第53話 正一位枢機卿サルバドール・ホセフィ
「――という話だった」
俺はサクラたちに昨日の酒場での一件を伝えていた。
彼女たちの反応は様々だ。
ティンクは武闘大会へのやる気を更に燃やし、アブカリンは酒場に連れて行ってもらえなかった文句を垂れる。
サクラは無反応だが、何か考え事をしているようだ。
収穫祭の二日目。
初日にメインイベントである豊穣の儀を終え、今日は民による催しが各地で開催される。
午前中は一般信徒による聖人行列が行われた。
何十人もの男たちが巨大な神輿を担いで街を練り歩く様はまさに圧巻。
金銀や宝石で飾られた神輿は、ここが世界の中心だと誇示するような造りだ。
尖頭帽を被った青白い衣の巡礼者たちがその周りを囲む。
彼らが持つ無数の蠟燭はポタポタと蝋を落とし、乳香の煙が街を真っ白に包んだ。
その煙を突き破るように出てくるのは、木や布で作られた巨大な人形。
シュヴァイツ王サイズのそれは、カスタネットの音に合わせて踊りながら練り歩く。
子ども達が歓声を上げて追いかけ回していた。
人形は、騎士の様な人族とおそらく魔族を意味する醜悪なものに分かれる。
巨大人形の中には人間が入っているのか、器用にユーモラスな動きをしていた。
「あれはレコンキスタの様子さ」
果物を売っていた中年の女が、ぼーっと眺めていた俺に声をかけてきた。
魔族を追いかけ回す騎士の中には船乗りのような人形が多くいる。
俺がそれを不思議顔で見つめていたことに気付いて、説明してやろうとお節介をやいてくれたらしい。
「レコンキスタ、ですか?」
女性の説明を受け、ティンクが質問を返す。
「東西戦争で勇者レミシェスを護送したのはアラティーリャの大船団だからね。私たちの誇りさ」
かつて、人族と魔族が肥沃な東側諸島を巡って争った東西戦争。
勇者レミシェスによって魔王が打ち倒され、平和がもたらされたというのは事実らしい。
当時、アラティーリャは魔族に奪われた土地を取り戻すため、屈強な聖騎士と歴戦の船乗りが大船団を結成。
勇者を最も助け、支援した海洋覇権国家としてその地位を築き上げた。
「だから、収穫祭の二日目はそれを祝うことになってるのさ」
女性は腕を組んで、誇らしげに語った。
俺は銀貨を二枚、指で弾いて女性に渡す。
「お、なんだか悪いね。サービスしとくよ」
そう言いながら、真っ赤な実をいくつか紙袋に包んでくれた。
「昔は毒だって言われてたもんだけどね、美味しいよ」
笑いながらそう言う女性は、アラティーリャらしい情熱的な人なのだろう。
***
昼過ぎ、俺たちはサンドウィッチを食べながら闘技場に来ていた。
武闘大会の会場らしく、多くの観客が中央の闘技場を見下ろす造りになっている。
アラティーリャの国家元首代理をしている正一位枢機卿サルバドール・ホセフィが、武闘大会に関する重大な発表を行うということで覗きに来ざるを得なかった。
今は前座として闘技場では闘牛が披露されている。
牛のような魔物を身ひとつで翻弄するマタドールは、正直、凄い。
防具はなく、赤い布だけで怒り狂った魔牛を優雅にさばいている。
「俺ならすぐ手が出そうだ」
俺の呟きにアブカリンがちっちっちと人差し指を振る。
「わかってないですね、アザールさん。あれが良いんですよ、あれが!」
諭すように言うアブカリンが相変わらずウザい。
わかってるからの発言だろ!
