第13話 王の覚悟
霜氷の巨岩間での話し合いを終え、俺たちは場所を移した。
巨大な城内は、歩いて移動するだけでも大変だ。
宰相の案内で到着したのは、重厚な扉の奥にある薄暗い部屋。
見張りに声をかけ、更に奥へと進んでいくと、そこには小さな箱がひとつ。
厳重な封印がなされていることが一目でわかった。
「これをサクラ殿へ」
宰相がそう言うと、同行していた巨兵団の二人が慎重な手つきで箱を持ちあげる。
因みに、彼らはサクラのことを“サクラ殿”と呼ぶようになった。
なんでも“女神の巫女”という呼称は現在ではあまり公の場で口にすべきでないという。
教会がその名を徹底的に抹消し、それに触れることを禁じているそうだ。
シュヴァイツ王は箱を持つ二人をみて頷き、箱に手をかざした。
すると魔法陣が浮かび上がり、シュヴァイツ王が何か小声で唱えると、ガシャンガシャンと機械的な音がして箱が開いた。
俺は思わず「おぉ」と感嘆の声をあげる。
「これがシュヴァイツで保管していた、サクラ殿の尾です」
箱が開いた瞬間から部屋は冷気に包まれた。
それは俺でも息を吞むほどに濃厚な魔力を帯びていた。
「許せとは言わん。だが、我はお前にこれを返還するため、この日を待っていた」
シュヴァイツ王の言葉にサクラは無表情のまま頷く。
サクラは後ろに控えているティンクにヴィネグレットを押すよう声をかける。
そのまま箱に近づくと、厳重に保管されていた自らの尾を撫でた。
箱を持つ二人の巨兵団は緊張しているのか、必死に身の震えを抑えている様子だ。
「確かに受け取った」
サクラがそう言った瞬間、箱に納められていた尾が眩い光を放つ。
冷たくも温かみのある不思議な光だった。
やがて光が弱まり、視認できるようになると、箱にあった尾はなくなっていた。
代わりにサクラの尾が二尾に増えていた。
ティンクは無言のままだが、その様子をみて頬に一筋の涙が流れる。
サクラは尾を得たことで、やや顔色に赤みが差したように思えた。
静かに眠るサクラをみて、シュヴァイツの面々もどこか安心したような顔をみせる。
大義であった。
無表情のまま口を閉ざすサクラから、そんな声が聞こえた気がした。
***
時は少し遡り、サクラの尾を保管している場所への移動中。
俺は移動のためにティンクを起こしていた。
目を覚ましたティンクは、首の痛みに顔をしかめつつ、俺を睨んだ。
逡巡した後、俺に失神させられた意味に思い当たったのか、謝罪を口にする。
「アザールさん、すみませんでした」
悔しそうな表情から、納得していないことは明らかだった。
だが、それ以上は口にしない。
俺もそれを受けて、謝罪を受け入れることにした。
ティンクは黙ったままサクラの乗るヴィネグレットを押し始める。
重鎮たち、特に巨兵団をはじめ武官たちは怪訝そうな顔をしている。
王への謝罪がなかったからだろう。
だが、シュヴァイツ王も宰相もそのことに触れることはなかった。
道中、ティンクはずっと宰相から経緯の詳細を聞き出していた。
ティンクの責めるような口調に嫌な顔をすることもなく、宰相は丁寧に答えていた。
俺はあまり興味がなかったので流し聞きしかしていなかったが、どうやら神聖レミシェス帝国とやらは、想像以上に闇が深そうだ。
勇者レミシェスの血の根絶、教会による傀儡政権と大規模な政変、強大な権力集中による腐敗、保身のためのサクラ封印。
その後の世界、つまり、帝国主義の行く末は世界規模の戦争。
シュヴァイツの奮闘も虚しく、古参三頭と呼ばれる他の二国の協力も得られなかった。
シュヴァイツ王の苦悩と後悔は計り知れない。
ただ、それらはティンクの怒りを鎮める理由には成り得なかった。
サクラ自身がシュヴァイツ王の行為、サクラ封印に関する無作為を責めなかったことで、ティンクもそれについては必要以上に口を出さないだけだ。
彼女の行き場のない感情は、彼女らしからぬ異様なまでの沈黙として現れた。
