第6話 荘厳の国シュヴァイツ
シュヴァイツ編スタートです。
航海は順調そのものだった。
「まさかティンクにそんな能力があったなんてな」
「はい、小さい頃は何となくといった感じだったのですが」
ティンクは星や太陽に頼らずとも方位のわかる、絶対的な方向感覚があった。
雪深く悪天候のノルディックにおいて、それはとても重宝されたようだ。
航海術に興味をもち、勉強していく中で外へ出たいという想いが生まれたキッカケであったともいう。
「それが本当に叶い、こうしてサクラ様のお役に立てること、誇りに思います」
ティンクはそう言って胸を張った。
幸か不幸か、俺たちの旅へ同行することになったティンク。
そういえば俺はこいつのことを何もしらない。
「なぁ、ティンク。お前のこと、この世界のことを教えてくれ」
ティンクはキョトンとした後、「もちろんです!」と元気に語ってくれた。
先に聞いた航海術の他、獣人らしく聴覚と嗅覚には自身があるという。
驚いたことに“一度でも知覚した匂いや音”を忘れないらしく、人の変装などを見破るのは得意だとのこと。
「カーリたちが私を支持してくれるようになった実利的な要因は、この能力が警邏に役立ったからですね」
雪闇に潜む他部族の者を見つけることができ、また、貴重な食料となる動植物の掘り起こしにも寄与したらしい。
「ますます、お前が里を出て良かったのかと心配になるな」
「大丈夫です。彼らは強いですし、兄もいますから」
そう言ったティンクの眼には、確かな信頼と期待、そしてほんの少しの不安がみてとれた。
「そういやヴァルディは光属性の魔法が使えるって話だったな。俺がもともといた世界とは魔法の認識が違う様に感じるんだが、それも教えてくれると助かる」
場合によっては、俺の呪いを解く鍵がサクラ以外にもあるかもしれない。
なにより、“俺を殺せる”奴がこの世界にいたっておかしくないからな。
ティンクは「獣人族は魔法があまり得意ではなく、知見も人族に比べて浅いと思いますが」と前置きし、知っている範囲のことを教えてくれた。
魔法は基本四属性と呼ばれる火・水・風・土があり、誰もが種族を問わず原則的にひとつかふたつの属性を扱える。
ティンクは風属性の魔法が得意とのこと。
特殊二属性と呼ばれる光・闇もあるが、こちらは極少数のみが扱える属性であり、特に獣人族でこれが発現することは非常に稀だという。
長い守り人の歴史の中においても、ヴァルディ以外に特殊属性を扱えた者はいないんだとか。
「獣人の中でも魔法が得意とされる狐獣人でもその程度ですから、他の部族で特殊属性の適性をもって生まれたということは無いと思います」
「そういうもんか」
つまり、俺はベストなタイミングでサクラを解放したと言える。
それとも、女神の野郎が時間軸まで干渉して転移させたのか。
「それで、この世界に“強者”はいるのか? できれば俺より強いと嬉しいんだが」
「えっと、私たちは閉ざされた島で生きていたので、外界のことはあまり把握できていないのですが……」
「シュヴァイツには【世界最強の男】と呼ばれている王がいるはずだ」
「……!! サクラ様! お身体はもう大丈夫なのですか!?」
俺たちの会話にサクラが入ってきた。
ティンクはサクラが声を発するまでその気配を感じられなかった様子。
「なんだお前、歩けるようになったのか」
「お前ではない、サクラだ」
明らかに気怠そうだが、足取りはそれなりにしっかりしている。
というよりも、コイツ今なんていった?
