第24話 少し整えただけですのに、どうして驚かれるのかしら
王都アルヴェイン――中央市場。
昼下がり。
先ほどまでと同じ、穏やかな時間。
「では、そろそろ戻りましょうか」
セリアが言った、そのときだった。
◇
「きゃあっ!」
甲高い悲鳴が響く。
人々の流れが乱れる。
「馬が暴れたぞ!」
「離れろ!」
通りの中央。
一頭の馬が、制御を失っていた。
目は血走り、呼吸は荒い。
明らかに異常状態。
手綱を持っていた商人が弾き飛ばされる。
「危ない!」
子供が、進路上にいた。
◇
「――」
誰も、間に合わない。
そう判断した瞬間。
「まあ」
セリアが一歩、前に出た。
◇
速い、ではない。
自然だった。
ただ、そこにいる。
馬の前に。
「大丈夫ですわ」
静かな声。
手を伸ばす。
触れる。
◇
それだけで。
暴れていた馬が、止まった。
呼吸が整う。
目の濁りが消える。
筋肉の緊張が抜ける。
「……え?」
周囲が、固まる。
◇
「どうかなさいました?」
セリアは首を傾げる。
「少し驚いていらっしゃるようですが」
「い、いや……」
商人が言葉を失う。
「今の……何を……」
◇
「少し整えただけですわ」
いつもの答え。
変わらない。
「整えた……?」
「はい」
セリアは頷く。
「驚いておりましたので」
◇
「……」
誰も理解できない。
だが。
結果だけは明確だった。
危機は、消えた。
◇
「お怪我はございませんか?」
セリアが子供に声をかける。
「う、うん……」
「それは良かったですわ」
優しく微笑む。
それだけ。
◇
「……今のは」
レオネルが小さく言う。
「魔術ではないな」
「ああ」
カイルが頷く。
「干渉でもない」
「……では何だ」
◇
「分かりませんわ」
セリアが答える。
「ただ、そうした方がよろしいと思いましたので」
◇
「……直感、か」
レオネルが呟く。
「違うな」
カイルが首を振る。
「結果が先にある」
◇
「まあ」
セリアは楽しそうに言う。
「難しいことは分かりませんわ」
「……だろうな」
レオネルは小さく息を吐く。
◇
一方。
その様子を観測していた者たち。
「……対象、非戦闘行動」
「影響確認」
「局所的安定化」
◇
「……やはり」
低い声。
「意図していない」
「だが」
「結果は同じ」
◇
「……危険だな」
「いや」
別の声が否定する。
「逆だ」
「……何?」
「これが最も安全な状態だ」
◇
「……どういう意味だ」
「本人が理解していない」
「だからこそ」
一拍置く。
「暴走しない」
◇
「……なるほど」
小さく頷く。
理解する。
これは、制御ではない。
均衡だ。
◇
一方。
「では、本当に戻りましょうか」
セリアは何事もなかったように言う。
「はいっ」
リリィが元気よく答える。
「……終わりか」
カイルが呟く。
「何も起きておりませんもの」
セリアは微笑む。
◇
その一言で。
すべてが、元に戻る。
人々は動き出す。
声が戻る。
市場は再び、日常へ。
◇
――何も起きていない。
だが。
確かに、何かが起きていた。
◇
「……やはり」
レオネルは小さく呟く。
「目を離せないな」
その理由を。
もう、説明する必要はなかった。




