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第9話 狂信

 吹き飛ばされそうになったエディの服をつかみ、周囲を確認する。


「ありがてぇです。しかし、何が起きて……」


 エディは震えた声で礼を述べるが、相手にしている暇はない。


 サクラを庇う様にティンクは風魔法を発動させ、上手く爆風を受け流したらしい。

 咄嗟の判断と素早い行動は流石だ。


 いつもはどこか抜けた印象のティンクも、サクラのこととなれば戦士の顔を出す。


 悲鳴が飛び交い、舞い上がった砂埃が収まってくるとその爆発の規模がわかってくる。

 巨大な聖堂は半壊し、その一部は今にも崩れ落ちそうだ。


 観光客はパニックに陥っており、警備らしい半巨人の兵士も避難指示が覚束ない。


「あれだ」


 誰もが混乱している中、サクラの冷淡な声が俺の耳に届く。


 サクラが指さす方向に視線を向けると、港で会った黒ローブに似た集団。


「おい、お前ら!」



 後に振り返ると、俺がここで声をかけたのが間違いだったのかもしれない。


 彼らは黒ローブを脱ぎ、それを俺に向かって投げつけてきた。

 油断、慢心、そう言われても仕方がない。


 俺は「何をされても大丈夫」という確信があったから。


 黒ローブで視界を奪われ、それを手で払い除けたとき、彼らはもうどこにもいなかった。


「あそこです!」


 今度はティンクが指をさして叫ぶ。


 その先には避難のため逃げ走る群衆。


「クソッ、どいつだ」


 顔など覚えているはずがない。

 誰もが必死に崩れそうな聖堂から逃げている。


「ほら、あれです! 緑のスカーフをした!」


 ティンクが指定した男は、やや反応を見せたがそのまま群衆に紛れ込む。


 俺も目で追うが、あいつはスカーフを捨てやがった。


 ティンクに「自分で行けよ」と思わず言いそうになるが、ティンクはサクラの前で身を挺している。


 思わず舌打ちしてしまう。

 優先順位に絶対的な温度差がありすぎる。


「おかあさあぁぁん!!!」


 子どもの泣き声。


 どうやらがれきの下に女の子が挟まってしまっているらしい。


「誰か! どうか娘を助けてください!」


 すぐそばで母親らしき女性が助けを求めて泣き叫んでいる。


 警備の半巨人も避難誘導で手一杯の様子。


「俺は何をやっているんだ」


 自身に悪態をつく。

 俺は母娘に駆け寄り、声をかけてがれきをどかしてやった。


 なんで俺が人助けなんてやらなきゃいけねぇんだ。


 だが、身体が勝手に動いてしまっている。

 死ぬかもしれない娘を、娘を失いそうで泣き叫ぶ母を、見過ごす訳にはいかなかった。



「なぁんだ。やっぱりただのお人好しか」



 余計なことに思考を奪われていたからなのか。

 俺はそいつが近づいていることに気付けなかった。


 いや、そいつがそうだと見抜けなかった。



 母と娘は、火のついた爆弾を抱えていた。


「なん、だと……?」



 人の悪意には敏感だと思っていた。

 魔力の波も、相手の動きも、細かく察知できる自信はあった。


 だが、「無力な存在が悪意をもって俺に挑む」という想定は俺になかった。


 頭がそれを理解する前に、第二の爆発が起こる。


「アザールさん!!」


 俺の名を呼ぶティンクの声が爆発音に交じって届く。

 本当にクソッたれだ。



 ――俺は母娘から奪った爆弾を全身で覆い隠した。


 それによってどうにか爆発の影響は最小限に抑えられたらしく、驚いた顔で俺を眺める母娘の生存も確認できた。



「何か言うことはあるか?」


 俺はそう言って母親の方を睨む。

 女は「ヒッ……、化け物……」と零し、娘を抱いて尻もちをついたまま後退る。


 娘の方も抱かれたままガタガタと震えている。


「アザールさん、だ、大丈夫でしたか?」


「あぁ、問題ない」


 ティンクはサクラを伴って駆け寄ってきた。

 そりゃ爆弾を抱え込んだまま爆発したからな、心配もするだろう。


 先程の爆発の規模を見たあとならなおさらだ。

 こうして平気な俺がおかしいと言わざるを得ない。


 ティンクは俺の身体を上から下まで確かめた後、母娘の方を向いた。


「彼女たちが?」


「おそらく黒ローブの連中の仲間なんだろうな」


 完全に頭がイカレてやがる。

 母娘が一緒に自爆するか?


 俺を狙っていた感じもあった。

 この島にきたのはもちろん初めてだ。


 奴らとの関係も港の一件だけのはず。


 あれだけで?


 宗教絡みとみてまず間違いねぇだろうが、狂信者ってのはつくづく面倒だ。



 俺は周囲を警戒しながら、母娘から視線を外すことなく思案する。

 次は少しの隙も与えないために。


「王がお越しになったぞ!」


 そう叫んだのは誰なのか。


 騒ぎを聞きつけて王宮が早速動いたらしい。

 王自らが第一陣で出張るとは、大したもんだ。


 パニックになっていた群衆も王の名を聞いて落ち着きを取り戻し始める。


 やがて自然と道が開けられ、やってきた。



「皆の者、無事であるか。何があった?」


 デカい。

 この国に来てから、何度、いくつ、そう思っただろうか。


 世界最強といわれるシュヴァイツ王が登場した。


 その圧倒的な存在感は、身体の大きさだけでなく、身体の芯を揺さぶるような声にも表れていた。


 不思議なことに、観光客は未だ混乱している様子があったが、シュヴァイツの国民と思われる人々は、王をみてその声を聞いただけで安心しきっている。


「こいつです! こいつがやりました! さっきは娘にまで手を出そうと!!!」



 ……は?


 王に向かって叫んだのは、自爆して俺を殺そうとした女。


「俺もみてました! あいつが爆弾を服の中に隠して!!」


 群衆の中にいた男も叫んだ。

 俺は顔も覚えていないしわからないが、おそらく緑のスカーフをしていた男だろう。


「ほう、見ない顔だが。我が国で好き放題してくれたのう」


 シュヴァイツ王は俺を睨みつけると、そう凄んだ。


 まったく、どうしてくれるんだあいつら。



 面白くなってきちまったじゃねぇか。

次回、第10話「世界最強の男」

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