第3話 引きこもりの兄と光
ノルディック特有の異常な猛吹雪は、その原因である巫女が解放されたことによって落ち着いたが、それでもここは北の果ての極寒地。
深雪の中、瀕死の人間を抱えて運ぶのは大変だっただろう。
それでも守り人を称する彼らは弱音を吐くことなく、里まで慎重かつ急いで帰った。
俺らを最初に見つけた門番は、まず無事に帰ってきたことに安堵し、次にカーリが抱えている見知らぬ人間を目にした瞬間、何かを悟ったように驚愕した表情で里へ走っていった。
こいつら、いつも驚いてばっかりだな。
里に入った頃には大勢に迎え入れられ、「巫女が救われた!」「ついに役目を果たした!」と泣いて喜ぶような歓迎を受けることになったが、ティンクやカーリらの暗い表情を見て、早々にその騒ぎはおさまる。
「どけ! 薬爺はいるか!」
カーリがそう叫ぶと、彼らは黙ったまま道をあけた。
ざわざわと「巫女は大丈夫なのか」という心配の声があがるが、ティンクは「大丈夫です。ですが今は静かにお願いします」とだけいって足早に向かう。
薬爺と呼ばれた高齢の獣人がいる里の診療所は、お世辞にも立派なものではなかった。
粗末な設備と道具があるだけで、とても瀕死の人間を回復させられるものとは思えない。
汗だくで奥から出てきた薬爺は「やれることはやったが……」と歯切れが悪い。
「巫女は大丈夫なのか? おい、薬爺! 俺らは”守り人”だぞ!」
カーリはそう薬爺に詰め寄るが、ティンクはそれを制しながら巫女のもとへ向かう。
巫女の手に触れたティンクはその冷たさに驚き、しかし、流れ出そうになる涙を堪えながら、薬爺に状態を聞く。
「わからん、少なくともわしらが知る状態にはない。おそらくは何か特殊な魔法によるもの。そして、それを取り除くためには、やはり特殊な魔法が必要だ」
俺には何のことかわからなかったが、ティンクは青ざめ、カーリは怒気を増して「俺らに教会へ頭を下げろってことか」と凄む。
薬爺は「わしらの役目のためなら、そうするほかないだろう。ヴァルディ様もずっとあれではな」とどこか上の空で答えた。
「ヴァルディ?」
知らない名がでてきたので、思わず拾ってしまった。
カーリは舌打ちしながら「こんな時に姿も見せねぇで」と悪態をつく。
「ヴァルディは私の兄です。薬爺が言った”特殊な魔法”を使える可能性がある唯一の存在なのですが……」
「ティンク様!」
ティンクがそう話し始めると、カーリが口を挟む。
だが、ティンクは黙ってカーリに向かって首を横に振る。
「引きこもりの兄ってやつだな。訳アリか」
カーリは抵抗の意志を見せたが、ティンクは「こんな時だからこそ、使者殿にはお伝えすべき」と言い、語った。
***
族長から前夜に聞いた話、部族間抗争のきっかけとなった不審な集団と次期族長の死、すなわちティンクら兄妹の親の死について改めてティンクの口から語られる。
「弱い奴は簡単に死ねて良いな」
思わずこぼれた俺の呟きは、意外なことに反感を買わなかった。
ティンクもカーリも顔をしかめるが、それについて何も言わなかった。
おそらく、獣人にとって闘いの結果は感情とは別の部分で受け止められるのだろう。
兄ヴァルディが引きこもりがちになったのは、それからすぐだったという。
「ティンク様はそんな状況でも里のため、我らの役目のために奔走された。移動に不自由がある族長に代わって、英霊となった両親に代わって、そして、ヴァルディに代わって!!」
感情が高ぶったカーリが叫ぶ。
ティンクはそれを受けて、とても辛そうな顔をみせた。
「私の力が足りないばかりに里が割れています。こうしてカーリのように私を支えてくれる者がいて、それはありがたいことなのですが、それでも私は兄が次の族長となるべきだと思っています」
カーリは感情的になってそれを否定し、ティンクと言い争う様になってしまった。
要は、カーリを筆頭とした一部の若い連中は現に里へ尽力しているティンクを次の族長としたい一方で、当のティンクや里全体としてはヴァルディの復帰を願っているという感じみたいだな。
俺はちらりと奥で眠っている女神の巫女をみた。
呼吸は浅く不規則で、相変わらず氷のような肌をしており生気がない。
ティンクは巫女に視線をやりながらも、興奮しているカーリを静めるよう言葉を投げかけ続けている。
薬爺は、そんな状況をみて成す術がないといった様子で汗をかいているだけだ。
どうしたもんかと思っているとき、それはやってきた。
「ちょっといいかな」
そう言って入ってきたのは、病的に痩せたクマの濃い男。
「兄さん!」
「お前、今になって何をしにきた!!」
どうやら話題の兄、ヴァルディ本人がやってきたらしい。
ヴァルディはふたりの声掛けを気にした様子もなく、俺に話しかけてきた。
「君が使者だね。巫女を解放してくれたみたいで、感謝するよ」
「……随分と嫌われているみたいだが、何か用か?」
「使者殿の話も興味深いけど、今はやるべきことを先に済ませに来たんだ」
カーリは詰め寄ろうとしたが、ヴァルディの一言で動きを止める。
「この日のために、僕はすべてを賭けてきたからね」
***
ヴァルディは薬爺といくつか会話した後、笑顔で女神の巫女に近づく。
ティンクはもちろん、カーリもそれを黙って見守っていた。
「それじゃあ、いくよ」
飄々とした態度を崩さず、ヴァルディは徐に魔力を練り始めた。
温かな光がヴァルディを中心に広がっていく。
ティンクは祈るような姿勢で膝をついた。
カーリの拳は、更に硬く握りしめられる。
「綺麗だな」
俺は思わず、そう呟いた。
ヴァルディは「すべてを賭けてきた」と言っていた。
おそらく、女神の巫女の守り人として、彼なりに必死だったのだろう。
回復系の魔法は、前の世界でも貴重なものだった。
それこそ、その最高の使い手は【聖女】と称される程に。
里の他の連中をみても、魔力量が多い種族でないことは明らかだ。
ティンクはそこそこあるようだが、族長にしてもカーリにしても、瀕死の巫女より圧倒的に魔力は少ない。
やがて光が収まると、そこには穏やかな表情で規則正しく呼吸する女神の巫女。
肌にも赤みがさし、氷のように冷たかった身体にも明らかに体温が戻っていた。
薬爺は「奇跡だ……」と零し、ティンクは泣き崩れた。
カーリも言葉を失って立ち尽くしながら、目に涙を浮かべている。
「僕は少し休ませてもらうよ」
そう言ってヴァルディは部屋を出て行った。
相変わらず飄々としていたが、その足はフラフラで疲労の色が濃いことは間違いない。
俺は緩まる頬を我慢することができなかった。
次回、第4話「兄妹の想い」




