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第49話 旅は道連れ

 早朝、俺たちは出航の準備を終え、船に乗り込んでいた。


 商業都市国家ミラリア連合。

 俺にとって忘れがたい場所となった。



 港から続くバザールは、既に活気づいている。


 ここに来た当時は気付かなかったが、俺たちの泊まっていた金の天秤の塔は、港からもよく見えた。


 小さく見える頂上の女神像は、この街をどう眺めているんだろうな。


 カーンと言う金属音が僅かに聞こえた気がする。



 見送りはいない。



「そういや、ティンク。レオンと話してる時に恥ずかしがってたあれは何だ?」


 沖に出てすれ違う船も少なくなってきた頃、俺は気になってたことを聞いた。


「え? えっと、いつのことですか?」


 ん?

 わからないはずはないと思うんだが。


 どこか誤魔化そうとする気配も感じる。


 別にそこまで興味はないんだが、なんでだ?



「いや、あの『今年の武闘大会はいつもと違う』って話の時に……」


「あ、いや、その……。あんまり覚えてないというか……」


 歯切れの悪いティンク。

 あの時と同じように何故かサクラのことをチラチラと見ている。


 サクラはつまらなそうにため息を吐くと、渋々教えてくれた。



「獣人にとって『毛色が異なる』という慣用句は決まった冗談のようなもの」


 冗談?

 何が面白いのかわからない。


 俺が首を傾げていると、サクラは面倒臭そうにする。



「はぁ、察しの悪い奴だな」


 サクラの物言いに俺がムッとした表情をすると、ティンクが慌てる。


「ち、違います! 私たち獣人は皆毛色が違いますので、それで……」


 獣人は毛色が違う?


 ちょっと何を言っているのかよくわからない。



 するとサクラがポンッと妖術を解き、狐耳と尾を出してティンクに並んだ。



「あ、なるほどな」


 白銀のサクラに黄金のティンク。

 ノルディックで見たティンクの一族は真っ白だったし、エディは灰色だった。


 獣人族は人族以上に体毛のカラーバリエーションが豊富だ。



 恥ずかしそうにするティンクが、詳しく教えてくれた。


 つまり、多種多様な体毛の色がある獣人族の間で「毛色が異なる」という慣用句が日常会話で出た時、黙って皆が並び、お互いの体毛を指差し合いながら笑うというお決まりのパターンがあるそうだ。