「ほら見てください、剣が投げられますよ!」
ツッコミする間もなく、アブカリンに言われて闘技場の中央に視線を移す。
魔牛やマタドールから離れた場所に細い剣が一本投げ入れられ、闘技場に刺さった。
「ひゃ~! 遠いですね、大丈夫ですか? 大丈夫ですよね!」
リアクションもウザい。
わざわざこちらを見ながら何度も言うんじゃねぇよ。
ティンクは「大丈夫ですよ!」とアブカリンに言っている。
ふたりでキャッキャッと騒ぐ様子は……悪くないか。
マタドールが細剣を引き抜くと、華麗に魔牛の突進を避けながら眉間に一突きした。
歓声がワッと上がる。
「オーレ!!」
アブカリンも他の観客に交じって何度も叫んだ。
ティンクは恥ずかしそうにしながらも、アブカリンに押されて「オーレ!」と小さく声を送った。
観客が立ち上がって拍手を送り、白いハンカチを振る中、マタドールは優雅に一礼した後に闘技場を後にする。
投げ入れられた帽子やクッションは助手のような者が拾っている。
裏へ抜ける際、マタドールは観客から直接花束とワインを受け取っていた。
一連の流れから、この催しが人気で伝統的であることがわかる。
マタドールの姿が見えなくなり、観客の興奮が落ち着いてきた頃、闘技場に管楽器の音が鳴り響いた。
演奏が途切れたタイミングで打楽器の音が続き、聖騎士が整然と入場してくる。
その最後尾には、一際上位と思われる聖騎士に囲まれたひとりの聖職者。
圧倒的な存在感を放つその男こそ、サルバドール・ホセフィで間違いないだろう。
闘牛を観ていた際はあれほど大声を出していた観客も息を飲むように静かだ。
やがてサルバドールが闘技場の中央に立つと、会場は異常なほどの静寂に包まれた。
「皆の者、今年の収穫祭も楽しんでいただけているだろうか」
語り口は意外なほど親しみやすく、それでいて一言ごとに熱を帯びている。
世界宗教の頂点に立つ男の声とは思えないくらい、距離が近く感じる。
「誰もがとある噂話を耳にしたことだろう、武闘大会のことだ」
前置きもほぼなく、いきなり本題に突っ込んだ。
ありがたいことだが、クドいことが常の宗教家としては珍しい。
これが世界宗教の最高権力者、正一位の枢機卿か。
「概ね噂は正しい。此度の武闘大会は冒険者にも門を開く!」
声量を上げたサルバドール。
彼の言葉を黙って聞き入っていた観客たちは一斉にドッとわいた。
多くの者は否定的な言葉を口にしている。
あちこちから「伝統を汚す行為だ」「神聖な闘いの場に粗野な者をいれるな」「ましてや白の闘いだぞ!」といった非難の声が上がる。
不敬な態度じゃないかとこっちが心配するほど、彼らは本気で怒っていた。
一方、冒険者然とした者達は、熱い視線を送っていた。
自分たちを貶すような信徒たちの発言など、まったく耳に入っていない様子だ。
聖騎士のひとりがダンッと石突で闘技場を叩いた。
持っている槍を中心にして、稲妻のような白い魔力が会場中に迸る。
「サルバドール様がお話し中だ」
押し殺したような声だが、会場の隅々まで突き刺さるようによくとおる。
聖騎士の中で最も魔力を感じるあの男が、ドミニク・メンドーサだろう。
酒場で男たちが騒いでいた聖騎士団長だ。
サルバドールは大げさな咳払いをした後、演説を続けた。
「皆の者、聖騎士に求められるものは何だと思う?」
観客のどよめきが広がる。
先程、批判的な態度をとっていた者こそ動揺している。
「揺るぎない信仰? 厳格な規律と高潔さ? 慈愛と寛容か?」
聞く者すべてを魅了するような演説。
不思議と注目を集め、耳を傾けたくなる。
ゴクリと誰かの喉が鳴った。
「最も尊ばれるべきものは、“強さ”だ!」
アラティーリャの乾いた空気にサルバドールの声が響く。
信徒の中には口を開けて聞き入っている者も少なくない。
「聖騎士は強い。赤の騎士団や青の騎士団の屈強さを疑う者はいないだろう」
赤が攻撃部隊で青が防衛部隊だったか?
帝国の主力そのものだ、個人としても軍としても精強だと専ら噂だ。
「白の騎士団は名誉職ではない。我が教会が誇る最強の矛であり盾だ!」
酒場では白こそ最強だと騒いでいたが、反動めいた信仰心も混じっていた。
実際には「光魔法が使えるだけで戦力としては弱い」と白を侮る声も少なくない。
冒険者の参加を解禁するということは、白の騎士団の実力を知らしめるためだ。
サクラの読みではそうだった。
「教会は冒険者ギルドと対立している訳ではない。だが、我々がギルドに対して友好的であったこともない」
信徒たちは苦い顔をしている。
冒険者たちも複雑な表情を浮かべた。
「今日と言う日を境にして、我々は手を取り合おうではないか!」
サルバドールを囲う聖騎士の中にも動揺が走ったように感じる。
メンドーサは微動だにしないが、そっと目を閉じた。
「優勝者には例年通り、新たな団長の座が約束される」
聖騎士たちの目つきが変わる。
揃いも揃って覚悟を決めた顔をしてやがる。
「聖騎士を倒せるのなら相応しかろう。聖騎士も負けることはあるまい」
聖騎士も冒険者も、それぞれの誇りを真っ向から煽られた。
会場の空気が一気に熱を帯びる。
他ならぬ教会のトップが、公衆の面前で宣言したんだ。
……この男は、危険だ。
積み上げてきた伝統も、そこに賭ける他者の想いも、すべて関係ない。
そして、それを可能とする権力とそれが許されるカリスマ性を持っている。
サクラはつまらなそうにフンと鼻を鳴らした。
「戦士達よ、武闘大会に相応しい闘いを見せてみよ!」
今日一番の歓声が会場を揺らした。
次回、第54話「武闘大会参加への道」




