黒猫【シュレイド】
十日目。
川で顔を洗う。
冷たい水が、意識を引き締めた。
――来る。
殺気を感じた方向へ、石を投げる。
空気を裂く速度。
次の瞬間。
もやが、そこから滲み出るように現れた。
ドゥルン、と。
黒い猫が、姿を現す。
観察する。
動き。
癖。
兆候。
右手を振り上げた――火魔法。
水を巻き上げ、壁を作る。
横へ走る。
両足を踏ん張る――木魔法。
うねる触手。
斬る。切る。断つ。
一番太い根に、剣を突き立てる。
「……来いよ」
手のひらを上に向け、招く。
もやが、膨らむ。
怒り。
だが――
体を縮めた。
闇。
来る。
――ここだ。
放たれる瞬間。
わずかな、間。
踏み込む。
最速で、足元へ。
そして――
初めての斬撃を、叩き込んだ。
もやが、弾ける。
離散し――
それは、俺へと集まってきた。
「なっ……!?」
避けられない。
飲み込まれる!
◇
気づけば、静寂。黒いもやは特に何も起こらず俺の中へと消えていった。
体は軽い。
だが――
どっと、疲れが押し寄せた。
その場に崩れ落ちる。
「……終わった、のか」
荒い息を整えながら、空を見上げる。
もう、何もいない。
静かだ。
あれだけ耳障りだった音も、気配も、殺気も。
全部、消えている。
……終わった。
その実感が、遅れて体に染み込んでくる。
力が抜ける。
膝が笑う。
その場に、崩れ落ちた。
「……はは」
乾いた笑いが、漏れる。
勝ったのか。本当に。
あの、どうしようもなかった存在に。
何度も、何度も殺されて。
逃げて、焼かれて、潰されて。
それでも――
生きてる。
胸に手を当てる。
鼓動が、確かにそこにある。
うるさいくらいに。
生きている証みたいに。
「……終わった、のか」
誰に聞くでもなく、呟く。
答えは、返ってこない。
ただ、静寂だけがある。
ゆっくりと、息を吐く。
長かった。
たった十日。
けれど――
それ以上の時間を、生きた気がする。
ミナトは立ち上がり剣を握った。
刃は欠け、あちこちが歪んでいる。血と煤で、元の色も分からない。
剣を鞘に納め。
足を、一歩踏み出す。
もう、振り返らない。
「……こんな森、さっさと抜けるか」
空を見上げる。
光が、眩しい。
少しだけ、目を細める。
そして――
中都市へ向かって、歩き出した。
◇
――遥か遠く。
崖の上。
黒衣の魔女は、微笑んでいた。
その傍らには、大きな黒猫。
魔女「ふふ……シューちゃんの回復魔法は優秀ねぇ。瀕死でも完全回復できるんだもの!」
シュレイド(黒猫)「たわいもないことですよ。しかし、成長するものですね」
魔女「これからが、楽しみですわ」
黒猫は鼻を鳴らし答えた。
シュレイド「フン!僕の方が100倍いい男なのに」




