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第10話 世界最強の男

 睨み合うシュヴァイツ王と俺。


 群衆だけでなく、王が連れてきたデカい連中も息をのんでいた。

 おそらくあれが“巨兵団”で間違いないだろう。


 少し離れたところにいたエディは、ガタガタと震えながらもキョロキョロと視線を動かしている。


「あ、あの! アザールさんは……」


 ティンクが俺を庇うように何か言いかけたが、俺はそれを手で制する。


 ありがたいが、不要だ。


 ティンクは「どうして」という顔を俺に向けるが、構っている暇はない。



「シュヴァイツ王か、世界最強なんだってな?」


 俺の軽口に群衆はざわめく。


 巨兵団は怒気を滲ませ、エディは顔が真っ青になる。


「いかにも、我はシュヴァイツの王である。【世界最強の男】と称されることも事実だ」


 傲りはないが、確かに感じられる圧倒的な自信。

 巨大さとは、質量とは、すなわち、強さである。


 まるで隙がない王の佇まい。


 威風堂々という言葉がこれほどに似合う存在もないだろう。


 五メートルはあろうかというその巨体は、見上げるしかない。


 王族らしい威厳ある服装だが、やけに実戦的だ。

 華美な装飾はなく、動きやすさを重視していることがわかる。



「それで……」


 王の圧力が一気に跳ね上がった。


 ティンクが思わずサクラの前に出ようと駆ける。


「お前は、何者だ?」


 声にも質量ってあるのか。


 そう思わされるほど、物理的な重さを感じる王の言葉。

 群衆も、巨兵団ですらも意図せず一歩下がってしまうほどに。


 場にいる全員が固唾を飲んで俺の言葉を待っている。


 何故、爆破事件なんか起こしてしまったのか?

 何故、世界最強の男を前に平然としているのか?

 何故、シュヴァイツ王は見知らぬ男にこれ程までの圧力をかけているのか?


 群衆の何人かは王の圧力に耐えきれず、気を失う者がでてきた。


 それでも、シュヴァイツ王は威圧することを止めない。

 彼の眼には俺しか映っておらず、多少の犠牲を覚悟した様子だ。



「俺は……」


「シュヴァイツ王! 誤解です、彼は今日ここに来たばかりの旅人。港で縁あって私が街案内をしていた際、偶然この現場に居合わせただけです。これ程に大規模な計画を立て実行できるはずもありません!!」


 俺が答えようとしたら、意外なことにエディが俺を庇った。


 王は顎に手をやり、ほんのわずかだけ思案する様子を見せたが、「よい」と短く言葉を発すると、サッとなんでもないといった調子で右腕を振った。


 それだけで、エディは後ろに吹き飛んだ。

 ブンッという風の音が突き抜ける。


「爆破の真偽はこの際どうでもよい。その魔力量、隠しているつもりか? 我は神話の悪魔とでも立ち会っている気分だ」


「……へぇ」


 王の発言で更にざわめきが大きくなる。


 あのシュヴァイツ王が、警戒している。


 それだけで群衆の混乱を招くには充分だった。


 巨兵団は素早く避難誘導を再開した。

 吹き飛んでいたエディも行動に移している。


 怪我の無いように風圧を調整して、引き剥がした。


 なるほど、デカい図体の割に繊細な調整もできるらしい。

 流石に世界最強、力だけでなく技もあるか。


「改めて問おう。お前は何者だ?」


 俺は嬉しかった。

 歓喜していたと言える。


 女神に異世界へ放り込まれて、こんなに早く、こんな機会に巡り合えるとは思ってもいなかった。


 サクラの尾を回収する旅?


