第18話 恐怖は理解の一歩手前にある
――理解したい。
それは変わらない。
だが今、レオネルの中にはもう一つの感情があった。
「……恐怖、か」
小さく呟く。
自覚はある。
否定はできない。
◇
先ほどの対話。
敵幹部との会話。
そして、その結論。
――戦わない。
それが最適解。
「……ありえない」
レオネルは思考を巡らせる。
これまでの常識。
力は競い合うもの。
強者同士は、いずれ衝突する。
だが。
「衝突が成立しない……」
それが、セリアの存在だった。
◇
「殿下?」
セリアが振り返る。
「どうかなさいました?」
「……いや」
レオネルは首を振る。
「少し考え事をしていただけだ」
「そうですの」
それ以上は踏み込まない。
自然な距離。
だが、それが逆に遠い。
◇
「……なあ、王子様」
カイルが横に並ぶ。
「分かるか?」
「何がだ」
「あれ」
視線をセリアへ向ける。
「分からん」
即答だった。
「だが、分かろうとしている」
「やめた方がいいぜ」
軽く言う。
だが、その目は真剣だ。
「……なぜだ」
「壊れるからだ」
短い答え。
「何が」
「お前の基準が」
◇
レオネルは黙る。
否定できない。
すでに、揺らいでいる。
「……それでも」
ゆっくりと言う。
「見なければならない」
王族としてではない。
一人の人間として。
「まあ、好きにしろ」
カイルは肩をすくめる。
「ただし」
一拍置く。
「戻れなくなるぞ」
◇
「戻る、とは何ですの?」
いつの間にか、セリアが会話に入っていた。
「……聞いていたのか」
「はい」
素直に頷く。
「戻れない、とはどういうことかしら?」
純粋な疑問。
だが。
それに答えるのは難しい。
「……」
レオネルは一瞬だけ言葉を探す。
だが。
「……今までの“普通”に、戻れなくなるということだ」
それが限界だった。
「まあ」
セリアは微笑む。
「普通は変わるものではありませんの?」
◇
その一言で。
思考が止まる。
「……変わる?」
「はい」
当然のように言う。
「状況が変われば、普通も変わりますもの」
「それは……」
理屈としては正しい。
だが。
「では、殿下の普通も変わるのでは?」
自然に続く。
「……」
否定できない。
「それは……困ることかしら?」
問い。
だが、責めるものではない。
ただの確認。
◇
レオネルは、答えられなかった。
困るのか。
変わることが。
「……分からない」
それが、正直な答えだった。
◇
「そうですの」
セリアは穏やかに頷く。
「でしたら」
一拍置く。
「そのままでよろしいのではありませんか?」
「……何がだ」
「分からないままで」
微笑む。
「そのうち分かるかもしれませんし」
「分からないままでも、問題ありませんもの」
◇
その言葉に。
レオネルは、静かに息を吐いた。
力が抜ける。
考えすぎていたのかもしれない。
理解しようとしすぎていたのかもしれない。
「……そうか」
小さく頷く。
「それでもいい、のか」
「はい」
セリアは迷いなく答える。
◇
恐怖は消えない。
だが。
少しだけ、形が変わった。
拒絶ではなく。
興味へ。
「……やはり」
レオネルは小さく呟く。
「目を離せないな」
それが、今の結論だった。
◇
その背後で。
カイルが小さく笑う。
「……手遅れだな」
誰にも聞こえない声で。
「完全に、引き込まれてる」




