誰もすぐには答えられない。
代わりに、職員が震える手で前を示した。
「そちらを……」
ギルド長は一歩進み、状況を見た。
切断面を確認し、足元の痕跡を見て、周囲の人間の顔を順に見ていく。
最後に、セリアへ視線を向けた。
「……嬢ちゃんがやったのか」
「はい」
セリアは素直に頷いた。
「少し振っただけなのですが」
沈黙。
ギルド長は、ゆっくりと息を吐いた。
「少し、な」
それ以上は何も言わない。
代わりに、地面に膝をつき、切断面を指でなぞる。
滑らかすぎる。
力任せではない。
技術でもない。
その両方が、極端に高い次元で成立している。
「……剣聖クラス、か?」
誰かが小さく呟く。
ギルド長は首を横に振った。
「違う」
即答だった。
「剣聖なら、こうはならん」
空気がさらに重くなる。
「じゃあ、何だよ……」
別の冒険者が声を漏らす。
ギルド長は立ち上がり、セリアを見た。
その目に浮かぶのは、恐怖ではない。
判断だ。
「嬢ちゃん、名前は」
「セリア・アストレアと申します」
「……公爵家、か」
周囲がざわつく。
だがギルド長は気にしない。
「登録希望でいいな」
「はい」
「目的は」
「冒険ですわ」
「……そうか」
短く頷く。
そして、職員へ向き直る。
「通常ランクは破棄だ」
「は、はい……!」
「仮登録扱いにする。ギルド長権限で特例承認」
「特例……」
「そうだ」
ギルド長は断言した。
「規格外は、規格で測れん」
その一言で、場の空気が変わった。
判断が下されたのだ。
「ランクは――」
職員が言いかける。
だが、言葉が続かない。
Eでもない。
Dでもない。
上げるにしても、基準がない。
「……暫定S」
ギルド長が言った。
誰もが息を呑む。
「ただし、正式ランクではない。観測不能扱いだ」
「観測不能……?」
「そうだ」
ギルド長はセリアを見据える。
「強さを測れない以上、評価もできん。ならば、例外として扱うしかない」
それは前例のない処置だった。
だが、反対する者はいない。
誰もが、目の前の結果を見ているからだ。
「報酬と依頼は、俺が直接振る」
「はい」
セリアは素直に頷く。
「よろしくお願いいたしますわ」
まるで普通の手続きを終えたかのような反応だった。
周囲がざわつく。
「おい……暫定Sだぞ……?」
「ありえねえ……」
「いや、さっきの見ただろ……」
ひそひそとした声が広がる。
だが、それすらどこか遠い。
セリアにとっては。
「では、これで登録は完了ですのね?」
「……ああ」
ギルド長が答える。
「一応な」
「ありがとうございます」
セリアは微笑んだ。
「これで、普通にお仕事を受けられますわ」
その言葉に、誰も反応できなかった。
普通、とは何か。
この場にいる誰もが、分からなくなっていた。
◇
「嬢ちゃん」
ギルド長が呼び止める。
「はい?」
「一つだけ聞く」
「なんでしょう?」
「さっきのは、どこまで本気だ」
セリアは少しだけ考えた。
本当に、少しだけ。
「一割……いえ」
首を傾げる。
「それ以下かもしれませんわ」
完全な沈黙。
誰も、何も言えない。
ギルド長だけが、ゆっくりと頷いた。
「……そうか」
それ以上、聞かない。
聞いても意味がないと理解したからだ。
「なら、仕事だ」
机の上に一枚の依頼書を置く。
「北方、古竜出現の報告」
空気が張り詰める。
「通常なら王国案件だが……」
ギルド長は、セリアを見る。
「行くか?」
「ええ」
セリアは迷わず頷いた。
「ちょうど向かう予定でしたの」
自然な答えだった。
あまりにも自然で。
誰も、それが異常だと指摘できない。
「では、受理しますわ」
依頼書を手に取る。
それだけで、決定した。
古竜討伐。
王国級の案件が、ただの“最初の仕事”になった瞬間だった。
「……嬢ちゃん」
ギルド長が最後に言う。
「名前で呼ぶのは、やめておく」
「?」
「代わりに聞く」
一拍置く。
「――星剣、でいいか」
セリアはきょとんとした。
「星剣……?」
「そう呼ばれている」
「まあ」
少しだけ考える。
そして。
「よく分かりませんが」
にこり、と微笑んだ。
「問題ありませんわ」
その一言で。
“星剣”が、確定した。