 まどろっこしい。

 そもそもその先に解呪が確約されている訳でもない。


 サクラが完全復活したら俺の呪いが解ける。


 女神がそう断言したか? いや、していない。



『彼女なら、あなたの呪いを解くことができるかもしれません』


 あくまで“かもしれない”としか言っていない。


 不確定で長い旅をするくらいなら、世界最強と今ここで戦う方が良いに決まってる。


 お誂え向きに奴も殺る気だ。

 もしここで死ぬことができたら、面倒なことを考える必要もない。



「俺が何者だって? そう聞かれるのは“数百年”ぶりだな」


 誰何されることはあっても、存在そのものに疑いをかけられることは稀だ。


 それは想定外に出会った際の反応。

 規格外の存在に対する拒絶。


 異物を認めることはできない、あってはならないとする防衛機制。


 俺のへらへらした態度を前にしても、シュヴァイツ王は構えを緩めない。



「俺の名はアザール。クソ女神からお使いを頼まれてこの世界に降り立った――」


 シュヴァイツ王の拳が更に強く握りしめられるのがわかる。

 ティンクが、エディが、サクラさえも俺の言葉に反応していた。



「“元魔王”だ」



「ウオオオオォォォアアアァァァァ!!!!」



 シュヴァイツ王が渾身の力で振りぬいた拳が迫る。

 その形相から、全身全霊を捧げた一撃であることは明白。


 王は、俺が言い切る前に動き出していた。



 巨大すぎる霊峰が、共鳴するように軋み始める。

 大地を踏みしめる力が、島全体を揺らしているようだ。


 巨人の血から生み出された圧倒的な膂力。

 景色を歪ませるほどに膨大な魔力。


 その拳が、俺を覆い尽くすほどの巨大な拳が、霊峰の頂まで届きそうな咆哮とともに迫ってきていた。



 ティンクやエディの声が聞こえた気がする。


 なんだ、俺を心配しているのか?


 ちらりと見ると、ティンクは泣きそうな顔で俺をみていた。



 嗚呼――


「つまらねぇな」



 俺は王の拳に自分の拳をあわせにいく。


 ゴギンという少し間の抜けた衝撃音。


 砂埃がおさまるのを少しだけ待ち、続けた。



「その程度か、世界最強」


 俺は、片腕を失い、膝をついたシュヴァイツ王を見上げた。


 その眼には戦意が宿っていたが、俺はもう興味を失っていた。



「き、貴様ァ!!!!!」


 俺たちの戦いを遠巻きに見ていた巨兵団の連中が俺に迫ってきた。


 そうか、最高戦力である王が一方的にやられても立ち向かってくるんだな。


 命知らずで忠義に厚い戦士だ。



 シュヴァイツ王は「やめよ、お前たち!」と彼らに向かって叫ぶが、巨兵団は「王をお守りしろ!」と聞く耳を持っていない。


 王の命令より王の命を優先する。

 誰一人として王の命令を聞こうとしていない。



 良い奴らだな。


 シュヴァイツ王は根元からちぎれた腕を押さえながら、無理やり立ち上がった。

 夥しい量の血が流れる。


「アザールと言ったか。この戦い、我の負けだ。元魔王という意味はわからんが、ここは我の首ひとつで引いてくれ」


 先程までの力強さはない。

 弱弱しく、まったく質量の感じられない声だ。


 だが、それとは別の圧を感じる。


 というより、この世界の人間は負けたら首を差し出す掟でもあるのか?



「うわああぁぁぁぁ!!!」


 決死の覚悟で駆けてくる巨兵団。

 シュヴァイツ王は俺をじっと睨みつける。


 俺は両肩をあげて、やる気がない旨を王に知らせる。


 王は目礼を返した。



 だが、巨兵団は止まらない。


 どうやってこれをとめようかと考え始めたときだった。



「頞部陀」



 小さな、それでいて明瞭な、ひどく冷たい声が届いた。

 聞きなれない単語だが、それ自体に魔力が込められているような言葉。


 シュヴァイツ王は目を見開く。

 激昂していた巨兵団も足をとめた。


 俺ですら、何が起こったのかすぐにはわからなかった。


 吐く息が白い。


 振り返ると、サクラが立ち上がっていた。



 恐ろしい程の静寂。

 つい数秒前までの騒がしさが嘘のようだ。


「もう少し落ち着くことはできんのか」


 そう呟くように切り出された声は、やはりひどく冷たい。

 だが、どこか親しみを帯びているようにも感じられた。



 シュヴァイツ王をみると「まさか……」と顔を強張らせている。

 わなわなと震えているのは、片腕を失ったからでも、寒さからでもなさそうだ。



「わたしから話がある」



 それだけ言うと、サクラはヴィネグレットへ戻っていった。


 誰も何も言い出せない。

 冷え切った空からは、ちらちらと細雪が降ってきた。

次回、第11話「霜氷の巨岩間」

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