第11話 理解しようとするほど、距離が遠のく
――理解したい。
それが、レオネルの動機だった。
王立学園において、彼は常に最適解を選び続けてきた。
知識は蓄積され、経験は整理され、思考は体系化される。
分からないものは、分かる形に分解すればいい。
それが、彼のやり方だった。
だが。
「……分解できない」
小さく呟く。
視線の先には、セリア・アストレア。
公爵令嬢。
そして、“星剣”。
「殿下、何かお考えですか?」
リリィが気づいて声をかける。
「いや……」
レオネルは首を振る。
「少し、整理をしているだけだ」
「整理、ですか?」
「ああ」
視線をセリアへ戻す。
「彼女の行動原理をな」
リリィは一瞬だけ困った顔をした。
そして。
「たぶん、無理だと思います!」
にこやかに断言した。
「……そうか」
レオネルは苦笑する。
否定できない。
◇
「少し休憩にいたしましょうか」
セリアが言う。
ちょうど開けた場所に出ていた。
木陰があり、風も穏やかだ。
「はいっ」
リリィが元気よく頷く。
ノエルは周囲を警戒しながら位置を取る。
レオネルも自然に周囲を確認した。
――その瞬間。
「来るぞ」
低く言う。
気配。
複数。
しかも速い。
木々の間から飛び出してきたのは、狼型の魔物だった。
だが、通常種ではない。
体表に魔力が纏わりつき、目が赤く濁っている。
「強化個体……!」
リリィが声を上げる。
「西の影響が、ここまで……!」
数は五。
連携を取りながら、一斉に襲いかかる。
「下がっていろ」
レオネルが前に出る。
剣を抜く。
構える。
冷静に、正確に。
まず一体。
踏み込み。
斬る。
手応えはある。
だが。
「……硬い」
通常より明らかに耐久が高い。
しかも。
残りが同時に回り込む。
「連携が――」
完全に統制されている。
個体ではなく、群れとして動いている。
「殿下!」
リリィの声。
ノエルが一歩踏み出す。
だが、その前に。
「まあ」
セリアが、立っていた。
「少し賑やかですわね」
レオネルは動きを止めない。
だが視界の端で、確かに見ていた。
セリアが、剣に手をかけるのを。
「一体だけ、試しますわね」
静かな声。
その意味を理解する前に。
動いた。
速い、ではない。
見えない。
次の瞬間。
魔物が、一体だけ。
音もなく崩れた。
「……」
レオネルの動きが、ほんの一瞬止まる。
何が起きたか。
理解が追いつかない。
だが、戦闘は続く。
残り四体。
「……いや」
セリアが小さく呟く。
「やはり、まとめての方がよろしいですわね」
その一言で。
すべてが終わった。
振る。
それだけ。
四体が、同時に崩れ落ちる。
音すらない。
ただ、結果だけが残る。
◇
「……」
沈黙。
風だけが通り過ぎる。
「これで大丈夫ですわ」
セリアは穏やかに言う。
「お怪我はございませんか?」
「……ああ」
レオネルは答える。
声は、平静だった。
だが内心は違う。
「今のは……」
問いかける。
だが、言葉が続かない。
何を聞けばいいのか、分からない。
「少し振っただけですわ」
いつもの答え。
変わらない。
だからこそ、重い。
「……そうか」
レオネルはそれ以上問わなかった。
問う意味がないと理解したからだ。
◇
休憩を再開する。
まるで何事もなかったかのように。
リリィは少し遠い目をしている。
ノエルは静かに周囲を警戒している。
そして。
「……」
レオネルは、セリアを見ていた。
理解しようとしている。
だが。
距離は縮まらない。
むしろ、遠ざかる。
「殿下?」
セリアが振り返る。
「どうかなさいました?」
「……いや」
レオネルは首を振る。
「何でもない」
そう答えるしかなかった。
◇
理解できない。
だが。
目を離せない。
それが、今の結論だった。
そして。
それこそが、最も危険な状態であることを。
彼はまだ、知らない。




