第51話 収穫祭と宝剣ラ・エスピガ
レオンが手配してくれた宿はまさかのパラドールだった。
アラティーリャの元国王の別荘を改築して運営しているらしく、豪華絢爛、至れり尽くせりで一夜を過ごすことができた。
受付もティンクを軽視することなく、普通の接客だったと思う。
もちろん俺やサクラに対する態度とは違ったが、許容範囲内だろう。
アブカリンは何故か「どこぞの令嬢か」とツッコミたくなるほど、お淑やかだった。
解せん。
「見てください! ここからお祭りの様子が見えますよ!」
昨日の様子とは打って変わって、平常運転のアブカリン。
俺の部屋のテラスで身を乗り出すようにして、広場を指差している。
流石に最上階の部屋とはいかなかったが、それでも充分な高さから広場一帯を見下ろすことができる。
早朝にも関わらず、既に祭り会場となる広場は大勢の人で賑わっていた。
「すげぇ人だな」
寝起きの俺はそう言うだけで精一杯だった。
俺はアブカリンに声をかけ、身体を伸ばしてから呼び鈴を鳴らす。
壁は一点の汚れもない真っ白な漆喰。
天井には一流の職人が数年を費やして彫り上げたらしい精緻な幾何学模様が広がっている。
そんなところに金をかけて何の意味があるんだ?
俺はため息交じりに下を向くと、床一面には艶やかなテラコッタタイル。
その上には極彩色のシルクの絨毯が惜しげもなく敷かれている。
最初こそテンションも上がったが、一晩でため息も満足に吐けなくなった。
俺は馬宿でも十分だ。
「お待たせいたしました」
上品なメイド服を着た給仕が朝食を運んできてくれた。
何故か二人分ある。
「おい」
「さぁ、いただきましょう!」
メイドは何も言わず、静かに頭を下げるなり退室していった。
洗練された動きに見とれてしまう。
俺は頭を振って今度こそしっかりため息をひとつ吐き、席についた。
朝食は美味しそうだ。
アブカリンの話を聞き流しながら相槌をうっていると、コンコンとノックの音。
俺が「どうぞ」と声をかけると、サクラとティンクがやってきた。
「アブカリンさん、こちらにいらっしゃったんですね」
ティンクは苦笑いを浮かべている。
「そなたは朝餉をいくつ食べるつもりだ」
サクラは呆れたような声を出した。
……は?
俺がアブカリンを見ると、彼女は平然と食後の果実水を飲んでいた。
「ここのご飯、美味しすぎます!」
やっぱりアブカリンはアブカリンだった。
***
朝食後、サクラたちと武闘大会について話していた時。
パンッパンッという乾いた音が広場の方から聞こえてきた。
直後、歓声が上がる。
「お、始まったみたいだな」
収穫祭の初日が始まったらしい。
テラスに出て広場を見下ろす。
教会関係者らしき者たちがずらっと横並びになっていた。
屈強そうな男たちは中央が鋭く突き出た胸当てをしており、磨き上げられた白銀の装甲は眩く輝いている。
あれが聖騎士だな。
「……」
サクラは黙って聖騎士たちを見つめている。
いや、視線の先は彼らの鎧に刻まれたアーモンドの花の意匠か。
ミラリアでも度々目にしたものだ。
偉そうな聖職者によって収穫祭の開催が宣言されると、改めて歓声が上がる。
観客には信徒だけでなく冒険者も多く混じっており、熱気がここまで届きそうだ。
聖職者による説教から始まり、一年の豊穣に感謝が述べられた。
高く積み上げた小麦を載せた荷馬車が現れると、聖騎士たちがそれを民に配る。
集まっていた人々は、奪い合う様にしてそれを受け取っていた。
顔を真っ赤にして必死に手を伸ばす者、受け取り次第そそくさと抜け出る者など。
それぞれが思い思いに祭りへ参加してる様子がわかる。
赤色の帯でまとめられた小麦は、食用と言うより儀礼的なお守りのようなものだろう。
「皆さん、楽しそうですね」
ティンクは純粋に初めて見る人族の祭りに興奮しているようだ。
アブカリンも楽しそうに祭りの様子を眺めている。
やがて一連の行事が終わったのだろうか、広場が急に静まり返る。
人がいなくなった訳ではなく、どちらかというと皆息を潜めている様子だ。
ズン、ズンと重い足音が響く。
その姿が見えると、ざわめきが少しずつ広がっていった。
「集まっていただいた皆様、本日の締めでございます!」
進行役が声を張り上げる。
紹介されて現れたのは、第三聖騎士団通称“白”の団長【ドミニク・メンドーサ】。
両手を突き出しており、その手には煌びやかな剣が乗せられていた。
サクラがその剣を鋭く睨む。
「また次も豊穣とならんことを」
メンドーサはそれだけ述べると、剣を鞘から抜き、地に突き刺した。
今日一番の歓声が上がる。
集まった人々は声を張り上げ、腕を天に伸ばし、喜びを全身で表現した。
ティンクやアブカリンは真似て腕を突き上げ、声を上げている。
だが、俺はその剣から目が離せなかった。
剣を中心にして尋常ではない魔力が大地に広がっていったからだ。
魔力は地中深くまで突き進み、そこから放射状に伸びていった。
なんで誰も気付かないんだ?
これはただの儀礼的なパフォーマンスじゃねぇ。
大型の儀式魔術の一種だ。
『例えば、世界の食料を支える農業大国であるアラティーリャにおいては、収穫祭における祭具に尾を利用しており、それによって毎年の豊穣が約束されております』
シュヴァイツの宰相から聞いた言葉を思い出す。
あれは真実だったんだ。
俺はサクラを見ると、サクラもこちらを見返して深く頷いた。
その表情はひどく冷たい。
なるほどな、こんな使い方もできるのか。
ただ個人が武器として使うだけじゃなく、教会ほどの組織が本気で儀式に組み込んで使うと大地にまで影響を与えることができるのか。
面倒じゃねぇか、まったく。
宝剣を突き上げ、鬨の声を張るメンドーサをみて、俺はにやける顔を我慢できなかった。
次回、第52話「三色の聖騎士団」