 ティンクは自分がそれをする気恥ずかしさと、獣人として「やらねばならん」という謎の使命感の狭間であんな態度になったということらしい。



「でもお前、サクラは耳も尾も隠してるんだから無理だっただろ」


 その言葉にティンクはハッとなり、そしてショックを受けていた。

 ガーンという効果音が聞こえるような顔に思わず笑ってしまう。


 サクラもクスリと笑みを漏らした。


 俺はそれも可笑しくて、ついには三人で声を上げて笑った。



 この島に来る前のギクシャクした雰囲気は、完全に無くなっていた。



「……なんですか、人が寝てる時に」


 そう言って部屋から出てきたのは、アブカリン。


「なに、ティンクのやつがな――」


「アザールさん! アブカリンさんは知らないんですから、やめてください!」


 ハハハとまた俺たちは笑った。



***



 時は少しだけ遡り、出航直前のこと。

 船に荷を詰め、最後の確認をしていた時。


「アザールさん、アブカリンさんのことなんですけど」


 ティンクが俺に相談を持ち掛けてきた。



 話を聞くと、レオンがアブカリンを幽閉しようとしているのではないか、とのこと。


「ああ、あいつもミラリアの商人だもんな」


 俺のあっけらかんとした感想にティンクは驚いた。


「そんな簡単に……! アブカリンさんを助けなくて良いのですか!?」


 ティンクらしい優しさだと思う。



 だが、俺としてはその必要性を微塵も感じない。


「そりゃ心配が無いとはいわないがな、あいつもガキじゃねぇんだ」


 ロカ・ザラルがいたドン・ヴァルデスの館から逃げ出すような女だ。

 あの技術と頭脳があればレオンの思い通りにはならないだろう。



 もちろんレオンはヴァルデス以上に切れ者かもしれないが、武力はない。


 アブカリンの魔道具に対人用の護衛アイテムが無いとも思えないしな。



「それはそうかも知れませんけど……」


 ティンクは納得できない様子だ。



 俺はサクラの方をちらりと見る。

 お前から言え、という意味を込めて。


 サクラは俺の視線に気付くと、ヴィネグレットから降りてティンクの肩を叩く。



「よく耳をすませてみよ」



 それだけでピンと来たのか、ティンクは舷梯を駆け上り、船に乗り込んだ。


 俺はティンクの後をゆっくりと追う。



「あ、アブカリンさん!!」



 そこには船室で寝るアブカリンの姿があった。


 よだれを垂らし、鼻提灯を作ってすやすやと寝ている。



「……は?」


 いや、聞いてない。

 俺は知らないぞ。



 サクラを見る。


 俺から顔を背けたが、その肩は震えている。



「おい」


 声をかけるが、当然のように無視された。



「え、アザールさんは知っていたんじゃないんですか?」


 喜んで跳ねていたティンクが俺とサクラのやりとりをみて首を傾げてきた。


 いや、確かにさっき俺は何か知った風な態度をとったかもしれない。



 だが、それは「アブカリンなら図太く生き残るだろ」くらいのもんだ。


 こんなことは想定してない。



「……知らない」


 俺が嘘を言っている訳じゃないことがわかったんだろう。


 ティンクは驚いていた。



「なぁ、あいつ海に投げ捨てても良いよな?」


 俺がサクラに問うと、サクラは笑いながら答える。


「フン、あやつなら何度捨てようがどうせ戻ってくるだろうよ」


 容易に想像できるな。


 俺は諦めたようにため息をひとつ吐いた。



 ティンクはそれだけでアブカリンの乗船を俺が許可したと思ったのか、更に喜んでいる。


 うるさくなるだろうな。


 俺の懸念はそれだけだった。



***



「さて、次の目的地はアラティーリャだ」


 船の食堂で昼食をとりながら、俺は改めて宣言した。


 サクラは興味なさそうに、ティンクはしっかり頷き、アブカリンは飯に集中している。



「機会があれば武闘大会を偵察して、宝剣ラ・エスピガとやらを確認する」


 シュヴァイツかどっかで聞いた話から考えると、尾を利用した魔道具かも知れないからな。



「武闘大会には参加しないのですか?」


 ティンクは俺が武闘大会に興味をもっていたことを覚えているらしい。

 だが、参加はしない。



「俺は基本パスだな。聖騎士の団長に任命されても面倒だ」


 優勝することは難しくないだろう。


 シュヴァイツ王、サルアンドロ・ラゴといったこの世界の最強格と戦ってきたが、ぶっちゃけ俺の相手じゃない。



 聖騎士がいくら強かろうが、世界最強はシュヴァイツ王とされてた訳だ。

 個人戦で聖騎士が俺に勝てる未来は想像できない。



 ティンクは俺の言葉を受け、何故かもぞもぞとしている。


「ティンク、そなたが参加したければ参加するとよい」


 サクラはティンクの機微を読んでか、そう言った。



 ティンクは顔を上げ、遠慮がちに聞く。


「良いのですか? その……」


 ティンクは何かを言いかけ、言葉を飲み込んだ。



 おそらく、教会絡みのイベントに参加することに躊躇があるのだろう。

 サクラのことを常に気遣うティンクは、教会との距離をとても気にする。


 船に新しく乗り込んだばかりのアブカリンを信用しきっていない部分もある。



 そういや、こいつの扱いってどうすりゃいいんだ?



「かまわん。わたしはわたしで考えもある」



 サクラがそう言い切ると、ティンクは顔をほころばせた。


「ありがとうございます!!」


 ティンクは元気にお礼を言った。


「お~、ティンクちゃんファイト~!」


 アブカリンは肉を頬張りながら、エールを送る。



 ティンクもそうだが、アブカリンもよく食う奴だ。

 ガツガツと何の遠慮もなくさっきから大食いしてる。


「んじゃ、あたしはちょっと魔道具いじってるんで! ゴチです!」


 満足するまで食うと、それだけ言い残してアブカリンは去っていった。



 食器の片づけくらいはしろよ。

 ティンクも苦笑いしてるじゃねぇか。


 いや、マジでこいつの扱いってどうしよう?



 少しだけ締まらない空気で、俺たちのミラリア旅は終わった。

ミラリア連合編はこれにて終了です!


次回、第50話「情熱の国アラティーリャ」

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