第7話 港の喧騒と不穏な影
サクラを船から降ろしたところ、先程とは違った喧騒を感じ取る。
商売人の活気というより、怒気を帯びたものだ。
「サクラ様! アザールさん!」
ティンクが少し離れたところから声をかけてきた。
その声と表情には、焦りと微かな憤りを感じる。
「何かあったのか?」
「あれを!」
ティンクが指さした先をみると、そこにはひとりの獣人とそれを囲む何人かの男たち。
獣人は若く、身なりは良いと言い難い。
どこか薄汚れた印象のある鼠耳の男だ。
お揃いの黒いローブに身を包んだ男たちに囲まれている様子は確かに普通じゃない。
黒ローブの男たちからは、明らかな侮蔑の感情が読み取れた。
対する鼠耳の男はへらへらとしている。
俺はサクラをティンクに預け、その集団に近づく。
先程までは「どけどけ」と勢いの良かった商人たちも遠巻きに見ていた。
ティンクは俺に何か言いたそうにしていたが、俺はそれを制して男たちに近づく。
「どうして小汚い獣風情がこの荷に手をかける」
「すみませんねぇ、旦那。あっしもこうやって日銭を稼がなくちゃならないもんで」
「人間の言葉を口にするな! 汚らわしい」
「……いやぁ、してこの荷物はどうしたら?」
「チッ……、レイス殿! 獣を雇うのはやめていただきたいと事前にお伝えしたはずだが!」
獣人を罵っていた黒ローブのひとりが声をかけた相手は、商船の船長らしい。
レイスと呼ばれた耳の長い小柄な中年男性は、立派な髭を撫でながらつまらなそうに答える。
「獣なんかどこにいるってんだ。俺が雇った人夫に文句があるんなら、自分らで運んでくれ」
「なにを……!? もう良い、行くぞ!!」
黒ローブたちは鼠耳の男から奪い取るように荷物を引き剥がし、ぞろぞろと歩き始めた。
レイスが「金は返さないからな」とその背に声をかけるが、彼らがそれに答えることはない。
息をのむように野次馬をしていた港の連中も、黒ローブたちに道を開けるよう移動をそろそろと始めた。
どうやら“いつも通り”の光景らしいな。
――最初に気付いたのはティンクだった。
小さくハッと驚いたような声をだしたため、その視線を追うと、最後に残った黒ローブの男が鼠耳の男を思い切り蹴り上げようとしていた。
「ちょっとそれはやりすぎじゃねぇか?」
俺は駆け、その脚を握りしめて止めた。
男は一瞬何が起こったのかわからない様子だったが、自分の蹴りが阻止されたと解ると「不敬な、やめろ、手を放せ」と騒ぎ始める。
ティンクが明らかにホッとした様子をみせた。
だが、街の様子は二分された。
ティンクと同じように安堵の表情をみせる者、何かに怯えるような不安の表情をみせる者……。
それはただの喧嘩の成り行きをみているものとは少し違和感があるほどに明瞭だった。
「えっ? あ、え?」
蹴りに備え、うずくまるように防御の姿勢をみせていた鼠耳の男は状況がまだわからない。
俺は俺で注目されるだろうとは思っていたが、街の雰囲気の不自然さが気になる。
これは「知らない世界だから」という感じでもなさそうだが、何だ?
「ハッハッハッ、兄ちゃん、ありがてぇがその手はもう放してやんな」
「ん? あぁ、すまん。忘れてた」
俺は周囲に気を取られ、握っていた黒ローブのことを忘れていた。
こいつはこいつで騒ぎ続け、俺の腕をぽかぽかと殴り続けていたらしい。
手を放してやるとなんだかんだと悪態をつきながら黒ローブの集団へ交じりにいった。
集団の方もまた俺になにか言っていたらしいが、俺の耳には入ってこない。
そんな俺の様子をみてレイスは快活に笑い続けている。
「面白ぇな、お前さん。この島は初めてか?」
「あぁ、さっき来たばかりだ」
「それだったら仕方ねぇ。まぁ、お前さんだったら大丈夫な気もするが……」
レイスが何か言いかけたとき、鼠耳の男が立ち上がった。
「後はあっしが」
「そうか……。それじゃ、頼んだぞ」
鼠耳の男は、パンパンと砂埃をはらいながら「ありがとうございます」と頭を下げた。
レイスはもう出航の準備をしている。
まだ残っている野次馬たちもいそいそと自分たちの仕事に戻っていった。
なんだ、こいつら?
ティンクがサクラを伴って近づいてきた。
俺にペコリと小さく頭を下げると、鼠耳の男に「大丈夫でしたか?」と声をかける。
鼠耳の男は「お恥ずかしいところをみせてしまって……」とそれに応えていた。
レイスの船は出て行ってしまった。
なんなんだ、こいつら?
初めてシュヴァイツにきたこと、初めて鼠の獣人をみたこと、初めてあんな大きな山をみたことなど、ティンクは鼠耳の男と楽しそうに話をしている。
初めての旅、初めての島、初めての会話にティンクも興奮気味なのだろう。
鼠耳の男は【エディ・ベル】と名乗った。
エディは寝ているサクラをみて「この方も狐の獣人なのですね」と話題を拡げた。
ティンクは流石にサクラのことを多く語ろうとはしなかったが、エディはそれを気にするでもなく、次々と話題を変え、大げさなリアクションを挟み、盛り上がる。
ふたりの会話は、戻った港の喧騒に紛れていく。
だが、俺はソレを見逃さない。
エディが、サクラをみる目つきが一瞬だけ鋭くなったことを。
エディが、海に出たレイスに何か合図を送ったことを。
エディが、俺が助けに入った際に不快感をもったことを。
こいつが何者なのかはわからない。
俺たちを待ち構えていたとは思わない。
おそらく俺たちはこいつにとってイレギュラーだったはずだ。
あの怪しい黒ローブの調査でもしていたのか?
それにしては露骨すぎるが、少なくとも俺の介入は望んでいなかった。
街の様子も気になる。
あれだけ怪しく空気の読めない黒ローブの連中を野放しにするものか?
好意的に思っていないことは明らか。
だが、直接的に手を出すことを躊躇っているのも明らかだ。
何かが、おかしい。
ふとサクラの顔が目に入った。
俺としても意味はわからないが、そう解ったとしか言いようがない。
今はまだ、黙っておけ――
そうサクラから言われたような気がした。
次回、第8話「聖堂爆破事件」




