暗闇
目を覚ます。
目の前の大きな切り株には、温かい食事が用意されていた。
「……なんだ、これ」
理解が追いつかない。
だが、腹は減っていた。
目の前の食事にがっつきながら思い出した。
左手。
そこにある。
指を動かす。
問題なく動く。
体には爪痕こそあるものの痛みは全くない。
「……なんだ、これ」
体も妙に軽い。
痛みも、疲労もない。
それが、逆に気味が悪かった。
あの感触。
あの痛み。
思い出しただけで、背筋が冷たくなる。
じゃあ、これはなんだ。
どうして、治っている。
どうして、ここに飯がある。
どうして――
そこまで考えて、ふと、別の違和感が浮かぶ。
赤く染まった森。
空を覆う、無数のカラス。
そして――
あの少女。
思い出そうとすると、輪郭がぼやける。
確かに見たはずなのに。
声も、表情も、掴めない。
ただ――
あの瞳だけが、焼き付いて離れない。
「……なんなんだよ」
思わず、吐き捨てる。
――殺気。
考えるより先に、体が動いていた。
走る。
とにかく、走る。
理由なんてない。ただ、ここにいたらまずいと、本能が叫んでいた。
枝を踏み、転びかけ、それでも立ち上がる。
息が上がる。
肺が焼ける。
それでも止まれない。
「来るな……来るな……!」
振り返る勇気はなかった。
だが――
背中に、熱が迫る。
空気が歪む。
次の瞬間。
視界が、白く弾けた。
遅れて、灼熱。
皮膚が焼け、肉が焦げる匂いが鼻を突く。
叫ぶ暇もなかった。
ただ、燃えた。
逃げることすら、許されずに。
◇
起きたのは夜だった。また、切り株には、温かい食事。体の不調はない。
夜だった。
最初から、分かっていた。
これは、昨日より悪い。
静かすぎる。
音が、ない。
風も、虫も、何もかも。
不自然なほどに。
「……やめろ」
誰に向けたのかも分からない言葉が、零れる。
森の闇へ走った。
離れろ。
ここから、離れろ。
「はっ……はっ……はっ……!」
音がうるさい。
自分の呼吸が、心臓の鼓動が、全部うるさい。
バレる。
これじゃ、見つかる。
もっと速く。
もっと――!
そのとき。
――落ちた。
足元が消えた感覚。
気づいたときには、もう遅い。
闇。
ただの暗闇じゃない。
重い。
粘つくような、沈む闇。
上下も、左右も、分からない。
体が浮いているのか、落ちているのかすら、判断できない。
――思考だけが、速い。
異常なほどに。
恐怖は思考の海へ消え去り。
頭だけが、切り離されたみたいに回り始める。
整理しろ。
繰り返している。
死んで、回復して起きる。
俺にそんな能力はないはず...
原因。
黒猫。
――魔獣。
そう考えるのが、一番自然だ。
普通じゃない。
あの目。
あの気配。
ただの動物じゃない。俺は殺されたときどういう状況だった...
逃げた。
二回目。
結果、焼かれた。
範囲攻撃。
追尾、もしくは広域殲滅。
逃走は――無意味。
戦闘能力は未知数。
まだチャンスはあるかもしれない。
次は相手を見て回避..動きを覚えろ..格上には隙を見いだすしかない!
思考が、さらに加速する。
そして、今。
この闇。
拘束、もしくは精神干渉型。
空間系か。
物理じゃない。
抵抗できない理由は、それだ。
なら――対処法は?
無理だ。
現状の自分じゃ、どうにもならない。
力が足りない。
知識も、手段も。
詰み。
その言葉が、頭をよぎる。
――違う。
まだだ。
完全に詰んでいるなら。
何度も繰り返す意味が無い。
これは。
試されている。
選ばされている。
その瞬間。
ひとつの結論に、辿り着く。
逃げるな。
向き合え。
殺される前に――
殺せ。
程なくしてミナトは自死を選ぶ。