***
「少しだけ良いか」
静まった封印の間において、シュヴァイツ王がそう切り出した。
俺はちらりとティンクをみると、彼女は頷いて、サクラを連れて退室していった。
「お前には伝えねばならんことがある」
サクラとティンクの姿が見えなくなった頃を見計らい、シュヴァイツ王は続けた。
「尾を回収する旅をしていると言ったな。であれば、知っておいた方が良いだろう」
その表情は険しく、どこか覚悟を決めたようにみえた。
宰相も会話に加わり、シュヴァイツが把握している尾の情報が整理される。
「尾の取り扱いについては、各国の合意のもと、いくつかの規制がございます」
宰相がいうには、サクラの尾はかつて、無秩序に利用されたらしい。
その内包する膨大な魔力は軍事的に用いられ、戦争は激化したとも。
「そのため、尾は厳重に保管し、利用しないことが推奨されました」
だが、その有用性を知ってしまった人間が手を出さないはずもない。
その魔力を直接的に軍事に転用することも、軍事開発の動力とすることも禁じられたが、それ以外の利用に関しては明確に禁止することは叶わなかった。
「例えば、世界の食料を支える農業大国であるアラティーリャにおいては、収穫祭における祭具に尾を利用しており、それによって毎年の豊穣が約束されております」
サクラの尾はそれを所有する各国のインフラと紐付けられており、その回収は一筋縄ではいかぬということだ。
単純に暴力で奪えば、大きな犠牲と恨みを遺すことになる。
「お前ほどの力があれば、強引に尾を回収することはできよう」
俺の機微を察してか、シュヴァイツ王は語る。
「だが、できれば罪無き民を苦しめないでやって欲しい」
為政者として、世界の安寧を願う神話の系譜に連なる者として、シュヴァイツ王は俺にそう言った。
正直、この世界に住む人間がどうなろうと知ったことじゃない。
俺は俺の呪いさえ解けるのであれば、その他のことは興味がない。
もちろん積極的に人を困らせよう、殺めようとは思わないが、目的のために必要であれば躊躇する理由もない。
「俺がそれに従うとでも思っているのか?」
俺が問うと、シュヴァイツ王と宰相は複雑な表情を浮かべた。
彼らに俺を止めることはできない。
だが、この世界の民として、矜持なり引けぬ一線なりがあるのだろう。
俺の問いには答えず、沈黙を返した。
「ひとつだけ聞かせてくれ」
だからこそ、俺はシュヴァイツ王に聞かなければならなかった。
「どうしてお前はサクラの尾を使わなかったんだ?」
シュヴァイツ王は目を見開く。
宰相が何か言おうとしたが、王はそれを手で制した。
「“シュヴァイツが、シュヴァイツであるため”だ」
俺の眼をみて、そう断言した。
「そうか」
俺は口角を上げ、その言葉を受け取った。
窓もなく重厚な扉で閉ざされた部屋を見回す。
シュヴァイツはサクラの尾を利用せず、ただずっと厳重に保管していた。
暴走する教会を間近でみながら、何もしないことを選択した。
それを決めた王は、周囲の心が折れるほどにひとりで後悔し続けていた。
“尾を使わないこと”だけが彼らの懺悔だったのだろう。
サクラに尾を返還して少しは心が晴れたのか?
シュヴァイツ王と宰相の表情をみる限り、そうとはとても思えない。
彼らにとって、きっとこれからが本番なのだ。
この世界には既に俺という異物が落とされた。
誰が何を言おうが、何をしてこようが、俺はサクラの尾を回収する。
そうして完全復活したサクラに俺の呪いを解かせるだけだ。
その旅は、この世界に住む人間にとって大きな痛みを伴うことになる。
だが、俺は止まらない。
サクラとティンクが退室し、この話を俺だけにした二人の覚悟とは何か。
俺にこの話を聞かせた意図は?
「あいつらのところに戻る」
そう言って、俺は振り返りもせずに部屋を出た。
次回、第14話「爆破事件の後処理」