「世界最強の男だと?」
「あやつは巨人の血を引く男。わたしが封印されてどのくらい経っているのかわからんが、簡単に死ぬような男でもなかろう」
さっきから会話にはなっていないが、巨人の血を引く世界最強か。
旅が始まって早々にそんな奴と出会えるのは幸運だ。
「……? アザールさん、どうかされましたか?」
言うだけ言って自室へ戻ろうとするサクラに付き添っていたティンクが俺に声をかけた。
頬に触れ、自分の口角が上がりきっていることに気付く。
「なんでもない、気にするな」
不思議そうな顔をしたティンクだがひとつ会釈をすると、サクラに声をかけながら船の居住区の方へ向かっていった。
「良いじゃねぇか、“世界最強”。俺を殺してみろ」
俺のつぶやきに反応するように、遠くの方で海鳥の鳴く声が聞こえた。
***
その後、戻ってきたティンクにシュヴァイツのことをいくつか聞いた。
彼女がもともと知っていた情報とサクラを寝かせる際に聞いたらしい情報をまとめるとこうだ。
シュヴァイツは、永世中立国を謳い、多種族が共生する多文化的な島らしい。
この世界の常識はわからないが、人族や獣人族だけでなく魔族と呼ばれる者たちにまで交流があるというから、驚きだ。
それを実現させている要因は間違いなく、世界最強の男と称される王が君臨していること。
「それで、あれがその噂の“霊峰”ってやつか」
「間違いないと思います」
距離感が狂いそうなほどに巨大な【霊峰ヴァイセンゼーホー】。
巨人族が信仰する自然崇拝の象徴。
「アミグダロイド教って言ったか? あれの発祥地なんだよな。カーリが言ってた“教会”とは関係あるのか?」
「私もよくはわからないのですが、シュヴァイツはアミグダロイド教と霊峰信仰が習合した独自の宗教観をもっているとサクラ様がおっしゃっていました。要するに“山そのものが神”ということらしいです。ただ……」
「ただ?」
「……サクラ様はアミグダロイド教についてあまり語りたくないような様子でした」
訳アリってことか。
サクラ本人から断定された訳ではないが、教会関係者にサクラは封印されたと考えて良いし、好意的でないことは確実だろう。
だが、話したがらないというのはどういうことだ?
単純に恨みがあるというより、口にも出したくない複雑な関係性があるとみるべきか。
いずれにしても俺が気にすることではない。
「さて、俺を失望させてくれるなよ」
シュヴァイツの荘厳でありながら活気ある港が、目前に迫っていた。
***
「どいたどいたどいた! アラティーリャの小麦便が通るよー!」
「ちょいと兄さん、道を開けてくれ! レクサゴンの荷物は大きいんだから!」
忙しなく行き交う人々。
人族、獣人、魔族、そしてあれが半巨人の兵か。
種族に関係なく交流している様子がうかがえる。
「本当にいろんな奴らがいるな」
「はい。島の外に出たのは初めてですが、この光景は特異なものだと思います」
半巨人の住む国だ。
彼らが不自由なく生活できるように整備されているはずの大きな道も、人と物であふれかえり、すれ違いもままならない。
それでいても荘厳さを感じさせるのは、街全体の巨大さ故か。
相変わらず距離感の狂いそうになる霊峰の存在故か。
あるいは、目に付く数々の民藝にまで信仰を感じられる細工故か。
「サクラは?」
「おやすみになっています。申し訳ございませんが、後で少し手を貸していただきたいです」
サクラはまだ自室で寝ている。
尾の不足による魔力的体力的な不調だけでなく、長い封印から解放されたことによる不安定さもあるのだろう。
船の上では、立って話をする場面もその時間も日を追うごとに増えてきた。
だが、それでもサクラが眠りにつく時間は長すぎる。
日の大半はベッドの上で過ごすことになるし、食事もろくにとれない。
結局、旅の道中は”ヴィネグレット”という車輪付きの椅子に乗せて移動させることにした。
俺は「そんな貴族みたいなものはいらない。背負い籠で充分だ」と言ったのだが、ティンクが猛反発してきたため、急ごしらえで作ったものになる。
日除けも備えたそれは、ティンクでも安心してサクラを移動させられる乗り物だ。
ヴィネグレットに乗ったサクラを甲板まで押して歩き、海を見ながら話すことがティンクにとって何よりも幸せとのこと。
だが、木製のそれはとにかく重い。
押して歩く分には車輪があるため問題ないが、それを船から降ろすとなるとティンクでは難しい。
「気にするな」
俺はそういっていったん船へ戻る。
港の喧騒は、かえって心を静かにさせるらしい。
荘厳の国シュヴァイツ――
世界の東西を分ける境にて永世中立国を謳い、多種多様な種族が共生する稀有な島。
それを実現させているのは、間違いなく【世界最強の男】シュヴァイツ王の存在。
「失望させてくれるなよ」
霊峰に背を向け、舷梯をゆっくりと上る。
海鳥の鳴き声だけは、やけにはっきりと耳に入ってきた。
次回、第7話「港の喧騒と不穏な影」




