第50話 情熱の国アラティーリャ
水平線の先から現れたのは、白壁と赤瓦が印象的な街並み。
一際目立つ純白の尖塔はアラティーリャの教会が誇る大聖堂だろうか。
「うほぉー! 凄いですね、アザールさん!」
アブカリンが興奮した声を上げる。
ティンクの正確な風によって、俺たちは無事に港へ到着した。
港には巨木のような帆柱を立てたガレオン船が何十隻もひしめき、接岸の度に重い木音が響く。
肌を焦がした荒くれの船乗りや荷を担ぐ屈強な人足たちが怒鳴り合いながら木箱を運んでおり、埠頭の一角では吟遊詩人がリュートを掻き鳴らしている。
「流石に賑やかだな」
あちこちから届く音は、ここアラティーリャの表玄関サン・ミゲル港が奏でる歓迎曲のように聞こえた。
いや、本当は全然そんな気しないが。
「先ずは宿の確保ですね」
ティンクは人の多さに気分が悪そうだ。
彼女の耳と鼻の良さを考えると、ここは大変だろう。
ところどころ鮮やかな青と金の錫釉タイルで彩られた道を進んでいく。
見かける限りの窓辺には精巧な鉄細工の格子が取り付けられており、そこには収穫祭を祝ってのものだろう、緋色のベルベットのタペストリーが隙間なく掲げられていた。
やはりアーモンドの花がシンボルとして描かれている。
「何言ってんだい、あんた。こんな時期に部屋が空いてる訳ないよ」
もう六軒目になる。
俺たちは一部屋も確保できず、途方に暮れていた。
ミラリアで聞いてた内容を思い出す。
「くそ、ヴァルデスの施しを受けるべきだったか」
世界屈指の大イベントだ。
既に前夜祭と言わんばかりの催しが各地で行われている。
アブカリンはブーブーと文句を言っているだけだが、ティンクの顔は暗かった。
街を行き交う人も宿の主人や受付も、ティンクにあからさまな侮蔑の眼を向けるからだ。
アラティーリャは教会主義の中心地。
人族以外への差別意識は露骨で隠す気もないようだ。
「もー、取り敢えずギルドへ行きましょう! ギルドへ!」
ティンクがふさぎ込みがちになっている分、アブカリンのうるささは助かった。
サクラはいつも通り無言のままで何を考えているかわからない。
***
「えっ!? 私もですか?」
冒険者ギルドで拠点移動の挨拶をしていたところ、受付嬢から俺とティンクのBランク昇格が告げられた。
ティンクは驚きながらも、どこか嬉しそうだ。
「ティンクさんも昇格です。本当はミラリアの支店で処理する予定だったのですが……」
受付嬢が言うには、ブルサ王国での海竜討伐に続き、サルアンドロ・ラゴの討伐及び黒風の肉食鳥を壊滅させたことが功績として認められたらしい。
サルアンドロ・ラゴは史上最高額の懸賞金がかけられていたこともあり、俺とティンクのギルド銀行の預金残高はとんでもない金額になっていた。
アブカリンよ、目を金に変えて涎を垂らしているが、お前にやる金はねぇぞ。
「なぁ、これだけ金があるんだ。ギルドの方で宿をどうにかできないか?」
多少割高になっても良い。
どうせ俺には使い道のない金だ。
最高級のスイートでも何でも良いから、泊るところが欲しい。
「ご安心ください、アザールさんたちには宿が用意されていますよ」
笑顔で答えてくれる受付嬢。
俺はティンクと顔を合わせるが、ティンクは首を傾げるだけ。
振り返ってちらりとサクラをみるも、僅かに首を横に振るだけだ。
「ヴェルネカルタ島のレオン様から案内するよう言付けされております」
続く受付嬢の言葉に納得と不信が同時に湧く。
「レオンが?」
「ミラリア連合の島主レオン・カステル様で間違いありません」
俺の怪訝な顔を見てか、受付嬢は不思議顔になりながらも答えてくれた。
アブカリンは結局こっちについて来たし、奴の見返りが少なくないか?
レオンの言う“投資”がどこまでなのか気になるところだが、宿はありがたい。
サクラを見ても静かに頷くので、受付嬢から素直に案内を受けることにした。
宿までの簡単な道案内が書かれた紙とレオンの封がなされた手紙を受け取る。
俺たちは受付嬢に礼を述べ、宿を目指した。
「良かったですね、アザールさん! お金もたんまりブッ」
アブカリンがうるさかったのか、サクラが氷でアブカリンの口を塞ぐ。
「ヴー! ヴゥー!!」
それでもうるさいアブカリンにサクラはため息を吐いた。
ティンクがフォローしているが、サクラも本気でウザがってはいないだろう。
「ほどほどにしろよ」
俺は誰にでもなく、彼女たちに向けて言った。
なんで俺が保護者みたいな振る舞いをさせられているのか甚だ疑問だが。
シャツの胸元をはだけさせた若者たちが道端で踊っていたり、首元を厳格な白い襞襟で覆っている上流階級っぽい奴が歩いていたり、なかなかカオスな雰囲気だ。
道中、皆で買い食いしながら宿へゆっくり歩いて向かう。
オリーブ焼きをつまみながら、黄金色のトウモロコシを頬張るティンクを眺める。
その顔は幸せそうで、もう街の人々の目を気にしなくなったらしい。
「アザールさん! これも食べてみてください、美味しいです!」
アブカリンが差し出してきたのは、強烈なニンニクの匂いを放つ赤い鶏肉の串。
キラキラと輝くその眼は、明らかに何か企んでいる。
「ん、そこそこ美味いな」
俺がバクバクとそれを食べきると、アブカリンは目を見開いていた。
よく見ると、アブカリンにそれを売ったらしい串焼き屋の店主も驚いている。
「『食べ切ると死ぬ』って言われてる激辛串ですよ!? なんで食べれるんですか!」
アブカリンはぽかんと口を開け、店主のもとへ行って何やら文句を言っている。
激辛串を指先でつつき、その指を舐めた。
あ、倒れた。
「馬鹿なのか、あいつは」
サクラは口元を抑えて震えている。
ティンクは「水!」と叫ぶアブカリンのもとへ駆け寄った。
そんな一幕がありながら、俺たちは宿へ到着した。
吟遊詩人の歌声とアブカリンの叫びが街に響く。
明日から収穫祭が始まるらしい。
サクラの尾はこの国にもあるのか?
武闘大会には面白い奴が出場するのか?
焦る気持ちを押し殺し、俺は宿の扉を開いた。
次回、第51話「収穫祭と宝剣ラ・エスピガ」




