第12話 シュヴァイツ王の罪
「あ、あなたはッ……サクラ様が自由を奪われることをわかっていながら……“世界最強”と呼ばれるだけの力がありながら……!!」
ティンクは怒りを抑えつけながら話しているのか、上手く話せない。
だが、言いたいことは痛いほどに伝わってくる。
「サクラ様を……何の罪もないサクラ様をッ!!」
「そうだ。見殺しにするつもりだった」
シュヴァイツ王は、ティンクとは対照的に端的に告げた。
落ち着きを取り戻したシュヴァイツ王の言葉は、ティンクの感情を逆なでした。
「……!!」
次の瞬間、俺はティンクの意識を刈る。
ティンクが急速に魔力を練り、シュヴァイツ王へ攻撃しようとしたからだ。
「すまん」
「いや、我は受け入れるつもりだった」
部族内で姫とはいえ、獣人の娘が他国の王に危害を加えるのはまずいだろう。
それにティンクはこの世界の住人だ。
故郷がある以上、国際上の危険を冒す必要はない。
完全に自分のことは棚に上げているが。
「発言をお許しください」
そう言って会話に入ってきたのは、シュヴァイツの宰相をしているらしい男。
半巨人の国には珍しく小柄で俺と背丈はそう変わらない。
ゆったりとした服装は、彼のおだやかな雰囲気とよく合っていた。
「我々には、我々の事情があったこともご理解ください」
シュヴァイツ王が顔をしかめる。
宰相が俺に視線を向けてきたので、小さく頷いて続きを促す。
宰相は「ありがとうございます」と丁寧に頭を下げ、続けた。
「我が王は“世界最強の男”として、一国の王を超えた影響力を有します。我が王が動くとき、それは世界が動くときにございます」
「神聖レミシェス帝国が既に世界を動かしていたんじゃないのか?」
「それは是とも非とも言い切れません」
どういうことだ?
世界が動いていたら、それは動いているんじゃないのか?
俺の怪訝な顔をみて、宰相が説明を加える。
「彼の国が動かせるのはせいぜい人族の住む国に過ぎません。我が国のような巨人の血を引く国や神話の系譜に連なる国、あるいは魔族の国は動じません」
知らない単語が増えるが、続きを促す。
「つまり、人族の争いに我が王が介入すると、神話の系譜に連なる者たちや魔族の介入を許すことになります」
「敵対する者はすべて屠れば良いだけだろう」
俺がそう言うと、宰相はどこか物哀しげに答える。
「それは強者の個の論理でございます。ですが、我が王はあくまで“王”。守るべきものはその御身ではなく、“国”でございます」
なるほど、と俺は思った。
国には強い個もいれば、弱い個もいる。
巨人の血を引く強い個は勝ち残ったとしても、それ以外の国民は命が保障されない。
「女神の巫女ひとりを助けるため、国を犠牲にはできない、か」
俺の呟きは、シュヴァイツの重鎮たちの面持ちを沈痛なものにした。
彼らも好き好んでサクラを放置していた訳ではないらしい。
ティンクを強引に寝かせておいて良かった。
おそらく「それでも世界のためにサクラ様ひとりを犠牲にした」と怒るだろう。
サクラをちらりと見るが、相変わらず無表情のままだ。
「ましてや相手は暴徒と化した神聖レミシェス帝国。我が王がその地に足を踏み入れると、『勇者レミシェスの聖地まで奪いに来た』と騒ぎかねません。我が王は、成す術がなかったのでございます」
「すべては我の未熟さ故のこと」
王の自責の言葉に異を唱えようとした宰相だが、何も言わなかった。
場が再び静まったところで、サクラが口を開く。
「――シュヴァイツ王よ」
その瞬間、全員が更に静まり返る。
場の空気は張り詰め、吐く息が白い。
「そなた一人が、あの時代の全ての責を負えると思っておるのか」
シュヴァイツ王は顔を上げ、何か言いかけたが、サクラが続ける。
「それはいささか、傲慢が過ぎるというものだ」
その物言いにシュヴァイツの重鎮たちはざわつく。
王の覚悟が云々と何か言っているが、俺は集中して会話に耳を傾けた。
「だが、我はシュヴァイツの王だ」
シュヴァイツ王がはっきりそう言うが、サクラはつまらなそうに鼻を鳴らす。
「だから何だと言うのだ。この際、はっきりわたしから言っておこう」
サクラがひとつ息を吐く。
「“女神の巫女”の封印は、そなたの罪ではない」
それは、サクラによる断罪。
「そなたの罪は、“世界の均衡”などという言葉の陰に隠れ、霊峰の麓に引きこもった結果、国の痛みから目を逸らし続けていることだ」
シュヴァイツ王の無自覚の罪。
「自傷は見えぬところでやれ」
強大な王の心を癒そうとする周囲の者を遠ざけたこと。
「王とは国だ。王が自身を許さぬというなら、国はいつまでも許されぬ」
王が癒されない限り、国が癒されることはない。
シュヴァイツ王は、目頭を押さえ、顔を伏せる。
重鎮たちからは、嗚咽の音が漏れる。
「シュヴァイツ王よ。わたしは問おう」
サクラの言葉に皆、顔を上げる。
「そなたは何がために王であるか」
サクラの急な問いにシュヴァイツ王は、一瞬言葉に詰まる
「我は……」
何か言いかけたが、思い出したように途中で飲み込む。
少し沈黙のあと、ギュッと拳を固く握った。
そして――
「シュヴァイツが、シュヴァイツであるために!」
立ち上がり、そう叫んだ。
声はややかすれているが、その声量は凄まじく、霜氷の巨岩間が震えた。
「「「「シュヴァイツが、シュヴァイツであるために!!」」」」
王が言い切るや否や、重鎮たちは一斉に立ち上がり叫ぶ。
武官だけでなく文官たちも同じ構えを取り、大声で唱和した。
巨岩間は割れんばかりに震える。
「それを忘れぬことだ」
サクラはそう言って、口を噤んだ。
吐く息が見えなくなったのは、シュヴァイツの熱量によるものか。
それとも、サクラの心情変化によるものか。
俺は相変わらず無表情なサクラをみて、少しだけ違和感を覚える。
僅かに哀しさと焦りを感じたからだ。
サクラは何故、シュヴァイツ王らから自らの封印の経緯を聞いたのか。
単にシュヴァイツからみた事の経緯を知りたかっただけか?
それとも……。
「わたしからは以上だ」
そんな俺の思考も、サクラの言葉によって遮られた。
宰相が取り仕切り、この場の話し合いの終わった旨が宣言される。
次回、第13話「王の覚悟」




