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完璧淑女の公爵令嬢、普通に卒業しただけなのに“あの令嬢”扱いされ、気づけば“星剣”と呼ばれていました  作者: 翡翠


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第23話 特別なことは何もしておりませんわ


 王都アルヴェイン――中央市場。


 昼過ぎの賑わい。


 野菜の香り。


 焼き菓子の甘い匂い。


 人々の声が交差し、日常が流れている。


「今日はお買い物ですわ」


 セリアが楽しそうに言った。


「はいっ」


 リリィが元気よく頷く。


「食材の補充ですね」


 ノエルが手帳を確認する。


「……平和だな」


 カイルが小さく呟く。


    ◇


「お野菜はどれがよろしいかしら」


 セリアは露店の前で足を止める。


「この辺りは新鮮ですね」


「朝採れですからねぇ、お嬢さん」


 店主が笑う。


 普通の会話。


 何も特別ではない。


    ◇


「……」


 だが。


 周囲の空気は違う。


 遠巻きに視線が集まる。


 直接見ない。


 だが、見ている。


「……見られてるな」


 カイルが小さく言う。


「はい」


 ノエルも同意する。


「明確に」


 屋根の上。


 人混みの中。


 影の中。


 複数の視線。


    ◇


「まあ」


 セリアは気にしない。


「では、こちらを」


 普通に野菜を選ぶ。


 普通に支払う。


 普通に微笑む。


    ◇


「ありがとうございます」


 店主が言う。


 だが、その手はわずかに震えていた。


「……いえ」


 セリアは首を振る。


「美味しそうでしたので」


 それだけ。


    ◇


「……異常だな」


 カイルが呟く。


「何がですの?」


「全部だ」


 短く答える。


「この状況で、普通に買い物してることがな」


    ◇


「そうかしら?」


 セリアは首を傾げる。


「必要なものを買っているだけですわ」


 その通り。


 だが。


 それが成立していることが異常だった。


    ◇


「……殿下」


 リリィが小さく言う。


「これ、ずっとですか?」


「……ああ」


 レオネルは周囲を見渡す。


「王都にいる限りはな」


「護衛ではない」


「監視でもない」


「……観測だ」


    ◇


「観測、ですの?」


 セリアが振り返る。


「そうだ」


「なるほど」


 小さく頷く。


「お忙しいのですね」


    ◇


「……」


 誰も何も言えなかった。


 意味が違う。


 だが、否定できない。


    ◇


「次はあちらに参りましょう」


 セリアが歩き出す。


 パン屋。


 甘い香りが漂う。


「こちらも美味しそうですわ」


    ◇


 その様子を。


 離れた場所から見ている者がいた。


「……対象、日常行動」


「異常なし」


「いや」


 もう一人が首を振る。


「異常しかない」


    ◇


「戦闘行動なし」


「魔力行使なし」


「ただの買い物」


「……だが」


 一拍置く。


「これが一番、理解できない」


    ◇


「……なぜだ」


 低い声。


「なぜ、この状況で」


「何も起きない」


    ◇


「起きている」


 別の声が言う。


「すでに」


「……何がだ」


「均されている」


 短い答え。


    ◇


 市場の空気は穏やかだった。


 争いもなく。


 混乱もなく。


 ただ、日常がある。


    ◇


「……」


 観測者は、言葉を失う。


 理解する。


「……これが」


 小さく呟く。


「影響、か」


    ◇


 一方。


「今日は良いお買い物ができましたわ」


 セリアは満足そうに言う。


「はいっ!」


 リリィが笑う。


「……何も起きなかったな」


 カイルが言う。


「はい」


 ノエルが頷く。


    ◇


「何も起きないことは、良いことですわ」


 セリアは微笑む。


「そうですの?」


「はい」


 一拍置く。


「とても」


 その一言で。


 すべてが、静かに整う。


    ◇


 ――特別なことは、何もしていない。


 だが。


 それが、最も特別だった。

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