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魔眷のミナト  作者: 少佐
3/11

黒猫

 村を出て数日――俺は深い森の中を進んでいた。


 陽の光すら届きにくい、静まり返った森。


 道は細く、視界の端を黒い影が横切る。


「猫……?」


 気づけば、一匹の黒猫が少し先に立っていた。


 じっとこちらを見つめ、くるりと背を向ける。


 ――ついてこい、と言わんばかりに。


 なぜか、迷いはなかった。


 俺は、その後を追った。


 森の奥へ、奥へと。


  やがて  十字路にでた。猫は森の中へと姿を消した。


 十字路の中央に、古びた木の看板が立っている。


 根のようにねじれ、苔に覆われたそれには、かろうじて文字が残っていた。




           ――>ノルヴァ砦中都市へ

 <――アオバ村へ



 どちらも、長い年月を経て朽ちかけている。


「……ノルヴァ」


 そう呟いたときだった。


 ふと、景色が赤く染まっていることに気づいた。まるで夕焼けのようでいて――どこか、淀んだ色。


 空を見上げる。


 無数のカラスが、円を描くように飛んでいた。


 ざわり、と背筋が凍る。


 その異様な光景に、息を呑んだ――そのとき。


 「――ねえ」


 すぐ後ろで、声がした。


 振り返る。


 いつの間にか、ひとりの少女が立っていた。


 年の頃は、自分とそう変わらないだろうか。


 飾り気のない服に、透き通るような白い肌。


 どこか儚く、それでいて――不思議と目を引く存在だった。


 けれど。


 どうしてだろう。


 その瞳だけが、妙に深くて――底が見えない。


 すっと――意識が、溶けた。


 ◇


 気づけば、知らない町に立っていた。


 石畳の道。

 

 白い壁の家々。

 

 夕日に染まる、穏やかな街並み。


 初めて見るはずなのに――


 なぜか、懐かしかった。


少女「遅いよ」


 隣から声がする。


 振り向けば、さっきの少女がそこにいた。


 当たり前のように。


 ずっと前から一緒にいたかのように。


少女「ほら」


 そう言って、手を差し出してくる。


 迷うことなく、その手を取った。


 温かい。


ミナト「ごめん、リディア。なんか夢を見てたような...」


 それが、当たり前だと思えた。


 親友のようで、恋人のようで――


 いや、それ以上に大切な存在。


 そんな感覚が、胸の奥に自然と根付いている。


 並んで歩く。


 笑い合う。


 何気ない時間が、ただただ心地いい。


 やがて、町外れのベンチに腰を下ろした。


 夕日が、ゆっくりと沈んでいく。


 隣に座る少女が、そっと俺の頭をなでた。


リディア「……きれい」


 小さな声。


 優しく、愛おしむように。


「こんなにも、混じりけのない心……」


 その言葉の意味を考えることもなく、


 ただ、その手の温もりに身を委ねる。


「ねえ」


 柔らかな声が、耳元で響く。


「私を、幸せにしてくれる?」


 考える必要なんて、なかった。


 迷いも、疑いもない。


「……はい」


 自然に、そう答えていた。


 その瞬間。

 

 ◇


 気づけば、森の中に立っていた。


「……?」


 何かがおかしい。


 だが、その違和感を考える前に――


 目の前に、それは現れた。


 黒い、巨大な猫。


 ミナトの3倍はあるだろうか。


 その体は実体を持たず、もやのように揺らめいている。


 輪郭すら曖昧で、ただ――


 目だけが、はっきりと存在していた。


 黄色い渦。


 見ているだけで、飲み込まれそうな感覚。


 次の瞬間。


 ――来る。


 本能が、危険を告げる。


 黒い巨体が、わずかに揺らいだ。


 次の瞬間、地面が弾ける。


「っ――!」


 反射的に後ろへ跳ぶ。


 風を切る音。


 直後、さっきまで立っていた場所が抉り取られていた。


 速い。


 速すぎる。


 思考が追いつかない。


 ――逃げろ。


 頭の中で、警鐘が鳴り響く。


 逃げなきゃ。


 逃げなきゃ。


 肩にかけたマジックポーチが、やけに重く感じた。


 足がもつれる。


 振り返る。


 そこには、もう...いた。


 迫る黒。


 視界を埋め尽くす、黒いもや。


 振りかぶられる前脚。


 避ける――間に合わない。


 咄嗟に剣を構える。


 だが。


 次の瞬間、視界が弾けた。


 衝撃。


 体が宙を舞う。


 そのまま、背中から木に叩きつけられた。


「がっ……!」


 肺の空気が、一瞬で抜ける。


 息ができない。


 痛みが、遅れてやってきた。


 胸が、焼けるように熱い。


「は……っ、は……」


 呼吸が浅い。


 視界が、揺れる。


 立たなきゃ。


 逃げなきゃ。


 なのに――


 体が、動かない。


 足音。


 近づいてくる。


 終わる。自分の体へ視線を落とす。左腕はちぎれ、三本の深い爪痕が、肉を引き裂いている。

 血が、どくどくと溢れていた。




 あぁ...死んだ。





 そう、理解した瞬間――


 ズッ、と。


 意識が、途切れた。


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