第11話 霜氷の巨岩間
通称【霜氷の巨岩間】。
闘技場の舞台かと見誤るほどに巨大な円卓が置かれており、現在、俺たちはそこで座っている。
ちなみに、エディは当然のように登城を辞退した。
離れ際に「またどこかで必ず」と言っていたが、どうだろうな。
シュヴァイツ王は家臣による必死の説得の末、最低限の治療を受けて座している。
右腕を根元から完全に失い、肩に巻かれた包帯は血が滲んで痛々しい。
この場には軍部の代表ほか、宰相以下文官も何名か参加している。
聖堂での一件を知らない者たちは、王の状態をみて驚愕し、動揺し、俺へ憎悪を向けた。
王の手前、騒ぐ者はいないが、内心穏やかでないのは明らかだった。
「先ずは、謝らねばならん」
少し間をあけて、シュヴァイツ王はそう切り出した。
シュヴァイツの重鎮たちはその一言で顔をゆがめる。
頭を垂れた王に対し、様々な想いを持っていることがわかった。
サクラは黙ったまま、シュヴァイツ王に次の言葉を促す。
「“女神の巫女”の封印。あれは我に責任がある」
王の明言にある重鎮は顔を伏せ、別のある重鎮はわなわなと口を震えさせた。
小さくざわつく巨岩間。
一方のサクラは無表情のまま話を聞いており、その内心は窺えない。
ティンクは明らかにシュヴァイツ王をみる視線が厳しくなったが、サクラが何も反応を示さないため、グッと堪えている様子。
「我は何もしなかった。言い訳ばかり並べ、できない理由ばかりを探し、世界のバランスなどという空虚な大義をもって、我は動かなかった」
王らしからぬ物言いで、半巨人らしからぬ小声で、シュヴァイツ王は言葉をこぼした。
シュヴァイツ王の口から当時の経緯が語られる。
***
勇者レミシェスが建国したレミシェス王国は、彼の死後も繁栄を極める。
彼の血を引く者には特別な力が宿り、その血をもって王政は十全に支えられていた。
また、彼の伝記は膨大な証言や記録から編纂され、後に【実りの書】として聖書となる。
レミシェス王国は、やがて聖地としても栄え、世界中から信徒が集まった。
だが、勇者の血は突然途絶えることになる。
王族が次々と不審な死をとげ、ついには最後のひとりとなった王子も死亡。
王城は混乱し、「魔王の再来が近い」「邪神による呪いだ」といった噂が市井にも広まる。
そんな混乱する国を助けたのは、【教会主義】と後に呼ばれるようになるレミシェス王国内にいたアミグダロイド教の主流派教会であった。
教会は政治内部に入り、王国各地で影響力を増していく。
彼等の法王を頂点とした枢機卿らによる指揮命令系統は、非常に有用で強力だった。
王城の混乱が治まり、大臣らかつての王政を支えていた者たちはそこではじめて気付く。
国政が既に教会の手の中にあるということを。
国政に携わる者の人事権はすべて法王が掌握しており、外交から日常の政務に至るまで、教会への依存度はもはや取り返しのつかない水準に達していた。
他国から呼び戻して即位させた特別な力を有さない遠縁の王も教会の傀儡に過ぎない。
国政は隅々まで教会の支配が及んでいる。
かつての王政を支えていた大臣らは、最終的にそれを受け入れてしまった。
そうして何代も傀儡の王が続いた後、ついに教会は王国を完全に支配する。
法王は当時の傀儡王を破門し、自らが国家君主を兼ねることを宣言。
国名を【神聖レミシェス帝国】と改め、宗教的覇権主義と帝国主義を掲げた。
神聖レミシェス帝国は、しばらくして周辺国を併合していく。
大国には枢機卿を派遣し、その中枢にねじ込んだ。
アミグダロイド教は世界宗教となり、その影響力は確固たるものになる。
多くの国は帝国を宗主国と認め、今日の教会主義による体制が構築された。
***
まるで懺悔でもしている様子で語ったシュヴァイツ王。
語る内容に区切りがついたのか、苦し気な表情で顔を伏せた。
だが、俺としては「よくある話だな」としか思えない。
支配者の変遷など寧ろ当たり前としか思えないからだ。
「強い奴が現れて、弱い奴が去っていった。ただそれだけだろ」
世界は非常に単純だ。
シュヴァイツ王はごちゃごちゃ言っていたが、結局は弱肉強食。
俺の発言が癇に障ったのか、シュヴァイツの重鎮どもは非難の声をあげる。
無視していると、更に声を大きくしてあーだこーだと言っている。
シュヴァイツ王は、何を考えているのか口を挟まない。
相変わらず辛気臭い顔をして、ただじっと俺のことを見ている。
その時だった――
「御託は良い。さっさと本題の経緯を説明せよ」
霜氷の巨岩間に入室してからずっと黙っていたサクラが言い放った。
室温が、体温が急激に下がったような感覚になる。
荒事に距離のあるシュヴァイツの文官は「ひっ」と小さな悲鳴をあげたほどだ。
シュヴァイツ王は静かに顔をあげ、サクラを見た。
そして意を決したように吐き出す。
「要は、教会が新たな段階に入り、その権力が肥大化していく中で、長命で信仰の中心に居続ける女神の巫女が目障りになったということだ」
これまでだらだらと歴史講釈を垂れていた者とは思えないほど簡潔にそう言った。
サクラは釈然としない様子ながら、どこか納得した雰囲気をだしている。
「……どういうことだ?」
俺はやや苛立ちを自覚しながら、そう聞いた。
「教会は変わった。アミグダロイド教の敬虔な信徒、勇者レミシェスの信奉者という立場を捨て、野心を隠さなくなった。“聖戦”というまやかしで、武力を背景に世界を支配しようとし始めたのだ!」
シュヴァイツ王は興奮して力み始めたのか、包帯に血が滲む。
「従来の敬虔な信徒ならどう思う? 勇者レミシェスならどうするのだろうか? 戦火に見舞われる中、信徒たちがそう疑問を覚えるまで時間はかからなかった!」
重鎮たちは慌ててシュヴァイツ王に駆け寄る。
控えていた医療班も王に駆け寄り、血を止めようと必死だ。
「蒙昧で小さな彼らが巫女に縋るのは当然! 勇者レミシェスの仲間の生き残りであり、唯一女神の声を直接聞ける存在だ!」
肩から包帯を突き抜けて血が噴き出し、その足元は血だまりができている。
重鎮や医療班は声を荒げ、王を静めようとするが、声が届かない。
「帝国が、教会がそれを許すはずもない。信徒の暴走を止めるためには、女神の巫女を消す他なかったのだろう……」
そこまで言ってシュヴァイツ王は、ドサッと背中を椅子の背もたれに叩きつけた。
医療班は急いで包帯を巻きなおし始める。
シュヴァイツ王は落ち着きを取り戻したようだが、周囲は顔面蒼白。
特に痛々しい肩が露出した瞬間など、文官は気を失いそうだった。
「それはいつ知ったんだ?」
俺は先程よりも小さくなったように見えるシュヴァイツ王に問う。
「……我は勇者の血が根絶して以降、教会の動きには注視していた」
つまり、情報は大きな時間差もなく把握していたってことか。
だからこそ自責の念があり、今なお後悔している、と。
シュヴァイツ王の周囲は慌ただしく、王へ退室を具申しているが、相手にされない。
王は「まだ聞きたいことがあるか」と目で俺に訴えてくる。
俺が口を開こうとしたとき、大声で怒りを露にしたのはティンクだった。
次回、第12話「シュヴァイツ王の罪」




