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第4話 兄妹の想い

 巫女が解放されたこと、一命を取り留めたことは、改めて里に活気を与えた。


 部族間抗争で緊張が続いていた彼らも、守り人としての役目を果たしたことに安堵し、この瞬間ばかりはみんな大いに楽しんだ。


 ささやかな宴がひらかれ、里中が飲んで食べて喜んでいる。


 俺はそれをやや遠巻きにみていた。


「ありがとうございます、使者殿」


 それでも俺のところには絶えず守り人たちがやって来ては、先程のようにお礼を言って去っていく。


 彼らからの純粋で直球の感謝を投げられると、どうもむずがゆい。


「あぁ、気にするな。俺の目的のためだ」


 短く返すだけだが、同じ言葉を何度口にしたのかわからなかった。


 守り人たちの“巡礼”が一通り済んだ頃、ティンクがやってきた。


「本当にありがとうございます。使者殿にはどれほど感謝を伝えても足りないのか」


 そういって改めて頭を下げるティンクへ、俺は機械的に同じ言葉を返す。


「ふふっ」


 ティンクは思わずといった感じで笑った。

 初めて見る年相応の笑顔だった。


「それで、引きこもりの兄はどうなったんだ?」


「ご心配ありがとうございます。あの後、自室で眠っていたようですが、カーリが押しかけてたたき起こしたみたいで、今は二人で何やら語り合っているようですよ」


 ティンクの表情をみるに彼らの関係も良い方向にいったみたいだな。


「私はどこかで兄を信じきれないでいたのでしょう。里中から“引きこもり”だと揶揄され、役割を果たしていないと非難されても、兄ならきっといつか表で活躍してくれる、そう思っていました」


 独り言のように始まったそれは、ティンクの確かな後悔がみてとれた。


「でも、まったくの勘違いでした。兄は“いつか”ではなく、“ずっと”活躍していました。私たちは巫女の解放ばかりを願っていましたが、兄だけはその先のことまで考えていたんです。巫女がどんな状態であったとしても、守り人としての役割を果たせる準備を」


 俺はそれを黙って聞いた。


「そんな、兄を、私たちは……、私は、『兄の分まで頑張らなければ』などと烏滸がましくも考え……、兄の、兄さんの苦悩も知らずに……」


 ついには泣きじゃくるようになり、自分を責め続ける。


 兄のため、亡くなった両親のため、里のため。


 そう思いながら必死に走り回っていたが、一切の交流を絶っていつまでも部屋から出てこない兄に対し、心のどこかで不満があったかもしれない、カーリら若い連中が自分を推すことに優越感を得ていたかもしれない。


