第8話 聖堂爆破事件
「おぉ! なんだこれ、マジでうまいな」
俺たちはエディから街の案内を受けていた。
助けてもらった御礼と言っていたが、どうだかな。
「美味しいものがいっぱいです! サクラ様にも召し上がっていただきたいです……」
屋台通りは文字通り屋台が所狭しと並んだ道であり、シュヴァイツらしい多種多様な食材や料理が並んでいた。
当然、通貨なんてもっていない俺たちだったが、すべてエディが奢ってくれた。
「アザールさんたち、どうやって生きていくつもりだったので?」
エディは呆れた顔を見せたが、嫌な顔をひとつもせず、寧ろ、あれもこれもと買い食いを勧めてきた。
ティンクはあんな小さい身体のどこに入るんだと疑問に思う程、次から次へとエディから差し出されたものを食べている。
「雪国で育って十余年、味の種類がこんなにたくさんあるものだとは知りませんでした」
控えめながらも、感動していた。
サクラが起きないため、その点は負い目というか残念に思っているようだ。
「雪国ですか。ってことは、ティンクさんはノルディックかどこかの出身で?」
「そうです。私たちはもり――」
「森?」
「いえ、ノルディックでは同じ部族で集団生活をしていまして、雪深い島でしたから他部族との交流もあまりなかったんです」
「そうでしたか。あっしもノルディックの出身者とこうしてお話するのは初めてだもんで、いろいろ聞いちゃってすみませんね」
話を引き出すのが上手い。
言葉や会話そのものというより、その雰囲気がそうさせているのだろう。
ティンクも最低限のラインは守ろうとしている様子だが、既にかなり多くの情報を伝えてしまっているし、その“守ろうとしている”対応そのものが価値ある情報に成り得る。
俺たちがよそ者だから警戒しているだけなのか、それ以上の理由があるのか。
永世中立国を謳う国だ。
その地位を確固たるものにするためには、市井にも目と耳があると考えるのが自然だろう。
「エディ、ティンクのことが気になるのは仕方ないが、“教会”のことを教えてくれ」
そう切り込んでみた。
ティンクは俺の意図に気付いていないのか、顔を赤くして下を向いてしまった。
まさか、照れているのか?
「教会ですか? アミグダロイド教のことです?」
「そうだ、霊峰信仰と習合している、だったか? 街のあちこちで宗教色のある装飾をみかける。聖職者を敵には回したくないんでな、その辺を中心に頼む」
エディは「へぇ」と気の抜けた返事をしたが、説明は簡潔で解り易かった。
シュヴァイツは世界宗教であるアミグダロイド教の発祥地らしい。
だが、現在のアミグダロイド教の主流派は別にあり、シュヴァイツは“原理主義”と呼ばれる立場に分類されるそうだ。
古くからあった霊峰ヴァイセンゼーホーへの民間信仰と調和する形で受け入れられ、現在の形になったという。
「原理主義にしろ、霊峰信仰にしろ、このシュヴァイツの根幹は同じで寛容でして。来るもの拒まず、去る者も追わない。互いに違いを認め合いつつ、圧倒的個の尊重があるって感じですね」
「なるほどな。教会の連中はそれを見過ごしているのか? 世界宗教を自称するくらいなら、亜流といえるココを放置するとも思えないが」
エディはニヤリと笑い、誇らしげに言った。
「旦那、うちの王は誰だかご存知ですかい?」
相変わらず食べ物を頬張っているティンクの耳がピンと反応した。
「世界最強の男、彼がシュヴァイツの王でいる限り、教会はココに手を出せません」
永世中立国であること、宗教的少数派であること、多種多様な種族が共生していること。
あらゆる特異性は、結局そこに帰結する訳だ。
だが、逆をいうと、現王が王でなくなった場合はわからないともいえる。
世界最強の看板が現在のバランスを保っている要因だとしたら、それが崩れたときに世界がどう反応するか、まずもって碌な方向には進まないだろう。
「王率いる巨兵団も世界最高戦力であることは間違いねぇです。大男の2倍も3倍もある半巨人の戦士が軍として動く。想像しただけであっしは震えます」
こみ上げてきた笑みを隠すため、ガリッと手に持った串焼きを頬張った。
エディはそんな俺をみて「旦那?」と声をかける。
「それで、最後はあの山か?」
俺はこの観光案内の終着点らしい霊峰を指さす。
「へ、へぇ。もちろんシュヴァイツ観光の目玉といったら、ここ以外考えられないですからね!」
面食らった様子のエディだが、すぐに気を取り直して声を大きくした。
霊峰観光はやはり定番なようで、登山口に向かう道も整備されている。
シュヴァイツらしい幅広な道。徐々に出店の数も増えていく。
傾斜がきつくなってきたため、ティンクからサクラを引き受けた。
ティンクは「私が!」と最初こそ息巻いたが、汗だくで限界が近かったのは明らかだった。
「食べ過ぎました……」
そう呟きながら、顔を赤らめていた。
***
一般観光客が訪れることができる最終地点には、古く立派な聖堂があった。
真っ白な巨石を積み上げて作られたその聖堂は、シュヴァイツの象徴ともいえる「荘厳」という言葉そのものだ。
後方に聳え立つ霊峰が無ければ、その巨大さにも驚いたかもしれない。
だが、霊峰が規格外にデカすぎる。
ほぼ直角に伸びる霊峰だが、見上げてもその頂点は見えない。
俺もティンクも、ポカンと口をあけてそれに目を奪われてしまった。
シュヴァイツもまた、ノルディックほどではないにせよ北方の寒い島だ。
その岩肌に緑は無く、その形もあっていっさいの生命を感じさせない。
一方で、同時に霊峰そのものの凄まじい生命力を感じるという奇妙な感覚に陥る。
「旦那たち、どうですか? ここに来ると皆、そうして言葉がでないんですよ」
エディはへっへっへっと笑っている。
軽口のひとつでも返したいところだが、この光景があまりにも現実離れしていて、言葉を発するのも億劫だ。
聖堂のそばには大きな木が一本。
葉はないが、不思議と枯れ木ではあり得ない生命力を感じる。
「あれは御神木です。暖かくなると葉よりも先に花が咲く不思議な木なんだそうで」
聞いたことのない木だ。
植物は葉から栄養を得るとどこかで聞いた気がするが、それなしにどうやって花を咲かせるのだろうか。
年間を通して寒いシュヴァイツでは、御神木が開花したことはないという。
それでも生命力を感じさせるのだから、やはり不思議な木としか言いようがない。
その時――
サクラが急に身体を起こし、辺りを窺う様子をみせた。
ティンクがすかさず「どうしましたか」と聞くが、サクラはやがて聖堂の裏手に顔を定める。
未だ開かない眼だが、何かを捉えているのは間違いない。
エディは前触れなく動き始めたサクラに驚いた様子だ。
「あっ」
ティンクが何か捉える。
何があったのかと聞こうとした瞬間、ドオォンという凄まじい爆発音があり、やや遅れて爆風があたり一面に巻き起こった。
次回、第9話「狂信」




