第16話 理解できる者は、最初から戦わない
西方深部――
人の足がほとんど入らない領域。
木々は歪み、地面はひび割れ、空気は重く淀んでいる。
その中心に。
一人の男が立っていた。
「……全滅、か」
低い声。
感情は薄い。
ただ、事実を受け取る。
「制御個体、二十二」
「干渉術式、三層」
「観測網、維持中」
それらすべてが。
「意味を持たない」
静かに結論づける。
その男は。
術者だった。
ただし、先ほどの者たちとは格が違う。
構造を理解している。
理論を知っている。
そして。
限界も知っている。
「……星剣」
その名を口にする。
軽くではない。
重く。
正確に。
「ようやく、形が見えた」
◇
一方。
「静かですわね」
セリアたちはさらに進んでいた。
先ほどの戦闘の後。
異様なほどに気配が消えている。
「……引いています」
ノエルが言う。
「意図的に」
「はい」
カイルも頷く。
「これは……」
言葉を選ぶ。
「迎えに来てるな」
「まあ」
セリアは穏やかに言う。
「でしたら、ちょうどよろしいですわね」
その発想が、すでに普通ではない。
◇
開けた場所に出る。
何もない。
ただ、歪んだ大地だけ。
そして。
「……来たか」
男が立っていた。
黒い外套。
無駄のない姿勢。
視線は静かで、深い。
「はじめまして、でよろしいですわね」
セリアが微笑む。
「ええ」
男は頷く。
「そうだな」
言葉は穏やか。
だが、その場の空気は張り詰めている。
「お前が、セリア・アストレアか」
「はい」
セリアは自然に答える。
「あなたが、この森を整えていらした方ですの?」
「整える、か」
男はわずかに口元を歪める。
「そう見えるなら、それでもいい」
曖昧な答え。
だが、否定はしない。
◇
「……殿下」
ノエルが低く言う。
「危険です」
「ああ」
レオネルも同意する。
分かる。
この男は、先ほどまでとは違う。
強さではない。
質が違う。
「……カイル」
レオネルが視線を向ける。
「分かるか」
「……ああ」
短く答える。
「こいつは」
一拍置く。
「分かってる側だ」
◇
「一つ、確認したい」
男が口を開く。
視線は、セリアから外れない。
「お前は」
「何をしている」
同じ問い。
だが、意味が違う。
探るのではない。
確かめる。
「色々な場所へ行って」
セリアは答える。
「色々な方とお会いして」
「少しお手伝いをしておりますわ」
変わらない答え。
だが。
男は、そこで理解した。
「……そうか」
小さく頷く。
「やはり、そういうことか」
何かが、繋がる。
◇
「戦う気はあるか」
男が問う。
直球。
だが、無駄ではない。
「ございませんわ」
即答だった。
「必要がありませんもの」
その一言で。
すべてが決まる。
◇
男は、ゆっくりと息を吐く。
そして。
一歩、下がった。
それは。
明確な意思表示。
「……理解した」
低く言う。
「これは、戦闘ではない」
セリアは小首を傾げる。
「そうですわね」
あっさりと同意する。
「お話ができれば十分ですもの」
「……違う」
男は首を振る。
「そういう意味ではない」
一拍置く。
そして。
言い切る。
「これは、選択だ」
◇
空気が変わる。
緊張が、別の形になる。
「俺は戦わない」
男は静かに言う。
「戦えば、終わる」
断定。
迷いはない。
「……」
レオネルが目を細める。
カイルも同じだ。
理解している。
この男は。
正しい判断をしている。
◇
「では」
セリアが微笑む。
「お話をいたしましょう」
それだけ。
戦闘は、最初から存在しなかった。
◇
男は、その様子を見て。
小さく、笑った。
「……なるほどな」
ぽつりと呟く。
「これが、“星剣”か」
その言葉に。
初めて、確信が宿る。
理解した者だけが辿り着く結論。
「……厄介だ」
だが。
その声に、恐怖はなかった。
ただ。
「面白い」
純粋な興味だけがあった。