 妹として、兄を見限っていたことが情けない。

 そんな告白だった。


「なあ、お姫様。俺は明日の朝、巫女を連れてここを出るぜ」


 文脈も何もないが、俺はそう告げた。

 ティンクは想定外すぎたのか、「えっ」と零したあとは言葉が続かない。


「俺は俺のしたいようにする。お前はどうなんだ? “ティンク”」


***


 ふらふらと立ち去ったティンクと入れ替わるようにカーリがやってきた。

 ドカッと不躾に胡坐をかくと、俺に木製のジョッキを渡してきた。


「里で作っている酒だ。量は少ないが、俺はこれ以上にうまい酒を知らない」


 俺はそれを受け取るが、カーリが何を考えているかわからず、その顔をじっと眺める。


 いいから飲めと促されるため、ぐっとあおった。


「へぇ、田舎にしては上物だな」


「馬鹿を言うな、この地で酒を造るのがどれほど大変か考えてみろ」


 俺の軽口にカーリはすぐ反応する。

 言われてみればまともに植物が育つ環境とは思えず、糖分は貴重だろう。


 手に持ったジョッキを覗くと、底に少しだけ残った透明度の高い無色なその液体は、月明かりと松明の火をうけて、キラキラと輝いていた。


「あぁ、これは最高にうまいな」


 そう言って残りを飲み干すと、カーリは満足そうにうなずいた。


「それで、何の用だ?」


 カーリの目的はもちろん、酒を一緒に飲むことではないだろう。


 俺が問うと、カーリは頭を乱暴にかいた後、真剣な表情になって口を開いた。


「女神の巫女を解放していただき、誠に感謝する。おかげで里は長年の悲願を達成し、我らの役目を果たすことができた」


 警邏隊長らしい言葉遣い、カーリなりのけじめなのだろう。


「それから、ヴァルディを、我が親友を……、ありがとう……」


 消え入るように小さな声だったが、俺の耳はそれを拾った。


 躊躇なく下げられた頭に向かって俺は、やはり同じ言葉を返すだけだった。


***


「やぁ、僕もいいかな?」


 軽い調子でやってきて隣に座ったのは、ヴァルディだった。

 本当にこの短い間に何度も人が入れ替わって俺のところにやってくるな。


「僕の恥ずかしい過去を話している気がしてね」


 ヴァルディの左目は青く腫れあがっていた。


「どうしたんだ? それ」


「はははっ、友情の証ってやつさ」


 ヴァルディはそうはぐらかしたが、きっとカーリに一発もらったんだろう。


「引きこもりの代償ってやつだな」


「そうだね、あれだけ迷惑をかけたんだ。これくらいで済んで良かったよ」


 相変わらず飄々としているが、その顔は非常に晴れやかだった。


「お前も俺に感謝しながら泣きに来たのか?」


「もちろん、使者殿には感謝してるよ。ただ、僕は泣かないかなぁ」


 ヴァルディはそれだけ言うと立ち上がり、パンパンと土を払った。


 俺はなんだと顔を向ける。


「女神の巫女がね、君と話したいって」


 それを聞いて俺も立ち上がる。


「そういうのは早く言えよ」


「僕だって君と少し話したかったんだから、多少の前後はいいだろ?」


 鼻を鳴らして俺は診療所へ歩き始める。


 振り返ってみると、ヴァルディは腫れた左目を誇らしげにさすりながら、宴を楽しむ里を眺めていた。


 その表情はやはり晴れやかで、優しいものだった。


***


 宴が終わり、里が寝静まった頃、ティンクはひとり診療所にいた。

 穏やかな表情でリズムよく呼吸する巫女を傍で静かに眺めている。


「調子はどうだい?」


 そこにヴァルディがやってきた。


 兄の姿をみてティンクは立ち上がる。


「ちょっといいかな」


 ヴァルディはティンクを連れて月明かりの射す庭に出た。


 切り株で作った簡素な椅子に座りながら「これってこんなに小さかったんだ」と無邪気な様子をみせる兄にティンクは何と言ったら良いかわからず、棒立ちになる。


「あの……」


「次期族長になれって、族長から言われたよ」


 ティンクが何か話しかけなければと言葉を発すると同時にヴァルディが端的に伝える。


「そ、それは……!!」


「うん、だから僕の快適な引きこもり研究もおしまいさ」


 ヴァルディは「残念だけどね」と自嘲気味に言うが、ティンクは溢れる涙を抑えられない。


「本当に、本当に……おめでとうございます。そして……ごめんなさい」


「なにを謝ってるんだよ、そこは『悔しいです』くらい言ってもらわないと」


 そう悪戯っぽく笑うヴァルディだが、ティンクの頭をポンと叩くと真剣な顔になる。


「今まで悪かった、本当にごめんね。僕は、ティンクに押し付けてばかりだった。妹に甘えるばかりの兄で、情けない限りだよ」


 ティンクはヴァルディに抱き着く。

 兄の胸に顔をうずめ、嗚咽を押し殺す。


 ヴァルディは優しく妹を抱きしめ、ポンポンと背中をあやすように叩く。


「これからは、一緒に里を支えましょう。カーリもきっと、兄さんを助けてくれます」


 ヴァルディは優しく「そうだね」と答えた。


 ちらちらと降る雪は、ノルディックでは珍しい穏やかなものだ。

 兄の腕の中で泣いている妹の頭にそっと小さな粉雪が乗る。


 フッと風が吹いたかと思うと、その粉雪は舞い上がり、夜空へ消えていく。

 兄はそれにつられて空を見上げた。


 そこには満天の星。


 兄は初めて見る星をみながら、妹が泣き止むまでそれを数えていった。

次回、第5話「北の果てに吹く雪解けの疾風」

ノルディック編ラストになります。

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